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第6話 城下へ謎を追って

 やってしまった……。

 ただでさえ、カリエンテ病という奇病で()せ、挙句の果てに記憶喪失までなったのに、今度は二度の気絶。カイルへの配慮からか、ミサはお父様に報告しなかった。


「護衛騎士をコロコロ変えるのは、リュシアナ様にとってもよくないですから」


 ミサの言う通り、記憶喪失であることを不安に感じないのは、(ひとえ)に二人がいてくれるお陰だ。そのどちらが欠けることの方が、むしろ不安になる。


 だからミサの判断に、私は心から安堵した。思わず手を取り、「ありがとう」と感謝の言葉を伝えたのだが、なぜかミサの表情は晴れなかった。


「実は姫様がカリエンテ病に罹ったのは、私が原因なのです。だからヴァレンティア卿を責めるなど、できるはずがありません」


 思わぬ告白に、私は固まってしまった。これまで感じていたミサの印象は、忠誠心の厚い侍女。もしくは頼れるお姉さんだった。心配性なところはあるけれど、それは私を思ってのこと。

 けして自分の私利私欲のために、私の行動に制限をかけているわけではなかった。


 そんなミサが、なぜ?


「前に、姫様が度々城下に行かれていた、とお話ししたのを覚えていますか?」

「えぇ。カリエンテ病は、そこでもらってしまった、と。だからってミサのせいだとは思っていないわ」

「ありがとうございます。けれど私のとっては同じことです」

「なぜ? 誰もミサを責めていないのに」


 思いつめないで、といったつもりだったのに、逆にミサは首を横に大きく振った。


「だからこそです。あの時、姫様を見失わなければ、このようなことにはならなかったのです」

「見失った? ミサが?」

「はい。普段から姫様は、私の目を掻いくぐって、どこかへ行かれていることがありまして……」


 あぁ、中庭の件は、そういうことなのね。どうしてミサを連れずに一人で、と思ったけれど、なるほど。そういうことだったの。


 部屋の隅にいるカイルへ視線を向けると、顔を逸らされた。


 騎士なのに、そんなあからさまな態度をするなんて……共犯者とまではいかなくても、何か知っていると思われるわよ?


「あの日も、気がついたら……見つけた時には、すでに倒れていました」

「倒れていた? カリエンテ病は即効性のある病なの?」

「そんなことはありません。潜伏期間があり、感染してからだいたい一週間後に発熱すると聞きました」


 余計に分からない。この体がそれほど弱くないことは、私が一番よく知っている。二度、倒れたけど……。


「城下で他に変わったことはなかったの? たとえば、何かを見て触れたとか」

「そういうものは、以前から多くありました。元々、市井(しせい)を知るために、密かに抜け出していたものですから」

「……珍しいカードを見た、とかは?」

「カード……ですか?」


 なぜそんなことを思ったのかは分からないが、脳に長方形のカードが浮かんだのだ。

 だからミサに、疑いの目を向けられてもいい。そう思っていたのに、何かに気づいたのか、目を見開いた。


「ありました。倒れている姫様の周りに……カードが。でも、なんのカードかは分かりません。姫様の容体を確認するのが先決でしたから」

「何が描かれているのかも?」

「……申し訳ありません」

「あ、謝らないで! ミサの取った行動の方が正しいのだから」


 主人よりも周りにあるカード……金目のものを優先した方が大問題である。だけど私はそのカードの方に興味があった。


 中庭の入り口で倒れる寸前に見た、蔦が絡まったアーチの中にある女性像。あの衝撃はなんだったのか。その正体を知るキッカケが、カードにあると思ったのだ。


 理由は分からない。だけど確認したい衝動に駆られ……その後、ミサを説得しまくった。


 毎日毎日。飽きることなく、ミサが折れるまでそれが続いたある日。


「分かりました。でも騒いだり、駆け出したり絶対にしないでください。あと、私から離れないこと。それが守れないようでしたら、陛下に報告させていただきます。いいですね」


 ようやくミサの許可を得ることができた。それは、私が二度倒れてから、一週間後のことだった。城下に向かったのは、さらに一週間後。


 王宮の内部も把握できていない私は、城下がどんなところかなど、分かるはずもなく。ミサから一週間かけて、振る舞いと危険性を叩きこまれた。

 それは再び、私が病を持ち帰ることを心配していたからだ。城下で遭ったことは、現場にいるミサとカイルだけで、秘密裏に対処できる。しかし病は……そうはいかない。だからこそ、護衛騎士をつけられた、とミサから念入りに注意を受けた。


「本来なら、色々なところを見せて差し上げたいのですが……」

「分かっているわ。だから諸々落ち着いたら、王宮を案内して。その時は堂々とできるでしょう?」

「……できれば、それを終えた後に、城下にお連れしたかったです」

「ごめんね」


 待ちきれなくて。今も、早く確認したくてたまらないの。


 そうして私は、簡素なワンピースの上に、丈の長い黒いローブを羽織らされていた。前を歩くミサと、後ろにいるカイルもまた、丈の長い黒いローブ姿である。


 王宮でこのような姿をしていたら、真っ先に怪しまれるのだが、誰にも見られずに中庭へ行けたように、抜け道もまた、同じようなルートが存在した。

 中庭の時とは違い、こちらはまさに避難用の道、といった感じで、薄暗くまるでトンネルのようだった。


 まただ。記憶がないのにトンネル、だなんて。どうしてそう思ったのかしら。


 けれどそんな疑問は、王宮の壁を越えた瞬間、吹き飛んだ。


 王宮が静だとしたら、城下は動そのもの。壁の向こうは別世界だといっても過言ではなかった。正面に見える石畳の道には人があふれ、どこからか香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 

 ミサから聞いていた、(いち)が近くにあるのかしら。確かリュシアナが倒れていたのも、市だと言っていたわよね。色々な意味で行くのが楽しみだわ。


「リュシアナ様。すぐに駆け出したい気持ちは分かりますが、ここは……」

「分かっている。分かっているわ。ミサたちから離れないように、でしょう? 着いて早々、約束を破るような真似はしないわ」


 ここに来るのに、どれだけ苦労したと思っているのよ。けれど、後ろにいるカイルも、心配そうに私の顔を覗き込み、「無理はなさらないでください」という始末。


 私……目的地に無事、辿り着けるのかしら。

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