第35話 再出発
いつの間にか季節は冬から春へと変わり、私の占い部屋が再開するには、ちょうどいい気候となっていた。王宮の廊下は暖を取るものがないため、部屋の外で待つのは大変だろう。
そうミサに言うと、「私もそう思うのですが、寒さが本格的になる前も、普通に列ができていましたよ。それくらい、姫様の占いが好評という証です!」と、なぜか励まされてしまった。私はやってくる人たちの心配をしていたのに。
けれどミサも、私の占い部屋が再開することに意欲的だったのは有り難かった。私が王宮を離れていた時、ミサも大変だったろうに。さらに私の占い部屋が再開すると、近衛騎士団長との逢瀬も減ってしまう。忠誠心が篤いのはいいけれど、やはり心配になった。
「姫様。準備の方はもう、よろしいですか?」
「えぇ、大丈夫よ。呼んできてちょうだい」
今日、最初のお客様を。商売としてやっているわけではないため、相談者と読んでいるが、意味合いとしてはほぼ変わらない。
そして今は女性だけでなく、男性の相談者も受け付けている。とはいえ、意外な人物の登場に、思わず声を上げてしまった。
「まぁ! 珍しい。近衛騎士団長が来るなんて」
「お久しぶりです」
照れくさそうな近衛騎士団長の姿に、もしやと思ったら、口元が緩んでしまった。私はそれを隠すように手を当てた。
「いよいよ挨拶に来てくれたのかしら」
「ひ、姫様っ!」
「あら、違うの?」
「実は……プロポーズをしたのですが、返事を渋られていまして」
それは、どういうこと? とミサを見上げるが、案の定、逸らされた。おそらくその原因は私なのだろう。それで近衛騎士団長は私にミサの説得をお願いに来たのだ。
「どうやらこれは、占う必要のない案件ね。詳細が分かったら知らせるわ。それで構わないかしら」
「はい。お願いします」
「それじゃ、カイル。近衛騎士団長の見送りをお願いね。私はミサと、大事な話があるから」
「姫様!」
私はカイルに目で合図をして、問答無用でミサを椅子に座らせた。シュンとなっている姿は、普段のお姉さんらしいミサとは違い、可愛らしく思える。しかし今は近衛騎士団長のために、心を鬼にした。
「返事を渋っている理由は……まさかとは思うけれど、私? だいたい想像はつくけれど、ミサの幸せを最優先に考えて」
「嫌です。私はずっと姫様のお傍にいたいのです。だから、姫様が結婚してからではないと、私も将来を見据えられません」
「……ミサ。そこまで付いて来る気でいたの? 私としては有り難いけれど」
この先、どうなるかなんて、私にも分からない。今はお姉様の件で、まだ揉めに揉めているし。ノルヴィア帝国との和解も、未解決のままだ。すぐに結婚できる状況ではない。
「いつになるのか分からないのに、近衛騎士団長を待たせるのは、さすがに気が引けるわ」
「だから保留にしてもらっているんです。それなのに、姫様に相談したいことがあるから、伺いに行きたい、と。私も悪いと思っているから、通したのに……」
「これはミサの方が悪いわ。近衛騎士団長だって、早く身を固めたい、と思っているから焦っているのよ」
私の占い部屋では、主にミサが誘導役を買って出ている。男性の相談者も増えた今、気が気ではないのだ。いつぞや、カイルも男性の相談者が増えることについて、難色を示していたから。
「ミサの気持ちを正直に伝えて、二人で解決策を探しなさい。私もなるべくミサが一緒に来てくれるように考えてみるから」
その時がくれば、ね。
「絶対ですよ」
「えぇ」
ミサはそういうと扉の方へと向かっていった。カイルがいないため、すぐに飛び出していけないのを我慢しているのがいじらしい。
私はそっと、テーブルの上に置いたタロットカードに手を伸ばした。そして小さく呟く。
「ミサの未来は明るいですか?」
いつものようにシャッフルした後、七枚目を一枚だけ捲る。その結果に私は微笑んだ。
「大丈夫。カードもミサの幸せを応援してくれているわ」
カードをそっとテーブルの上に置き、私は椅子から立ち上がった。扉の前で右往左往しているミサに近づき、肩を軽く叩く。
「カイルもまた、近衛騎士団長の愚痴を聞いているのかもしれないわ。もしくは相談を受けているのかも。だから、私たちも気長に待ちましょう」
「……姫様も、私の愚痴を聞いてくださいますか?」
「勿論よ。ミサも大事な人なんだから」
カイルとミサ。二人がいてくれたお陰で、私はリュシアナとしての記憶がなくてもやっていたのだ。そんな二人を蔑ろにしたら、罰が当たってしまうわ。
だからカードも、ミサの幸せを願ってくれている。私が皆の幸せを願って、その背中を押す手助けをしたい、という想いをカードは汲み取ってくれているからだ。
これからも私は願っている。皆の幸せを。そして自分の幸せも。
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