第32話 歓迎は嬉しいけれど
気持ちが固まると、次の行動へ移るのに、そんなに時間はかからなかった。元々、近衛騎士団長も意欲的だった、というのもあるのだろう。王宮への帰り道は、行きと違いあっという間だった。
これは偏にお姉様という脅威が取り除かれたことでもあり、私が危険に晒されない、という確信があったからだ。大きな街へ移動したのち、転移魔法が組み込まれた大がかりな魔道具を使い、一気に王宮にほど近い街へ移動したのである。
一応、王宮にも同じ魔道具はあるのだが……。
「リュシアナ殿下が戻られるのを、民は待っております。わざわざ隠す必要はないかと。むしろ隠した方が、暴動が起こるかもしれません」
近衛騎士団長の言葉に唖然としていたのだが、王都に入った瞬間、民衆の熱気を前にして、さらに驚きも加わった。
王宮に続く道には誰も居らず、両端には人だかりができていた。よく見ると、建物の窓から私たちの馬車を見下ろしている人たちまでいる。さながら凱旋パレードのように感じた。
その歓迎振りが、ケルト十字で占った時に出た、私の置かれた立場、皇帝と重なる。さらに周囲の状況で出ていた、ソードのクイーンの逆位置とも。
民が、皆が私を担ぎ上げる。お姉様へ剣を向けることを望んでいるように思えてならなかったのだ。玉座に座り、剣を空へと向ける、ソードのクイーン。逆位置だったけれど、まるで私が座っているかのように感じた。
「リュシアナ様、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
馬車の中で、隣に座るカイルが私の顔を覗き込んだ。歓迎してくれているとはいえ、一度は暴徒化した民たち。そのため、私の護衛騎士であるカイルも、共に馬車の中にいたのだ。
「ちょっとプレッシャーを感じてしまって。あと……お姉様と向き合わなければならない、と思うと余計に、かな」
「嫌なら、陛下に掛け合いますが」
「ううん。大丈夫。だって私がお姉様を廃妃にさせ、罪人にしたのだから、その責任は取らないと」
そうだ。私はその証拠である手紙を所持している。タロットカードも一緒に入っているショルダーバッグの上に乗せた手に、自然と力が入った。これがなければ、お姉様を裁くことはできない。民たちも収まらないだろう。
お姉様は戦争を仕掛けた人物として拘束されている。ならば私も、噂を流した人間として事を収束させる義務があるのだ。
お祭り騒ぎのような歓声の中、私とカイルを乗せた馬車は王宮へと入っていった。お父様とお兄様、そしてお姉様がいる王宮へと。
***
「姫様ー!」
しかし王宮で待っていたのは、ミサだった。私がカイルの手を借りて降りると、抱きつくような勢いでやって来たのである。
一応、馬車の近くには近衛騎士団長もいるというのに、真っ先に向かう先が私でいいのかしら。
思わず横に視線を向けると、苦笑いされてしまった。
「ただいま、ミサ」
私はその潤んだ黄緑色の瞳に向かって返事をした。それだけのことなのに、今にも泣き出しそうな顔をするミサ。私のために、トリヴェル侯爵の動向を探ってくれたりと色々してくれていただけに、胸が熱くなった。
「ご無事で何よりです。一応、連絡は来ていたものの、やはりこの目で見ないことには安心できなくて……」
「ありがとう。これもすべてミサのお陰よ。私が今、ここにいられるのは」
「……本当は、私が駆けつけたかったんですよ」
「ミサ……それはさすがに」
近衛騎士団長に申し訳ないわ。いや、本当にそんなことをしたのだろう。視界の端に映る近衛騎士団長が、一歩前に出ようとしていた。
「ふふふっ。あまり心配をかけてはダメよ」
「大丈夫です! 姫様第一なのを承知で、お付き合いしているんですから。文句を言われたら別れます!」
「み、ミサ!」
近衛騎士団長が慌てて駆け寄る。忠誠心が篤いのはいいけれど、さすがにこれは……責任重大だ。下手な行動を取ると、近衛騎士団長がトバッチリを受けてしまう。
「リュシアナ様。お帰りを待っているのは、ミサ殿だけではありません。早く顔を見せに行きましょう」
「……そうね」
次に出てくるミサの言葉が「一生独身でいます!」になったら、私の方が一生、近衛騎士団長に顔向けできない。ここはそそくさと退散するに限る。
いや、戦場に行く、の間違いかもしれなかった。
「陛下も、リュシアナ様の無事を確認したいと思っているはずです」
「そう、ね」
ここにお姉様もいるのなら、お父様は待っているのかもしれない。私は手紙とタロットカードの入ったショルダーバッグに手をかけた。離宮からここまで、片時も離さずに肩にかけていたショルダーバッグを。
今の私にとって、まさに帯刀しているのと同じことだった。
「行きましょう、カイル。謁見の間へ」