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第3話 選ばれし者の選択(カイル視点)

「リュシアナ!」


 目の前で倒れるリュシアナ様を抱きとめる。名を呼びかけた瞬間、陛下とユーリウス殿下の声が響き、俺は寸前で口を(つぐ)んだ。

 

 陛下の手がリュシアナ様へと伸び、そっとお渡しした。ユーリウス殿下がリュシアナ様の顔を覗き込み、俺は立ち上がりながら後ろへと下がる。


「やはりクラリーチェを連れて来たのは間違いでしたね」

「だが、リュシアナは記憶喪失なのだぞ。私とお前だけ、というわけにはいかないだろう。後々になって、クラリーチェの存在を知ったら……」

「母上も隠しごとはお嫌いでしたからね。記憶喪失とはいえ、そこは変わらないでしょう」


 王妃様が亡くなられたのは、リュシアナ様が三歳の時。ユーリウス殿下は十二歳で、多感な時期でもあった。それゆえに、ご側室様とクラリーチェ王女の存在が気に入らないのだろう。


 ご側室様が王妃様を毒殺したのでは? という噂が流れていたほどだ。けれど陛下がいくら調べさせても、何一つ証拠は出てこなかった。

 王妃様は元々お体が弱く、あえてご側室様が手をかける必要があったとは到底思えないのだ。


 それでも死因を突き止めたかったのは、公務でお傍にいられなかった後悔からだろう。

 今回も同じだ。リュシアナ様が寝込んでおられても、お二人とも傍にいられなかった、その悔しさを、クラリーチェ王女にぶつけているようにしか見えなかった。


「陛下。ユーリウス殿下。おそれながら、そろそろリュシアナ様をベッドの方へ」

「お、おぉ。そうであったな。気の利く者を護衛騎士にしてよかった。だが、病み上がりのリュシアナを止められなかったのは、そなたの非だぞ」

「申し訳ございません」


 そう、俺がリュシアナ様の護衛騎士に任じられたのは、それが理由だった。騎士団長にさえ、臆せず意見をする生意気な騎士。無駄に群れず、貴族とのしがらみもなく、職務もそれなりに全うする。

 自分でも器用なのか不器用なのか分からない。しかしリュシアナ様に害する可能性が低いところを評価されたのだろう。

 今の陛下とユーリウス殿下を見ていると、それを強く感じた。


 そう、護衛対象が王女であっても、道理に合わなければ意見せよ、と。だからこれも、許されるだろう、と俺はさらに言葉を続けた。


「リュシアナ様が陛下に元気な姿を見せ、心配しないでほしい旨を伝えたい、とおっしゃられていたので、その意向に従いました」


 正確には、「そんなに大事にしている娘が、自分のことを覚えていないのよ。そんな姿を何度も見たくないわ」「だから安心してもらうには、これが一番でしょう?」というリュシアナ様に押し切られてしまったのだ。俺もミサ殿も。


 そしていざ、陛下たちを前にしたリュシアナ様は明らかに戸惑っていた。どう接していいのか分からず……挙句の果て、クラリーチェ王女に対して失言をし、このような事態を招いたのだ。


 俺としても、なるべく陛下たちとの接触を控えさせるのが、今のリュシアナ様にとって最善の方法だと思えた。


「父上。今はカイルを言及している時ではありません。リュシアナをベッドに」

「そうだったな。ミサ、リュシアナを頼む」

「お任せください」


 そうしてリュシアナ様は、ベッドの中で眠りについた。部屋の中も、再び静まり返る。お陰で、俺も含めたミサ殿と侍医のため息が、いつもよりも長く、重々しく感じた。

 


 ***



 その後、侍医が心労だと診断したお陰か、リュシアナ様が目を覚ました後、陛下たちが部屋を訪れることはなかった。


「ありがとう、二人とも。侍医にもお礼を言っておいて」

「安静にされているのが一番のお礼です、と侍医から先に言伝を承っております」

「それは……まぁ、お父様たちの反応を見ていると、そうなんだけど……難しいお願いね」


 翌朝、目覚めたリュシアナ様は、ベッドの上で何やら思案されている。できれば、次の言葉を待っていたかったが、昨日のクラリーチェ王女に対する失言もある。

 ここは先手を打たせてもらうことにした。


「もしもクラリーチェ殿下への謝罪でしたら、手紙を書かれるのはいかがでしょうか」

「っ! えっーと。それは止めておくわ。お姉様はきっと、私の手紙なんてもらいたくないだろうから」

「では、何をお悩みで?」

「王宮内を見て回りたいの。ミサたちからの情報だけだと、今回みたいな失言を、今後もやらかしそうで。立場的に、それはマズいでしょう?」


 思わずミサ殿と顔を見合わせる。


「ですが、リュシアナ様が記憶喪失だというのは、我々と王族の方々にしか知られておりません。不用意に歩き回るのは危険かと思われます」

「ヴァレンティア卿の言う通りです」

「でもミサは言っていたじゃない。記憶喪失になる前の私は、王宮は勿論のこと、城下にもお忍びでよく行っていたって。カリエンテ病も、そこからもらった、と」

「そ、それは……」


 明らかにミサ殿の失態ではあるが……。


「では、試しに中庭へ行くのはどうですか? 訓練場の裏手にあるので、滅多に人は来ません」

「いい提案だと思いますが、騎士たちはどうなのでしょうか? 裏手にあるということは……」

「ご安心を。そこは俺が追い払えばいいだけのことですから」

「どの道、カイルを連れずに出歩けば、二人が咎められてしまうわ。少ししか話さなかったけれど、お父様とお兄様の反応や態度を見れば、なんとなく私の立場は理解できたから」


 だから、ね? と両手を合わせて首を傾げる姿に、思わず返事をしそうになった。向けられているのはミサ殿で、返事を求められているのもミサ殿だというのに。


 そのライラックグレーの瞳に見つめられるミサ殿を、羨ましいと思ってしまった。提案したのは、俺の方だという気持ちが拭えなかったからだろうか。


「そこを十分に理解していただけたのであれば、無茶な行動はしないこと。また、不調を感じたら、ヴァレンティア卿にすぐ言うこと。勿論、このミサにもお願いできますか?」

「えぇ、約束するわ」

「……そういうところは、以前の姫様と変わらないのですね」

「ミサ殿」


 思わず(たしな)めた。しかしリュシアナ様は首を横に振る。その姿に俺は拳を握り締めた。


 ミサ殿が、かつてのリュシアナ様をお慕いしているのは知っている。俺もまた、同じだったから、今のリュシアナ様を通して、かつてのリュシアナ様を探してしまう。


 訓練場の裏手にある中庭を提案したのも、まさにそれが理由だった。

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