第28話 報告と追い風
「あぁ~。タイミングのいい時に止まりやがって」
「カイル?」
「あっ、すみません。言葉使いが悪かったですよね。すぐに直します」
「どうして? 素のカイルも見てみたいから、そのままでもいいわよ。さすがに他の人がいる時は無理だとは思うから、二人だけの時なら」
とはいえ、急には無理かしら。改めてカイルと気持ちが通じ合ったのに、いつまでも敬語で話されるのも、ね。私としてはさっきの言葉使いの方が馴染みはあるわけだし、そのまま使ってほしいのだけれど……。
「そこについては、検討させてください。今は馬車が止まったので、確認しなくてはなりませんので」
「あっ、そうね」
うまく刺客を撒いたのか、気になるもの。だからカイルに確認して……。
「リュシアナ様?」
「何?」
「その……手を離していただけますか?」
「手?」
何を言っているの? 手ならここに、と視線を動かすと、なぜか腕がカイルの方を向いていた。さらにその先を見ると、裾をギュッと掴んでいる。
「えっ!? ご、ごめんなさい」
驚いてすぐに手を離そうとするものの、なぜか動いてくれなかった。
カイルの邪魔をしたくないのに、どうして?
「それだけ、リュシアナ様を怖がらせてしまったようですね。正直、今のリュシアナ様を一人にさせたくはないのですが」
「だ、ダメよ! ちゃんと状況を確認してきて。そうでないと、私も安心できないわ」
と言いつつも、私の手はカイルを引き止め続けている。
「……ごめんなさい。わざとではないの」
「分かっています。逆に俺の方が、離れ難くなってしょうがないので。抱きしめてもいいでしょうか」
「っ!」
カイルは返事を待たずに私を抱きしめた。不意を突かれたからなのか。一瞬手が離れ、カイルはその隙をつき、私を馬車の中に残して行ってしまった。
名残惜しいとは思うけれど、カイルなりに私を傷つけないやり方だったのだろう。胸に手を当てながら、戻ってくるのを待った。
***
「んん~」
見慣れない天井を見て、ガッカリする。ここ最近、ずっとそうなのに、なかなか慣れない。だけど私、さっきまで馬車の中にいなかった? 宿ではなかったはず……。
「お目覚めですか? リュシアナ様」
心配そうに覗き込むカイルの姿に、ミサと重なる。この世界で初めて目を覚ました時、同じようにミサが近づいてきたのだ。
背中に触れるマットレスも、あの時と同じふかふか……ふかふか?
「ここ……どこ? 宿にしては、豪華な部屋に感じるんだけど」
起き上がろうとすると、カイルが咄嗟に近づき、背中に手が回された。さらにヘッドボードとの間に、クッションを置いてくれた。おそらくミサのやり方を見ていたのだろう。それでも、カイルは侍女ではないのだから、私の世話をする必要はない。
「ありがとう。でも、これくらいは自分でできるわよ。ミサがいた時はしてもらっていたけど」
「俺がしたいんです。それに……リュシアナ様は二日間、目を覚まさなかったので」
「ふ、二日も!?」
「警護をしていた者から聞きましたが、あまり休めていなかった、とか」
「ミサもカイルもいないのよ。環境が変われば無理もないでしょう? お小言は聞きたくないわ」
「……なら、俺がいなくて寂しかったから眠れなかった、と言ってください。それで満足しますので」
本当のことだけど、本当のことだけど……本人を目の前にして言え、と? 何の罰ゲームよ!
咄嗟に頭をフル回転させて、打開案を探した。すると、あることを思い出したのだ。
「私に要求する前に、報告することがあるのではなくて?」
「……護衛対象は上司でも主でもない、と言っていたではありませんか」
「揚げ足を取らないで。私は命の危機に遭ったのよ。聞く権利があるわ。また内緒にするの?」
「いえ、同じ過ちは犯しません。ただ、リュシアナ様の口から聞きたかったもので……」
うっ。急に甘えられて困惑した。今まではミサも一緒にいたからなのか、護衛らしく硬い印象を抱いていた。それが今はどうだ。気持ちが通じ合ったのを機に、ドーベルマンからプードルになったかのように感じた。いや、髪の色を考えると、ハスキーかな。
う~ん、そのたとえは言い過ぎかも。私は一旦、心をリセットした。
「報告をしてくれたら考えるわ」
「つまり、俺次第、ということですか?」
「えぇ。さっきも言ったように、また同じ過ちを繰り返したら――……」
「わ、分かりました。けれどリュシアナ様も、忘れないでくださいね」
カイルはさらに念を押すように言ってから、ようやく話し始めた。
「まず、ここがどこなのか、気になるかとは思いますが、順序立てて報告させていただきます。リュシアナ様を襲った刺客を数名捕まえたところ、やはりトリヴェル侯爵家の手の者でした」
「……ミサの調べた通りだった、というわけね」
「はい。その者たちは、王宮へと送りましたので、ユーリウス殿下か近衛騎士団長が処理してくれると思います。ここ、離宮までリュシアナ様を無事に送り届けたことも一緒に報告するので、間違いはないかと」
「えっ!? ということは、ここは離宮なの? 宿ではなくて?」
私が二日も眠っている間に、目的地である離宮に着いていたなんて……。
「ここは王妃様の保養地でもありましたので、警備は完璧なのです。クラリーチェ殿下の手の者など、入り込む余地がないほど、徹底されています。リュシアナ様を安全に休ませるためには、ここほど最適な場所はありません」
「ま、待って! 保養地ってどういうこと? 出て行けって言われて、ここに来たのに警備が完璧って……」
まるでお姉様の手の届かないところに、避難させられたように感じる。
「馬車で、俺が来た経過を報告した時に、一緒に言った気がしたのですが……」
「聞いていないわ。それに離宮と聞いていたから、もっと寂れたところだと思っていたし」
「いくら陛下でも、リュシアナ様をそのような場所に行かせたりしませんよ」
「……それじゃ皆、知っていたの? あんな芝居まで打って、私を王宮から避難させたことを」
「まさか。知っていたら、陛下のところへ直談判しに行きませんよ」
確か、私もの元に行く名目を作れ、だったかしら。護衛を解かれてすぐに抗議しに行った、と聞いた。
お父様の想いとカイルの行動に、胸が熱くなった。私はそんなことも知らずに悲しんでいたなんて……もっと強くならないと。その奥にある想いを読み取れるほどに。
占いだって、カードを通して相手の深層心理を読むのだ。できないとは思えなかった。
「そこで、こちらを手渡されました」
「手紙?」
「はい。ノルヴィア帝国からの宣戦布告の書簡と共に、クラリーチェ殿下から陛下宛に届けられたものです」
「そんな重要なものを、どうして私が……」
「リュシアナ様なら、その手紙を活用してくれるかもしれない、とおっしゃいまして」
物凄いプレッシャーを感じながらも、私は手紙を受け取った。内容はお姉様が長年抱いていた想い、恨み。そしてお母様を殺害したという告白で締めくくられていた。
お父様はこの手紙を使え、と言っている。お母様のことも、此度の戦争を引き起こしたことも、すべてお父様への復讐だと、自白している。十分、証拠になり得る重要な手紙だ。
しかし今の私は王宮ではなく、離宮にいる。活用などできるはずが……いや、私にはカイルがいる。王宮にはミサもいるのだ。
前にお姉様が私を狙った時にした方法を使えば……いけるかもしれない。うまくいけば、お姉様を表舞台にあぶり出せるかも。
私は手紙をしまい、カイルに向かって口を開けようとした瞬間、扉がノックされた。
「リュシアナ様、ハーリント伯爵令嬢がいらっしゃった、とのことですが、いかがされますか?」
その知らせを聞き、私は口角を上げた。まさに先ほど浮かんだ案の追い風となってくれる人物が現れたからだ。うん。風向きはこちらに来ている……!




