第23話 王族の確執
タロットカードは抽象的で曖昧。具体的な答えはもらえないのに、この騒めきはなんだろう。
二十二枚ある大アルカナの中で、運命の輪は強いカードだから? 分からない。でも、嫌な感じが拭えない。
「……ュシアナ様。リュシアナ様!」
「っ! カイル?」
突然、目の前に大きな手が現れた。驚いて振り向くと、どこか焦ったような顔の中に不安を滲ませた、カイルの顔があった。
「申し訳ありません、大声を出して。けれどテーブルに頭をぶつけそうだったので……」
「えっ、あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたものだから、気がつかなかったわ。ありがとう、カイル」
「考え事、ですか。それならば、よかったです」
言葉ではそう言っているものの、表情に安堵の色が見えない。私はこれ以上、心配をかけまいと、テーブルに敷いていたネイビーの布でタロットカードを包んだ。今日はもう占いをしない、という合図を、カイルだけではなく、ミサにも送った。
そっと部屋から出て行くミサの姿を見て、少しだけ気の毒に感じた。私の占いを望んで来た者たち。初日しか、その行列は見ていないけれど、ミサの話では、毎日あんな状態だという。
しかも王女の部屋ということもあり、自然と女性限定になってしまっているのを、不満に感じている、という話も出ているとか。
だから私の部屋とは別に、誰でも来ることができる部屋が欲しかったのだ。先ほどお父様が許可を出してくれたから、もう大丈夫だろう。
とまぁ、そんな現実逃避をしてしまったわけだが、そろそろ目を向けなければ。残念ながらここには、お父様とお兄様を止める人が、誰もいないのだ。
「リュシアナが具合を悪くするとは……俺たちの見えないところで何かしたのか?」
「魔道具を持っていたのかもしれないな。リュシアナの部屋に入る時は、身体検査をさせるか」
「っ! な、何をおっしゃっているのですか!? 妹の部屋に入るのに身体検査など……お姉様だけに強要するのは不公平です。お父様も受けるのなら、どうぞ、そのようにしてください」
先ほどまでの私とは違う態度だったからだろうか。お父様とお兄様、カイルまでもが驚いた表情をしている。
けれどこれは仕方がない。あなたたちが私をこうしているのだ。
「すまない、リュシアナ。私たちはお前が急に具合が悪くなったのを見て、原因を探っていただけだ。もう平気なのか?」
「……はい。心配をおかけして、すみません。けれどお姉様を占うのが、どれだけ神経を使うことなのか、お父様なら分かっていただけると思っていました」
ノルヴィア帝国が求めた王女は私なのに、お姉様にすり替えたのだ。リュシアナが嫌がったのなら、今からでもお父様にお願いすることもできる。今の私は別人なのだから。
けれどこの縁談は、リュシアナに相談することなく、お父様とお兄様が決めたのだと、ミサから聞いた。理由はすべて、亡き王妃に似たリュシアナを手元に置いておきたいから、だと。
「私がノルヴィア帝国に嫁げないのでしたら、せめてこの結婚がうまくいくように願うしかありませんでした。占いだって、不安に思っているからこそ、私のところに来たのです。どうして分からないのですか?」
「……分かっていたら、クラリーチェをノルヴィア帝国に嫁がせると思うか? 分かりたくないから嫁がせるのだ」
「分かり……たくない?」
「そうだ。クラリーチェは私に復讐するためなら、なんだってする娘だ。お前たちの母親を殺したのも、お前の命を狙ったのも、私が苦しむのを見たいだけなのだ」
亡き王妃のことは分からないけれど、私を嫌う理由は、なんとなく察していた。アルフェリオン王国の王女として認められているものの、お父様とお兄様からは冷遇されているお姉様。
特にお父様に関しては、今回のことでより表面化してしまったのだ。
「お母様のことは知りませんが……グレティス、小間物屋の店主を使って私を殺そうとした、と薄々感じていました」
「ならば分かるだろう。私たちが心配している理由が」
「……関係の修復もできないのですか?」
こんな質問をして、何の意味があるのだろうか、と思ってしまった。それでも一縷の望みをかけてみたかったのだ。しかし……。
「無理だ」
お父様の無情な言葉が、部屋に響いたような感覚がした。
***
「大丈夫ですか? リュシアナ様」
部屋からお父様とお兄様が立ち去り、ミサも未だに戻らない。おそらく、今日は占いができないことを納得できない人たちが多いのだろう。もしくは、列の整理や受付のような業務がなくなったため、久しぶりに近衛騎士団長のところへ行ったのかもしれない。
私もずっと悪いと思っていたため、ミサには行けるチャンスができたら行っていいからね、と常日頃から伝えていたのだ。
だから今、この部屋には私とカイルしかいない。勿論、扉の外には騎士が立っているのだろうけれど……思わず、弱音がポロッと出た。
「ねぇ、カイル。私は甘いのかしら」
「……クラリーチェ殿下のことですか?」
「えぇ。私は記憶がないから、お父様がお姉様を憎む理由が理解できないの。お兄様のように、お母様の記憶があれば、また違ったのかもしれないけれど。なぜか、他人事のように感じられて仕方がないの」
実際、他人事なのだが。お父様とお兄様に寄り添えないことが、とてももどかしく思えてならなかったのだ。
「占いでは相談者の気持ちに寄り添えるのに、お父様とお兄様にはできない。むしろお姉様に寄り添ってしまう。私は……薄情なのかしら」
「いいえ。それはリュシアナ様がお優しいからです。ご自分の代わりに嫁ぐクラリーチェ殿下に対して、後ろめたい気持ちもあるのでしょうが、俺にはそれだけだとは思えません」
「……同情?」
おそらく、お姉様が一番嫌う感情だろう。そして私が同情している、なんて知ったらどうなるか。直接、私を殺しに来るかもしれない。
「俺は、クラリーチェ殿下にご自身を重ねているからだと思っています」
「なぜ?」
するとカイルは跪き、私の両手を掴んだ。
「記憶のないリュシアナ様は、この広い王宮の中で、独りぼっちだとずっと感じていませんでしたか?」
「っ!」
「常に傍にいるミサ殿や俺には普通に接することができても、陛下やユーリウス殿下に対しては、怯えておられるように見えました。しかし先ほどのリュシアナ様は、堂々と意見をされており、まるで以前のお姿のように感じたほどです。これは、独りぼっちだと感じなくなった証拠ではないでしょうか」
「……そうね。今は寂しい、と感じたことはないわ。私の占いを頼りにしてくれている者たちが来てくれるし」
この世界のことも知れた。未だにこの世界の人間ではないことや、転生者であることは話せないけれど、それが辛いと思えなくなったのは確かだった。
「ミサの力にもなれた。こうしてカイルも支えてくれている。何かあなたの力になれることがあるといいのだけれど……」
「十分、力をもらっています」
「私にはそう思えないから聞いているのよ?」
「では、一つだけ」
「何かしら」
騎士が王女に求めるもの。まるでおとぎ話のようだわ。ちょうど今の私とカイルの体勢も似ている。椅子に座る王女に跪く騎士の姿が。
「ずっとお慕えしておりました。それを伝えたかったんです」
「えっ……」
それって……告白?




