第21話 噂が広まれば……
その日は結局、タリアを占った後、三人ほどで私の気力がダウンした。カイルの言う通り、一人一人質問の深掘りをしたせいだろう。
「申し訳ありません。私の配慮が足らず……」
「いいのよ。それだけ私の占いを喜んでくれた証でしょう?」
何を占いたいのか聞いた時、お話をしている時、リーディングしている時など、様々な場面でミサの名前を聞いた。
『ミサが羨ましくて』『最近のミサは、本当に幸せそうで』『私もミサみたいに彼氏がほしいです!』
そんなダイレクトなことも言われた。けれど私は占っただけで、ミサに近衛騎士団長を授けたわけではない。お父様のように、王命で「ミサとつき合いなさい」とは言っていないのだ。
だから、事前に説明をしている。占いはあくまでも占いであり、願いが叶うために必要なことを答えているに過ぎない。過剰な期待はしないでほしい、とも。
「私もあなたたちのためにできることがある、と分かって嬉しいの」
「ですが、占った事例を作れば、今後もこのようなことは起きると思います」
「確かに、ヴァレンティア卿の言う通りかも。私、注意しに行ってきます」
そんな大げさな、と思っていたら、その翌日の朝。また同じことが起こった。
「すみません。注意しに回ったのですが、それよりも早く、姫様の噂が広まるのが速くて、止められませんでした」
「いいのよ。昨日来ていた彼女たちが、さらに広めてしまったのでしょう。だからもうミサだけの責任ではないわ」
そう、前例を作った私にも責任がある。
「さぁ、部屋の外で、彼女たちを相手にしてくれている騎士たちを助けに行きましょう。私たちのせいで困らせてしまっているのだから」
「はい、姫様」
こうして私の占いの館ならぬ、占い部屋ができてしまったのである。しかも、連日行列ができてしまい、警護騎士たちにも協力してもらっている、という有り様だった。
お陰でミサは日々、彼女たちへの対応に追われ、近衛騎士団長との逢瀬などできるはずもなく。さらにお父様とお兄様への報告も……おそらく怠ったのだろう。
だからこその結果というか。予期していたとはいえ、とうとうその時がやって来てしまったのだ。
***
「ふわぁ~。ミサ~。もう呼んでもいいわよ」
連日の占いにも慣れてきた頃、私にも余裕ができてきたのだろう。声をかける前に、あくびが出た。その油断し切った顔を、まさか意外な訪問者に見られるとは、予想だにもしていなかった。
「随分と疲れているようだな」
「っ! お、お父様!?」
扉に目を向けると、ネイビーの髪をした年配の男性が目に入った。その後ろでは、ミサが必死に謝っている。
大丈夫よ。ミサがお父様を止められる、とは思ってもいないから、安心して。おそらくアルフェリオン王国でお父様を止められるのは、お兄様しかいないでしょう。
「無理をしていないか?」
「えっ、あ、いいえ。大丈夫です」
「そうか」
私が委縮した態度を取ったからか、急に優し気な態度に変わるお父様。いや、さっきも言葉はキツイものがあったけれど、口調は穏やかだった。
さらに私が立ち上がろうとすると、止められてしまった。せめてと思い、後ろにいるカイルに椅子を運ばせ、座るように促した。すると、テーブルの上にあるタロットカードが目に留まったのだろう。
「これが私の反対を押し切ってまで、小間物屋の店主と会った理由の品か?」
「はい。すでにお聞きしているとは思いますが、私はこのカードたちに呼ばれ、小間物屋へ行き、そして倒れました」
だからお父様は、私がタロットカードを手にしている現状に不満なのだろう。険しい顔になった。
「しかし、そのお陰で私は少しずつですが、王宮のこと、この国のことを知ることができました。未だに記憶が戻っていない中、それがどれだけ大きなことか、お父様なら分かってくださると思っています」
占いを通して、私は彼女たちの悩みの背景、たとえばタリアのように実家からの縁談、貴族間の衝突に巻き込まれた事案など、王宮内で起きている問題を知ることができた。
また、平民に恋してしまった悩みや、恋人がいるのに、家の貧困になったため、莫大な富で爵位を得た新興貴族に嫁ぐ苦悩。
さらに以前のリュシアナの評判を知っている者からは、とある大臣からの嫌がらせで左遷されそうだという悩みまであった。
今の私は、お父様とお兄様に報告して解決できないため、カイルを通して、近衛騎士団長にこっそり報告させていた。ミサとの逢瀬の代わりに、手柄を上げたのだ。
「ふむ。だからカードを取り上げるな、と言いたいのだな」
「はい。それにご覧になったと思いますが、私の占いを求めてくる者たちがいるのです。その者たちを無下にはしたくありません」
「だがな、連日、王女の部屋に列を作るのは、安全上いいとは思えぬ。小間物屋の店主から、それとなく聞いたのであろう。自分の命が狙われていたことを。その免罪として、このカードを手に入れたのだからな」
ミサが報告していたのだから、驚きはしない。私の部屋の外に騎士を置いたのも、おそらくそれが理由なのだろう。そして、犯人の目星も立っているから、お父様は落ち着いているのだ。
「では、他に部屋を用意してくれるのですか? お父様は私がこの部屋から出ることを、嫌がっているように思っていました」
「今は、な。だが、次期にそれも緩和していくつもりだ。だから、しばらくは辛抱してほしい。無論、それが終えたら他に部屋を設けよう。私もリュシアナに占ってもらいたいからな」
「っ! 本当ですか?」
まさかの提案に、思わず歓喜の声を上げた。
実は占いをするに当たって、一つだけ懸念していたことがあった。この世界の占いに対する認識だ。
ミサやカイル、占ってほしいとやって来る者たちを見れば、この世界では容認されていることが分かる。けれど、それは王宮の中だからだ。
私はお父様とお兄様の保護下にいるから、命を狙われている現状であっても、こうして平穏な暮らしができている。そう、何も心配することなく、気楽に。
だからこそ、怖いのだ。占いが皆の足を引っ張っていないのか、と思うと。現にミサと近衛騎士団長には迷惑をかけてしまっているだけに、お父様の言葉は私の心に響いた。
「ありがとうございます!」
「ようやくリュシアナの明るい顔が見られたな。ずっと緊張した顔しか見せてくれなかったから、これでも寂しかったのだぞ」
「申し訳……ごめんなさい、お父様」
リュシアナを可愛がっているのだから、堅苦しい言葉は嫌がるだろう。そう思って言い換えると、正解とばかりに柔らかい笑みを向けられた。けれど次の瞬間、お父様の顔が再び険しくなった。
「何をしに来た、クラリーチェ」
「えっ……」
振り向くお父様に会わせて視線を扉に向けると、なぜかお姉様が立っていた。赤褐色の髪を靡かせ、茶色い瞳で私を射抜くように見つめる。咄嗟にカイルが私の横に並び、さらに緊迫した空気が部屋に漂う。
「何をしにとは心外ですわ。私はただ、お父様と同じでリュシアナの占いが、どのようなものか、気になって来たのです」
「私はリュシアナが心配で来ただけだ。お前と一緒にするな」
「……そうですか。ですが、お父様も気になりませんか? リュシアナの占いの腕がどれほどのものなのか、を」
「何が言いたい」
冷たく言い放つお父様。しかし私も同じようなことを思っていただけに、お姉様の返事が気になった。
「占ってほしいだけですわ。もうすぐ、ノルヴィア帝国に嫁ぐんですもの。私が幸せになれるのか、占ってもらったっていいではありませんか。ねぇ、リュシアナ。いいでしょう?」
お父様に向けられる、穏やかな口調と微笑み。けれどその後に続いた言葉に、私は背筋が凍りそうな思いをした。




