第20話 その腕前は……
「実は私、実家から縁談のお話が来ていて、迷っております」
タリアは目線を下に向けながら、ゆっくりと話してくれた。訴えかけるわけではなく、私が聞き取り易い方法で。このたった一言でも、タリアという女性の思いやりが伝わってくるようだった。
「実家、というとハーリント伯爵家から、よね。今、王宮ではお姉様の結婚に影響を受けている者たちが多いと聞くわ。ハーリント伯爵家も、その波に乗ろうとしているのではなくて?」
「えっと、その……おそらくはそうだと思います。私がこの王宮で結婚相手を見つけられていれば、このような事態にはならなかったのですが」
「どういうこと?」
「元々、私は王宮勤めをできるほど、しっかりした者でもなく、要領がいい方でもありません。だけど両親は、そんな私に箔をつけるために、無理やり話をつけてこちらへ勤めることになったのです」
なんだか、親近感を湧くわね。私も王女という器ではないのに、転生した先の体がそうだった。さらに記憶喪失とか、お姉様との確執。お父様とお兄様に至っては、溺愛というより、今のところは過保護とか心配性、の方が合っている。
望まない場所で、望まない役割を押しつけられ、今度は望まない結婚、か。ん? 確かタリアは迷っている、と言っていたわよね。
「ご両親は、タリアに早く結婚してもらって、落ち着いた生活を送っている姿を見たいのかもしれないわ。それが無理そうなら、王宮勤めをして、立派な女官として一人で生きていく道を、タリアが見つけるかもしれない。あなたには、その二つの可能性をご両親から掲示されていたのではないかしら。無理に結婚を勧められているようには感じなかったのだけど」
「……確かに王宮へ行くように言った時ほど、強い口調ではありませんでした。むしろ……選びなさい、と言っている感じでした」
「やっぱりね。だからタリアは迷っているのよ。決めつけられた縁談だったら、迷ってなんていられない。そうでしょう?」
「さすがはリュシアナ様。いつもミサが自慢しているだけのことはあります」
どんな自慢を……と、今はそんな話をするところではなかったわ。タリア以外にも占うのだから。
「とりあえず、そうね。まずはこの縁談が、タリアにとっていいものなのか、占いましょう。今回は、より深く丁寧に読みたいから、タロットカードの逆位置も採用するわ」
「逆?」
「えぇ。とても大事な質問だからね。といっても、タリアが受け取れるものだけ受け取ってくれればいいから。結果を聞いて、微妙だなと思ったら、受け入れなくていいの」
「そう、なのですか?」
「占いって、そういうものよ。だからそんなに肩に力を入れずに聞いてくれると嬉しいかな」
私は前世でよく見たリーディング動画のように、軽い口調で話しながら、タロットカードを円を書くようにシャッフルした。そして一つにまとめると、いつものようにカードに質問をして、軽く叩いた。
「ダイヤモンドクロススプレットを使うわ」
「ダイヤモンド?」
「ごめんなさい。そういう名前の占い方でね。二人の未来を見るのにはちょうどいいかな、と思ったの」
そう言いながら、タリアの前に横に二枚。縦に二枚、と合計四枚、十字になるように置いた。
「まずはタリアの気持ちを見てみるわね」
私はタリアから見て左のカードを捲った。
「ワンドのペイジ。タリア……もしかして、この縁談に希望というか前向きに思っている?」
「えっ! あ、はい。ミサや他の人たちを見ていたら、私も、と思いまして。でも……」
「相手をよく知らないから不安なのかしら。お会いしたことは?」
「ありません」
「そう。なら、今度はお相手の気持ちを見てみましょうか」
今度は右のカードを捲った。
「『TEMPERANCE』(節制)」
まさかここで大アルカナが来るなんて……七十八枚使用するようになってから、初めてのことだわ。
「リュシアナ様?」
「ごめんなさい。いいカードだったから、驚いてしまったの」
「そうなのですか?」
タリアの嬉しそうな顔に、私も釣られて穏やかな顔になった。
「えぇ、このカードは協力やバランスの意味があって、調和を大事にするの。だからタリアにピッタリだと思えたのよ。どんな物事でも柔軟に対応できて、穏やかで平和的な解決を模索する。タリアといい関係を築いていきたい、と思っているのかもしれないわ。素敵なお相手ね」
「ありがとうございます!」
「次は現状」
私はタリアの前に置かれたカードを捲った。
「ペンタクルの五……やっぱり不安な気持ちが、カードにそのまま出ているわ」
「えっ?」
「見て。雪の中を歩いている二人。でもこれは、二人で困難を乗り越える、とも読めるから大丈夫よ。それに最後の近い未来をまだ見ていないのだから、悲観的になることはないわ」
とは言ったものの、どんなカードなのかは分からない。私はドキドキしながら、目の前のカードを捲った。
「っ! カップのキング! 大丈夫。安らかなカードが出てきたわ。これが出てきたということは、穏やかで安定した未来。つまり、いい縁談だと、カードは教えてくれている。この縁談に迷いはあるけれど、前向きなら会うだけ会ってみてもいいのかもしれないわね」
「そう、ですね。両親にも、一度だけでも会ってみたら、と言われておりますので」
「なら、会う時のアドバイスを、カードに聞いてみましょうか」
私は再びタロットカードの束を軽く叩き、アドバイスを聞いた。
「ペンタクルのナイトの逆位置……」
この間、近衛騎士団長のことを勤勉だと読んだ。その逆ということは……。
「緊張しすぎないことかしら。肩肘を張らずに、自然体に。タリアらしい姿がいい、と出ているわ」
「こ、こんな私でいいのでしょうか。引っ込み思案な私で……」
「お相手は『TEMPERANCE』(節制)と出ていたから、大丈夫よ。怖い相手でなければ、短気な方でもないと思うの。むしろ、タリアに合わせてくれるのではないかしら」
良かった。素敵なアドバイスカードが出てきてくれた。
思わずカードに向かって「ありがとう」と呟いた。そしてペンタクルのナイトを真ん中に置き、タリアを見据える。
「これで占いは終わりだけど、どうだった?」
「とても参考になりました」
「この縁談が素敵な未来になるように、祈っているわ」
私は安心させるように微笑むと、タリアは両手を合わせて、何度も何度も「ありがとうございます」といいながら、席を立つ。部屋から出て行く時も、ずっと頭を下げるタリアの姿に、逆に私の方が恐縮してしまった。
「お見事です」
それを共に見ていたカイルが、後ろから声をかけてくれた。
「ありがとう。でも、思ったより疲れたわ」
「相談の内容を掘り下げるのが原因かと」
「分かっているわ。だけど、相手は本気で悩んで、相談に来てくれているのよ。私も生半可な態度で占いたくないの。同じ熱量で答えてあげたい」
今の私が何不自由なく生活できるのは、王宮で働いてくれている人たちのお陰なんだから。
「勿論、カイルも何か相談したいことがあれば、聞くからね」
「っ! あ、ありがとうございます」
声は戸惑っているものの、注がれる視線に既視感を覚えた。そう、この熱い視線……最近、どこかで見たような気がしたのだ。
あっ、中庭だ。まさか、相談ってそっちのこと? ちょうど恋愛の占いだったから、また影響を受けたのね。もう、いいんだか、悪いんだか。
お読みいただきありがとうございました。
今回の占いも私が引かせていただきました。
逆位置も採用すると書いておきながら、正位置しか出てこなかったので、どうしようか悩んでいたところ、ラストでようやく……ホッとしました。
占いの描写は手探りでしていて、読み辛くないようにしていますが、そちらについては温かい目で見ていただけると幸いです。




