第19話 噂の占い姫
王宮にいる者たちがミサを羨ましがっている、というカイルの話が本当のことだと実感するのに、あまり時間はかからなかった。
それは実際にミサを見ていれば分かる。直接、何があったのか、報告することはなかったけれど、日に日に幸せオーラが伝わってきていたからだ。
加えて私が趣味で占いを始めると、「今日の運勢をお願いできますか?」とか、もじもじしながら「近衛騎士団長様との相性を見ていただけないでしょうか」とダイレクトなお願いをされることもあった。
もう、まさに恋する少女。いや、ミサは私よりも年上だから恋に生きる女性、というほど過激でもない、か。カイルがいうには、恋愛下手な二人だという話だから。
それでも私の占いが、少しでもミサの役に立てたことが嬉しかった。
「あら、何かしら」
朝から扉の外から言い争う声が聞こえてきた。実はこの部屋には護衛騎士とは違う、警護をしてくれる騎士が、扉の外にいるのだ。私が二度、倒れたことにより、警備が強化されたのだと、ミサとカイルが教えてくれた。
そのため、以前のリュシアナのように、こっそり抜け出す、ということは難しくなっていた。
「……もしかして! 私、見てきます!」
「え、ミサ。どうしたの?」
慌てて扉へと向かうミサ。一体何が起こっているのか、とカイルに目を向けると、逆にこちらへと近づいてきた。
「ご安心ください。リュシアナ様に危害を加えるものではありません。むしろ、頼って来た者たちですから」
「ますます分からないわ。私は誰かに頼られるほど、しっかりした王女でもないし、手を差し伸べることだって……」
そう、今の私は役に立たない王女だ。お父様とお兄様の保護下にいる、何もできない王女。そんな私を訪ねてくる者など……そうだ。ミサが抑えてくれていたんだったわ。
だから彼女が扉の外で対応するのは、当たり前のことだけど……。
「リュシアナ様?」
「頼って来てくれたのだから、話を聞くべきではなくて?」
私は立ち上がり、扉の方へと歩いていった。そして開けた途端、ミサが驚きの声をあげる。
「ひ、姫様!?」
それに呼応するように、ミサの周りにいた者たちの視線が、一気に私へと注がれる。よく見ると、その者たちは全員女性で、なぜか羨望の眼差しを向けてきたのだ。
これがカイルの言っていた、危害を加えるものではない、という証拠なのかしら。
一歩後ろに下がると、扉ではなく誰かの体に当たったような感触がした。
「ご安心ください。いつでも備えておりますから」
「ありがとう、カイル」
私は一つ息を吐き、目の前の女性たちに向かって声をかけた。
「ごきげんよう。朝から私を訪ねて来てくれたことは嬉しいのだけど、何か急ぎの用があるのかしら」
「姫様。大丈夫です。ここは私がなんとかしますから」
「でも、これだけの人数を、ミサ一人で捌き切れるの? 私が直接出てくる方が早いと思わない?」
「そうなんですが……彼女たちの要望が、その……」
ミサがチラッと横に視線を向ける。けれど彼女たちは、臆することなく私だけを見てきた。
「皆、一緒なの?」
「はい。それも……――」
「リュシアナ様! お願いがあって参りました」
最前列にいた女性が、ミサの声を遮ってまで私に訴えかけてきた。だから無礼だとは感じない。むしろ、そこまでして私に何を願うのか、そちらに興味が湧いたのだ。
彼女たちは、私がその願いを叶えることができる、と信じている。その内容に惹かれない方がおかしかった。
「聞きましょう。それは何かしら」
「私たちにも、占ってもらえないでしょうか」
「え? 占い?」
「はい。ミサは、リュシアナ様の占いで恋人ができた、と聞きました。だから私たちにも是非、ご助力いただきたく。そのお力をお貸し願えませんでしょうか」
「……ミサ~。黙っているように言わなかったかしら?」
あの時お願いしたのは、お父様とお兄様に限定したことだったけど、他の者たちに言ったら、いずれ伝わってしまう。それが分からないミサだとは思えなかったのだ。
「すみません! あまりにも嬉しくて、つい……話してしまいました」
「その気持ちは分かるけど……」
「でしたら、私たちにもその恩恵を!」
断れない圧を感じ、私は結局、彼女たちを占うことにした。ミサには責任を取って、順番や占う内容の聞き込みを事前に行うように命じた。
今回は恋愛関係が主流だから、困った内容は出てこない、と思うけれど、念の為の処置だった。
私は願いが叶うために必要なことを答えるつもりだけど、質問者の願いはまた別である。しかし、人の生死や病気、犯罪に関わることなどは答えられない。他にもあるが、大まかにいうとここら辺はダメだということをミサに伝えた。
そうして最初にやって来た相談者は、大人しそうな女性だった。あの気迫に溢れる女性たちは、ミサの許可が下りなかったのだろうか。
どうしても対面占いになってしまうため、ミサにも譲れないものがあったのだ。そう、私の侍女という立場と責任が。
「どうぞ、おかけになって。お名前を伺ってもいいかしら?」
「お初にお目にかかります、私はハーリント伯爵家の長女、タリアと申します」
「伯爵家、ということは、ミサと同じなのね」
「はい。ご覧の通り、その……引っ込み思案であるため、ミサにはいつも助けてもらっています」
なるほど。だから彼女を最初に選んだのね。ということは、深刻な悩みなのかしら。
「事前にミサから聞いたとは思うけれど、私の占いは、あくまでも占い。それをどう捉えて活かすかは、あなた自身よ。私はただ願いを叶えるための助言をするだけ。いいわね?」
「はい」
「それでは聞かせてちょうだい。何を占ってほしいの?」




