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第15話 言うべきこと

「すぐに頼みごとを言えなかったのは、これを待っていたからなの」


 占いが終わり、椅子から立ち上がろうとするミサ。カイルもそうだが、それぞれ侍女として、護衛としてのルールがあり、プライドがある。だからもう、止める素振りはしなかった。


 けれど私が、すぐに話を切り出したからだろうか。もしくは仕舞おうとしたタロットカードの山を、ミサに差し出すように見せたからか。再び椅子に腰を下ろしてくれた。


「えっと、タロット、カード……でしたか。それと私への頼みごとが、どう繋がっているのでしょうか? 私はリュシアナ様のように占いなど、できませんよ」

「いくらなんでも、ミサに占いは頼まないわ。これは私の楽しみなのだから、逆に取らないでちょうだい。だから、ね。今後のためにも、間接的に協力してほしいの」

「……間接的、とはどういうことでしょうか?」

「お父様とお兄様への報告よ。これまで通り、定時報告をしても構わないけれど、占いのことだけは黙っていてほしいの」


 そう告げると、ミサは驚いた表情をした。


 あら、そんなに意外だったかしら。ミサが具体的に何をしているのか、までは分からないけれど、これくらいは容易に想像がつくものよ。


「どうして……っ! もしかして、ヴァレンティア卿から?」

「いや、俺は……それに報告だけなら、今までもしていたではありませんか。俺を疑うのは筋違いかと」

「そうね。カイルの言う通り。今までも何かある度に、ミサはお父様とお兄様には報告をしていたし、その結果を私に伝えてくれていた。だけど今、私が言っているのは、それではないの。このくらい、分かるでしょう?」

「つまり、それも含めてご存知……なのですか?」

「さぁ、どうかしら。でも、ミサの反応にカイルの指摘。それだけで十分よ」


 ニコリと笑ってみせると、ミサの顔がみるみる内に、青くなっていった。


「まさか、カマをかけたのですか?」

「仕方がないでしょう? 記憶のない私には、あなたたちしか頼れる相手がいないのだから、こうするしかないのよ」


 それに、動くにしても情報を手に入れるにしても、二人の目を掻い潜ってできるほど、私はこの世界を理解していない。また、リュシアナの背景も知らないのだ。いくら記憶がない、と周りが分かっていても、それを知っているのは一部の人間のみ。


 混乱を避けるために、王族と一部の貴族にしか教えていないのだ、とミサから聞いた。つまり、(おおやけ)にしてはマズイ、ということに等しい。それがどのような影響となって、私に返ってくるのかが分からない以上、下手に動くわけにはいかなかった。


 それに……今までは記憶喪失で、私も混乱していたから、二人の動きを不思議に思わなかったけれど……。


「ずっとこの部屋だけで完結していた生活は、確かに今の私にとっては安全で快適だった。実際、命を狙われていたみたいだから、余計にね。だからあなたたちが、このようにしてくれたことは、すべて私への配慮だと思って、何も言わなかったの。でも……」


 今後も、その関係で居続けられる? 無理よ。今の私は、記憶喪失だった頃の私じゃないのだから。引きこもってもいられない。それを打破するためには……。


「言うしかない、と思ったのよ。私とあなたたちは別の生き物なのだから、以心伝心なんてできないの。そうでしょう? 私はミサの考えも、カイルの気持ちも分からないのだから。仮にあなたたちが、私の考えや気持ちが分かるというのなら、仕方がないけれど……」

「……申し訳ありません。そこまで不快に感じられていたとは知らず……けれど私はリュシアナ様を蔑ろにしていたわけでは――……」

「不快になんて思っていないわ。私の記憶がないから、不用意なお父様とお兄様の訪問を止めてくれたのでしょう?」


 そうやってミサが、私の負担を軽減してくれていたのだ。


 お母様に似た容姿のリュシアナ。

 たったそれだけの理由で贔屓にされ、お姉様が蔑ろにされる原因。そうミサから聞いたのにもかかわらず、お父様とお兄様がここへ来たのは、一度きり。私がこの世界で初めて、リュシアナの家族に会った時だけだった。


 グレティスの件は……いや、それもミサを通した後、私からお父様のところへ行ったのだ。少しでも部屋の外に出たい気持ちもあって。


 それ以外では、二人とも公務が忙しいのか、様子を見に来ることすらもなかった。


「本当に心配しているのなら、何度も何度もここへ来るはずだわ。ミサやカイル、私も困ってしまうほどにね。でも、そんなことは一度もなかった」


 寂しくて言っているのではない。一般論として、不思議に思っていたのだ。


「だけど、会えば無関心でないことは一目瞭然。最初にミサが教えてくれたように、お父様もお兄様も、私をとても大事に想ってくれていたわ。記憶のない私に配慮しつつ、あれやこれや世話をしたくて堪らないのが伝わってくるほどにね」

「リュシアナ様……もしも、そちらをお望みであるのならば……――」

「まさかっ! 不満があるから、言及しているわけではないの。むしろ感謝をしているくらいだわ」

「ですが……」


 そうね。こうして一つ一つ事柄を並べていくと、ミサを叱っているように感じるかもしれない。だから私は、ミサに向かってニコリと笑った。


「私はね、ミサ。これからは秘密裏に動かないでほしい、と思って切り出したの。記憶がなかった当初は仕方がないけれど、今の私はもう、あの時とは違う。こういうことは、お互いに共有し合っていきたい。私が望んでいるのは、それだけよ」


 無論、タロットカードの件はキッカケに過ぎないけれど。


「……分かりました。今後はリュシアナ様……いえ、姫様の意向に従います」

「えっ!? まだ私にも分からないことがあるから、一言声をかけてくれるだけでいいのよ」

「いいえ。その鋭い指摘に洞察力。記憶が戻ったとしか思えない言葉の数々と度量。このミサ。以前のように、姫様をサポートいたします」

「ま、待って! サポートって? 私はまだ、記憶が戻っていないのに、そんなことを言われても困るわ」


 なぜか私の呼び名が『姫様』になっているし。これはミサの中で、私とリュシアナを、ちゃんと分けていた証拠ってことでしょう? あぁぁぁぁ! なんでこんなことに。

 私はただ、タロットカードのことをお父様とお兄様の耳に入れないでってお願いしようとしていただけなのに……って、まだ本題も切り出せていないのに!


 カイルに助け舟を求めて視線を送ると、なぜかこちらからも熱のある視線を向けられた。ミサと同じ視線に、嫌な予感がした。


「俺も、微力ながらサポートしていきたいと思っています」

「あ、うん。それは凄く助かるわ。これからは部屋の外に、どんどん行きたいと思っていたところだから」

「やはり……リュシアナ様が、裏でこっそり活躍されていたことは知っていますので、大いに役に立てるかと」

「えっ……何それ、知らないんだけど」


 初めて聞く話に呆然としていると、「さすが姫様!」とミサからの感激の声に、私の呟きがかき消されてしまった。


 以前、カイルから記憶が戻ったのではないか、と聞かれたことがあったけど……思った以上に私とリュシアナは、似ているのかもしれなかった。


 で、でも! リュシアナの記憶はないんだからね! という私の心の叫びは、ミサとカイルには届かなかった。

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