第14話 ミサに必要なもの
「ただいま戻りました~。って何をしているんですか!?」
厨房から戻って来たミサが、私とカイルを見て、驚きの声を上げる。ちょうど占いを終えたばかりで、テーブルの上には大アルカナと小アルカナに分けた山が二つあるのみだった。
そのため、ミサからしてみれば、護衛であるカイルが、私と対面で座っているところしか見えなかったのだろう。凄い剣幕で近づいてきた。
「み、ミサ。おかえりなさい。これはね……――」
「ヴァレンティア卿! 私がいない間に、またリュシアナ様がお一人でどこかへ行かれないように見ていてください、とお願いしたのに……誰がこんな至近距離でお守りしてください、と言ったんですか!?」
し、至近距離!? これのどこが……間にあるテーブルが見えないの!?
「落ち着いてください、ミサ殿。リュシアナ様が驚かれています」
「ヴァレンティア卿が、そういう場面を作ったのではありませんか! 私がいない間に、私のポジションまで奪って……」
「ミサ? どうしたの?」
突然、怒ったかと思えば、支離滅裂なことを言い出してきて、今度は両手で顔を覆い、その場でしゃがんでしまった。厨房へ行く前も、どこかおかしかったけれど、今はそれ以上だ。
私がミサへの頼みごとを、すぐに言わなかったから? 別に蔑ろにしたつもりもないし、カイルを特別扱いしたつもりも……あ、あるかもしれないけれど……。
それを差し引いても、ミサの態度には驚いてしまった。
「実は……厨房へ行ったら、友人が結婚を機に、王宮を去ると言われて……」
あぁ、なるほど。それでかぁ。でも仕方がないよね。友人の人生は友人の人生だもの。こっちが寂しいからって、止めるのは野暮なこと。
「それでミサは、ちゃんと祝福したの?」
「勿論です。彼氏との喧嘩の際は、常に仲裁していたんですから。これで私の肩の荷も降りる、と安堵したのですが……」
「寂しくなったのね」
「はい」
私は不謹慎にも嬉しくなってしまった。勿論、ミサの不幸を喜んでいるわけではない。素直に感情をぶつけてくれたのが嬉しかったのだ。
今のミサの姿が本当だとすると、私がこの世界で目覚めてからのミサは、無理をしていた、ということだ。それが、いかに大変か。
記憶喪失で不安な私に、どれだけ心を砕いて、寄り添っていてくれたのかも。だから、余計に愛おしく、支えたくなった。けれど私に出来ることなど、高が知れている。
どうやったら慰められるかしら。ずっと聞きたがっていた頼みごとを、今いうのは気が引けるし。そうだ!
「今、ミサに必要なものは何か、タロットカードに聞いてみない?」
ちょうど、大アルカナと小アルカナに分けたままだし。アドバイスをもらうのなら、ワンオラクルが適していると思うから、初心者の私でも読み易い。
「タロット、カード……ですか?」
「あっ、そっか。さっきまで、このカードでカイルを占っていたのよ」
私はタロットカードを目の前に置き、ミサに説明した。
このカードが『忘れ路の小間物屋』の店主、グレティスから譲り受けたものであること。さらにミサが厨房へ行っている間に、騎士団長が届けに来てくれたことを話した。
「それで中身をチェックしている時に、本当にこれで占いができることをカイルに証明していたってわけ」
トランプを入手するために取引をした、ということは、あえて省いた。またミサの怒りの矛先がカイルに向くとも限らないからだ。
「だから椅子に……」
「至近距離でもなんでもなかったでしょう?」
まぁ、そんな場面も無き死にもあらずだったけど……。
「でもズルいです。リュシアナ様に仕えていた年数は、私の方が長いのに、ヴァレンティア卿が先だなんて……!」
「それはタイミングの問題で……」
「しかも、リュシアナ様に上着を貸すだなんて……まさか、あの噂は本気なのですか?」
「噂?」
なんのこと? と首を傾げると、今度はカイルが慌てて椅子から立ち上がり、手と首を横に振りながら近づいてきた。
「リュシアナ様が気にすることではありません。今は……そう、ミサ殿の占いに集中してください」
「そうね。これで有耶無耶になって、またミサから泣き言を聞かされたくはないもの」
「泣き言だなんて……リュシアナ様ぁ」
「分かったら上着の件も、噂の件も、あと。いいわね?」
「……はい」
そうミサに言ったものの、内心は私も気になって仕方がなかった。カイルが否定するほどの噂ってなんだろう。ミサが目くじらを立てるくらいだから、私にとってよくない話なのかもしれないから。
とはいえ、今は占いに集中しないと。ミサは私にとって、大事な大事な侍女なのだ。姉のような、友達のような、気の許せる存在。私が今、こうして笑っていられるのも、ミサとカイルのお陰なのだから。
私はカイルにした時のように、ミサにも椅子に座るように促す。カイルが座っていたからか、ミサも渋る様子はない。着席したのを確認した私は、テーブルの隅に置いたタロットカードに手を伸ばした。
「では改めて、今、ミサに必要なものは何か、教えてください」
カイルの時と同じように、読み易い大アルカナの山を選び、両手で包み込む。さらに、正位置のみを採用することも忘れずに伝えた。その証として、カードの裏面をノックする。
そして納得がいくまでカードをカットしていると、一枚のカードが飛び出した。私はそれをテーブルの上に置き、カットを続ける。その後、上から七枚目を裏返しのまま置いた。
「まず、この飛び出してきたのは、カードからのメッセージ。それは……『WHEEL OF FORTUNE』(運命の輪)ね。そして次は、ミサに今、必要なメッセージ。『THE HERMIT』(隠者)」
まさか飛び出してくるとは思わず、私はカードを手に持った。運命の輪は、元々良いイメージのカードで、隠者も悪いわけではない。だけど、この二枚のカードが示す意味はなんだろう。
「運命の輪は、流れやチャンスを意味しているわ。逆に隠者は、探求と静かに心を落ち着かせることを告げている。つまり、チャンスを掴むためには、静かに自分と向き合いなさい、ということね」
「それは……私にも、彼氏ができるということでしょうか」
「うーん。チャンスと出ているから、そうかもしれないわね。ただ、今回はミサに必要なことを聞いただけで、恋愛を聞いたわけではないのよ。だから、正確なことは言えないわ」
「で、では、カードに再び聞いてもらえないでしょうか」
前のめりでお願いをするミサ。けれど、占いにもルールというものがある。
「言葉を変えても、質問内容が同じになるから、今は占えないの。もう一度、占うには明日にしないと。ごめんね。それがタロットカードのルールだから」
「そうなのですか……」
「代わりに、ミサが聞きたがっていた、私の頼みごとではダメかしら?」
「えっ、教えてくださるのですか?」
「うん」
そういうと、ミサの表情が、見る見るうちに感極まったような表情へと変わった。私が占わなくても、ミサの魅力に気づいた素敵な男性が、すぐに現れるような気がした。
いや、ずっとリュシアナばかりに目がいっていたから、そのような男性からのアピールに気づいていなかったのかもしれない。
そしたら今度は、私が寂しい想いをするのかな。
お読みいただきありがとうございました。
今回の占いも私が引かせていただきました。ワンオラクルのつもりが、一枚飛び出したので、そのまま採用した次第です。
実際のリーディング動画でも、採用されている占い師さんが多いため、同じようにさせていただきました。