第13話 初めての占い
占いをするために、真正面に座るよう、私はカイルに促した。これに対しても、護衛だから、とか言いそうだと身構えたのにもかかわらず、意外にも素直に腰を下ろすカイル。
「どうされたのですか? 座れ、と言ったのは、リュシアナ様ですよ」
「だって、食事やお茶の時間に言っても、頑なに座ろうとしなかったから」
前世の記憶が戻る前は、そういうものなのか、と受け入れていたけど。さすがに戻った後は難しかった。自分だけ食事をしている中、ミサとカイルはずっと立っているのだ。勿論、食事などをせずに。
「主人と一緒のテーブルには付かないのが、俺たちのマナーですから」
「今は? マナー違反にはならないの?」
「占いをするためですから」
「……受けたことがあるのね」
あぁ、だから水晶や魔道具、といった言葉が出てきたのか。まぁ、初めてじゃない方が、都合はいいけど……。
私は気にせず、テーブルの上にあるカードを片付けていく。すると、この沈黙が気まずかったのだろう。まるで言い訳をしているかのように、カイルがボソッと呟いた。
「祭りの露店で、何度か」
「そう」
「えっと、当時はその、家を出るか出ないか悩んでいた時だったので」
「……どうしたの?」
今度は慌てた様子でいうカイルに、私はカードから目を離して問いかけた。
「その……怒っていらっしゃるのかと、思って……」
「……怒ってはいないけど……モヤっとしただけ」
そう、モヤっとしたのだ。私は初めて他人を占うのに、カイルは違う。比較されるのが怖い。たぶん、そんなところだと思う。
「所詮、私は素人だから、プロの占い師みたいに的確なことは言えないし、アドバイスだってできないもの」
「つまり……嫉妬ですか?」
「っ! 違うわ! どうしてそうなるのよ」
「占うのを承諾した時、同じことをおっしゃっていたからです」
確かに、言ったような気もするけど……。
「それと何の関係が?」
「同じことを言うのは、何かやましいことがあるからだといいますから」
「……それ、逆よ。やましいことがあるから咄嗟に嘘をついて、ない時は同じこと、つまり正直にいうんだから」
「あれ、そうでしたか?」
ハハハ、と笑って誤魔化すカイルを、私は呆れた顔でやり過ごす。内心はカイルがおかしなことを言ってくれて、安堵していた。
嫉妬と言われれば、嫉妬なのかもしれなかったからだ。
「さて、そろそろ占いたいんだけど、いい?」
「はい」
「今回は、分かり易いように大アルカナだけで占おうと思うの。あと、質問も。私自身、どのくらい占えるのか分からないから、最初に言った過去と現在、未来をカードに聞いてみようと思うのだけれど、いいかしら」
「俺はよく分からないので、リュシアナ様の望みのままに」
「……ありがとう」
それでも占うのは、カイルのことだ。分かる分からないはともかくとして、ちゃんと説明するべきだと思えた。
すでに二つに分けていたため、厚みのある方をテーブルの隅に置く。小アルカナは、大アルカナよりも枚数が三十四枚多いのだ。
私は大アルカナの束を持ち、カードを両手で包みながら「カイルの過去と現在、未来の流れを教えてください。また正位置のみ採用します」と念じ、カードの裏側を叩いた。
今回は正位置のみ採用するため、混ぜるようなシャッフルはせず、シンプルにトランプのようにカットをする。何度も、自分の中で満足いくまで繰り返した後、さらに三つの山を作り、真ん中の山を右の山へ。右の山を左の上へとまとめる。
そうしてカットし終えたカードの上から六枚を除き、七枚目から裏返しのまま、一枚ずつテーブルの上に置いていった。
「まず、左にあるのが過去。真ん中のカードが現在。そして最後のカードが未来を示しているの」
「……はい」
カイルの返事がいつもより硬い。裏返しにしているから、私も何が出てくるのかは分からない。だからこそ、心を落ち着かせながら、再びカードに手を伸ばした。
「過去のカードは『WHEEL OF FORTUNE』(運命の輪)ね。これは宿命のカードだけど、過去の位置に出てきたから、転換にも捉えられるわね」
私はそっとカードを持ち上げる。
「運命的な出来事、展開があったとか。でもそれは、カイルにとって良い変化をもたらしてくれたのね。それがなんなのかは分からないけれど、転換……だから、私の護衛騎士になったことなのかしら?」
それを宿命だとは捉えるのは、些か自意識過剰な気がする。そっとカイルの方を窺うと、満更でもないような表情に安堵した。
……いや、これは占いが当たっていた手応えによ!
私は気持ちを落ち着かせて、真ん中のカードを捲った。
「現在のカードは『THE HIGH PRIESTESS』(女教皇)ね。このカードは勉強熱心とか精神性を表しているわ。私の護衛に真摯に向き合っているカイルに、ピッタリのカードね」
カードを持ち上げて、カイルに見せる。すると、目を逸らされてしまった。つまり、この解釈ではない、ということだ。
「……冷静さと落ち着いた判断力ができる。でも違うというのなら……それが憧れで、近づこうと努力をしているのかしら。女教皇は、高潔を意味しているから」
「確かに……憧れ、ですね。それに近づこうとしているものの、まだまだ精進が足りないと思っています」
「今でも十分素敵なのに。カイルの理想はとても高いのね」
「……はい」
なぜか意味ありげな視線を受け、今度は私が避けるように視線を次のカードへと向けた。
「最後は未来のカード。何が出てくるのかしら。って、これは……!」
「どうかしたのですか?」
「えっ、あっ、これは……別に悪いカードではないの。『THE LOVERS』(恋人)」
どうしてこのカードが未来に出るの!? ストレートに読むと、恋人ができますよ、という暗示かもしれない。だけど、未来に表示されたから、別の可能性も出てくる。
「文字通り、恋の始まりを意味しているわ。何かに夢中になって、喜びや快楽に目覚めるの。でもこのカードが未来に出た、ということは、何かを選ぶことを暗示しているのかもしれないわね」
「選ぶ?」
「自分の行動を選び取る、ということよ。でもそれは、カイルだけじゃない」
私はカードに表示されている、男女の絵を交互に指差す。
「このカードに描かれているのは二人だもの。一人はカイルだったとして、もう一人のために何かを選ぶ日が来る。現在に女教皇があるから、その判断は間違っていないと思うわ。相手のために、冷静な判断を下せば、カイルにとってもより良い未来が待っている」
すべてはカイル次第ってことかしら。
「どうだった? 私の占いは。カードからのメッセージは、そんなに悪いものではなかったと思うけど」
「はい。なんだか、自分の方向性が見えてきたような気がします」
「本当!? 私も嬉しいわ」
初めて誰かにした占いが、相手の背中を押す。それは私の背中を押してくれたのと同じこと。
私は三枚のカードを手に取り、心の中で感謝を告げてから、デッキへと戻した。
お読みいただきありがとうございました。
今回、初めてリュシアナが占いをしたのですが、いかがだったでしょうか。
私自身、初心者であるため、ガイドブックと初心者用のタロットカード、そしてネットを屈指して読ませていただきました。
また、こちらは実際に私がタロットカードで占わせていただいた結果になります。
全く違うカードが出たら、意味の合うようなカードを選ぼうかと思ったのですが、まさかの『THE LOVERS』に……これは使わなければ、と思い採用しました。
今後もリュシアナと共に占っていくので、よろしくお願いいたします。