第12話 嬉しさのあまり……
「不備はございませんか?」
テーブルの上に、タロットカード七十八枚を並べ終えたのにもかかわらず、反応を見せない私に、カイルが痺れを切らしたように尋ねてきた。
受け取った時、包みを開けた時の反応からすれば、確かに薄く見えたのかもしれない。けれど内心は、二つの感情がせめぎ合っていた。
「大丈夫。全部揃っているわ」
「そう、なのですか? 俺には、これがどのようなカードなのか、分からないのですが……」
つまり、この世界にはタロットカードがない、ということなのかしら。でも、カードという概念はある。
「カイルが知っているカードというのは、どういうものなの?」
「……トランプというもので、このカードのように、数字が書かれていますが、絵柄はもっとシンプルなものです」
「まぁ! 実はね、このカードの個々の部分は、トランプの元になった、といわれているのよ」
私は大アルカナの下に並べた、小アルカナを指差した。
「トランプとは枚数が違うのだけれど、棍棒が描かれているワンドはクラブを、金貨が描かれているペンタクルはダイヤ。こっちの剣はソードだからスペード。最後は聖杯、カップが描かれているこれはハートと同じように扱えるの」
だから占いでトランプを使う人もいる。タロットカードと違って、元々家にあったものだから、私も使ってみたくて、必死に覚えたのだ。
しかしトランプは、五十二枚プラスジョーカー二枚の合計五十四枚で構成されているが、小アルカナはそれぞれAから十の他に、ペイジ、ナイト、クイーン、キングで構成されていて、全部で五十六枚ある。
大アルカナ二十二枚も含めたタロットカード、七十八枚をテーブルに並べ終えたこの感動を、カイルにも感じて欲しくて言ったのだが……当然の如く、「はぁ~」という答えしか返ってこなかった。
そもそもカイルには、このカードがなんなのか分かっていないのだから、仕方がないんだけど。トランプがあるのに、タロットカードがない世界だなんて……とはいえ、私も正確な歴史は知らないから、断言はできないけど。
でも一つ言えるのは、この世界にはトランプがあるということ。
「ねぇ、カイル」
「なんでしょうか」
「トランプは、このカード、タロットカードのように、入手困難なものなの?」
「いいえ。騎士団や、城下にある酒場、カジノなどでも使われているものなので、容易に手に入れられますが……欲しいんですか?」
「うっ」
思わず「うん」と言いそうになり、口を噤んだ。別にトランプがなくても、占いに支障はない。そもそも私は占い師ではないのだ。
リーディング動画にハマり、タロットカードを購入。見よう見真似でやりながら、ネットを屈指して独学で勉強し始めた、初心者なのだから。
そんな私がトランプを入手しても、タロットカードで手一杯なのに、使いこなせるとは思えない。せいぜいできるのは、普通に遊ぶくらいだ。
「では、取引をしませんか?」
「取引? いきなりどうしたの?」
「リュシアナ様は、俺に強請るのを躊躇っているご様子だったので、こうすれば少しは罪悪感がなくなるかと思ったまでです」
「……だって、タロットカードを入手するのに、だいぶ迷惑をかけたから」
まさか騎士団長まで、巻き込むとは思っても見なかったのよ。
「気になさる必要はありません」
「ううん。そういうところは、ちゃんとケジメをつけたいの。だからカイルの言う通り、取引をしましょう」
正直、それに味をしめて、あれもこれも、と強請る我が儘王女にはなりたくない。今だってリュシアナの記憶が戻らなくて迷惑をかけているというのに。
「それで、カイルの望みは何?」
「……えっと、そのタロット、カードとは、どういうもの、なのですか?」
カイルの問いに、一瞬固まってしまった。いや、目を瞬かせた、の間違えかもしれない。
取引というから、どんな大それたものが出てくるのか、と身構えていたから拍子抜けしてしまったのだ。
けれど、よくよく考えてみると、当然の疑問だと思えた。この世界に馴染みのないカードを、リュシアナが求めている。それはあり得ないことだからだ。
「一言でいうと、占いができるの」
「カード、でですか? 水晶や魔道具などを使用せず?」
魔道具……グレティスの肩書、王宮付き魔道具師というのは、それも兼ねているのかしら。水晶は前世でも占いに使われていた物だから、不思議ではないけれど。
「タロットカードは、これだけで占うの。過去と現在、未来を、ね」
「これだけで……まったく想像できません。あっ、とんだ無礼を」
「ううん。いいのよ。多分、カイルの反応が普通だと思うから」
この世界にタロットカードの概念がない。それならば、当然の反応だ。
魔道具……は見たことがないけれど、それなりに立派なものなのだろう。水晶だって、テレビやネットでしか見たことはないけれど、いかにも! って感じだし。
けれど目の前あるのは、カード。それも紙のカードだ。種も仕掛けも無いようなものが? と思われても仕方がない。なら、どうしたら分かってもらえるか……。
絵柄を説明する? それとも、一枚一枚カードの意味を教える?
興味のないカイルからしたら、苦行もいいところである。
それならば、カイルの興味を引けばいい。占いは何も、女性だけが好きだとは限らないのだから。
「ねぇ、カイル。ものは試しに占わせてほしいのだけれど、ダメかしら」
「えっ、俺ですか?」
「私でもいいのだけれど、これで占いができることを信じてほしいから」
本音としては、占いをしている姿を訝しげに見られるのが嫌なのだ。常に護衛として傍にいてくれる存在に、そんな風に見られるのも、また。
「だけどもし、占い自体を嫌っているのなら、先に言って。催促はしないから」
「……嫌いではありません」
「本当! それなら是非、占わせて。といっても素人だから、当たらないと思うけど」
期待されているようには見えなかったが、念のためにそう伝える。カイルもどこか、分かっている、とでもいいたいのか、苦笑いをしてくれた。
だから、本当は乗り気ではないことが分かる。これが取引なのにもかかわらず、私につき合ってくれたり、妥協してくれたり……ミサとは違ったその優しさに、甘えたくなるから困ってしまう。
私はそれを誤魔化すように椅子から立ち上がり、カイルにも座るように促す。途端、肩にあった上着がずれて、椅子の上に落ちそうになった。
「っ!」
突然カイルの腕が前方から伸び、私の体の後ろにあった上着をキャッチ。椅子に落ちることはなかった。けれどカイルの体が、テーブル越しとはいえ、至近距離にあり……思わず目を瞑った。
すると、カイルの息を吐く息が、音と共に私の頬に当たる。ビックリして目を開けると……。
「あっ、すみません。俺……」
カイルは顔を真っ赤にして、私から離れていった。それも必死に顔を隠して。
おそらく私も同じように赤くなっていると思うのに、カイルほど恥ずかしさを感じなかった。
私の感情を代弁してくれているかのような仕草を、カイルがしたからだろう。胸の高鳴りと共に、奥がじんわりと温かくなった。
次回、いよいよ占い回です。
ただ私も初心者ですので、温かい目で見ていただけると嬉しいです。