第11話 導きのカード
しばらくすると、カイルのため息が聞こえてきた。いつになく重々しいため息に、私は居ても立ってもいられず、扉へと近づく。すると、扉の向こう側にいた男性は、私の顔を見た途端、気まずそうな顔でカイルに耳打ちをして去っていってしまった。
「あの方は?」
「俺が所属している近衛騎士団の団長です」
通りで、とカイルの言葉に納得した。短い黒髪に、切れ長の紫色の瞳。そしてガタイのいい男性。カイルとの距離感も相まって、同じ騎士だと容易に想像がついた。
でも、団長ということは……。
「カイルに用事があったのよね。それなのに、ここにいていいの? わざわざここまで来るのだから、余程のことだったのではなくて?」
「えっと、まぁそうなんですが……俺は俺で、持ち場を離れるわけにはいかないので」
「でも……カイルの手を借りたいから、来たのではないの?」
とはいえ、今いなくなられるのは困ってしまう。カードの回収もそうだけど、他にも情報を得るには、カイルの協力は不可欠なのだ。
ミサはリュシアナがこっそり抜け出していたことを知らないから、そういうことは頼めない。そもそもなんで内緒にしていたのか……はだいたい予想がつくから、ミサに対してはこれまで通りの方が一番いいのかもしれない。
あとは……心強いから、かな。前世の記憶が戻ったから、余計に。でも、カイルの本業は騎士だものね。我が儘を言うわけには……。
「いえ、借りているのは、こちら側の方です」
「え?」
「グレティスに付けていた者が来られないため、団長様が代わりに届けてくださったのです」
カイルは手に持っていた包みを差し出した。触り心地が良さそうなネイビーの布に包まれたそれは、まさに私が望んでいた物と同じ大きさだった。厚みもまた、想像通り。
「お納めください」
「……ありがとう」
私は両手でそれを受け取り、そのまま胸の前で抱きしめた。物が小さいから、胸に両手を当てているように見えるかもしれない。しかしカイルには、私の嬉しさが伝わっていたようだった。
「これを先にお届けできて良かったです」
「あっ、そうよ。届けてくれた団長さんにお礼を言えなかったわ」
しかも名前すら知らない。リュシアナはお父様とお兄様から大事にされているから、何か手助けができるかもしれないのに……。
確か近衛騎士団長、とカイルは言っていたわよね。名前よりも、役職の方を重視するから、知らなくても大丈夫、かな。もしくは、あとでカイルに聞けば……――。
「……それよりも、確認はよろしいのですか? もしも違っていたら、急ぎませんと」
「ご、ごめんなさい。うっかりしていたわ」
どこで広げよう。これが私の想像通りの物なら、できるだけ広い場所で見たい。
私の机は……狭くないけれど、日当たりが、ちょっとね。さっきまでいたテーブルはどうかしら。ちょうどいい広さだし、カップを退かせば大丈夫そうね。
そうと決まったら、と体を反転させた途端、肩に温かいものを乗せられた。ちょっと重みを感じる、これは……。
「その……お召し物の場所が分からないので、ミサ殿が戻るまではこちらをお使いください。俺の物なので、申し訳ないのですが」
照れたように言うカイル。私の護衛なのだから、この部屋の構造を知らない、というのはおかしい。けれどクローゼットの中へ入り、上着を取りに行くのは……さすがに、ね。
それに、これはこれで嬉しい。カイルとの距離が縮まったように感じられたから。
さらにカイルは私の意図を汲み、カップを回収してくれた。お陰で私は、心置きなく包みをテーブルの上に広げることができた。
「わぁ〜」
開けた瞬間、思わず歓喜の声が口から零れた。真っ先に目に入ったのは、旅をする青年の絵が描かれた『THE FOOL』(愚者)
それを捲ると、自信に満ちた表情でワンドを掲げる男性『THE MAGICIAN』(魔術師)のカードが現れた。カードの上には数字が記入されているため、その順番通りにしてくれたのだろう。
私はテーブルの上にネイビーの布を敷き、一枚一枚、横に並べていった。大アルカナは全部で二十二枚。零の『THE FOOL』(愚者)から二十一の『THE WORLD』(世界)まである。
そのカードをテーブルに置く直前、私はじーっと見つめた。私とリュシアナを繋いだ、『THE WORLD』(世界)に右手を乗せて、祈るように尋ねた。
私をこの世界に呼んだ理由はなんですか?
こんな漠然とした質問をしても、曖昧な答えしか返ってこないのに、それでも私は尋ねたくて仕方がなかった。さらにいうと、今はカードの枚数を確認している最中である。尋ねたところで、カードをシャッフルできないのだから、意味のないことだった。それなのに……。
「どうかなさいましたか?」
「っ!」
急に話しかけられて、横を振り向く。当然ながら、この部屋には今、私とカイルしかいない。
「カイル?」
「はい」
「……もしかして」
「何か問題でもありましたか?」
「ううん。違うの。そうじゃないから、気にしないで」
私はニコリと笑い、再びテーブルにカードを並べていった。勿論、『THE WORLD』(世界)から。
その間も、カイルの視線は私に向いているのだろう。まるでそれが、『THE WORLD』(世界)の答えのような気がした。
カイルに出会わせるために、私を呼んだのだと、そう言わんばかりに。
ようやくタロットカード入手です( ̄▽ ̄;)