12.本
あの後、予定より少し早く屋敷に戻った俺達は、購入した奴隷達の治療をする為に治療用の部へと訪れていた。
「ミリアリアさん、今日治療予定の方の症状を教えて貰えるかな?」
彼女は以前俺が最初に奴隷を購入した時に死にかけていた、人種の女性だ、通称鉄仮面の女。
何故、鉄仮面かと言うと、この女は何時もスン、として表情一つ変えないからだ。他の奴隷達は欠損とか火傷跡とか神経麻痺とか治してやると俺にめちゃくちゃ感謝してくれるのにさ。それに、自分以外の者が治った時も、一緒に喜んだり泣いたり笑ったりして反応して俺を喜ばせてくれるのに。
「はい、アルフレッド社長、こちらになります。」
因みに俺はそんな彼女の事を実は気に入っている。その理由は勿論、彼女がカッコいいからだ。
だって想像してみてくれよ。若く、落ち着いた雰囲気のある凛とした女性、俺の想像の中にある社長秘書そのものだ!若く、有能で仕事の出来るいい女。うん、カッコいい!
だから、俺の独断と偏見で会社の移転が終わるまでは屋敷で奴隷の治療の調整などを行う仕事に任命しておいた。会社の移転が完了次第、有能社長秘書として、会社でバリバリ働いてもらうつもりだ。
「今日の患者さんは、欠損2か所だけか。それなら今日で治療は終わりだね。」
基本、魔術師の被検体やってた人達以外の治療は全員1日で終わる。それから、体力が衰えている者達の治療は無理に行わないようにしている。
やせ細った人達の欠損を治そうとすると、体力が足りなくて腕は生えたのに心臓が止まって死んじゃうとかあるしね。だから飯を腹いっぱい食わせて、体力が戻ってから治すようにしている。
「かしこまりました。既に準備出来ておりますので、早めに行われますか?」
まぁ、1日1人しか治療出来ないせいで進捗はあんま良くないけど。
「うん、今日は早めに終わらせちゃおうか。ノエルお姉ちゃんが待ってるしね。」
その後、治療を終えた俺は魔力回復用のポーションを飲みながら考えていた。
ポーションねぇ…、苦いんだけど、まぁ、飲めない程じゃない。それに気になるのは、性能よりも、ポーションが比較的安く普及している事だ。
この世界では民間人が仕事終わりのビール感覚で飲んでいるからな。
これは材料になるハーブ類の量産が魔術師達に出来るって考えた方がいいよな?普通に考えて、森の中で取れる材料だけで安くポーションを国中で普及させるのは無理だ。
中世ファンタジーだとポーションって高額なイメージあるしな。それに、民間人は基本使用せず、冒険者だけが買うイメージがある。
会社を作って物資を買い漁っているときにも思ったけど、やっぱ俺の前にも転生者がいたのかな?安く大量に売りさばいて儲けるビジネスモデルに機関車やラジオ、コンロにポット後オセロもあったな。
それに、一番の衝撃は産業革命が起こっていないのにも関わらず、政党政治が行われていることだ。
産業革命が起こると、民間人がお金を持つようになり、王や貴族の権威、宗教家の思想などが弱まる傾向にある。
今まで偉そうに自分達から金を巻き上げてきた支配者層に対する反感が生まれてしまう為だ。実際に、俺がいた前世の世界では産業革命が1733年に起こり、その56年後の1789年にフランス革命が起きている。
それに教養の授業で聞いた限りでは、この世界約200年前に革命が起きている。
それまでは絶対王政が敷かれていたはずなのに、何故か突然革命が起き、政党政治が台頭した。改めて考えても、それらの知識を持ってた人間がいたとしか考えられないんだよな。
いや、もしかして、、、それしか知らなかったのか!?
使える知識がそれしかなかったのかも知れない。
という事は、もしかして以前の転生者はまだ中学生から高校生ぐらいの学生だったとかか?こちらに来た時の年齢で収めた範囲で再現可能な物を作ったのかも知れない。それに機関車の開発が明らかに遅れているのはそのせいか?
内燃機関の概念はあっても、再現するのに200年掛かってようやく子孫かその関係者が完成させたという事だろうか?いや、流石に時間がかかり過ぎている気がする、機関車の運用が何年からなのか調べないと分からないから実際はもっと早かったのか?
「アル!終わったなら読んでくれなくちゃ!」
おっと、考え込んで忘れるとこだった。今日はこの後着せ替え人形になるのが確定していたんだっけ。
「ごめんノエルお姉ちゃん。休憩してからいこうと思っていたんだ。」
まぁ、最近は忙しくてあまり遊んでもらってなかったし、今日は可愛い弟として一肌脱ぎますか。
「因みに今日は何して遊ぶの?」
「ふふん、今日は本を持ってきました!それも。アルにピッタリのやつよ!」
ほっ、今日は着せ替え人形じゃないのか。
「どんな本?絵本とかかな?」
「絵本とは違うけど、物語だよ!」
物語か、この世界って俺からすれば既にファンタジーだから、ファンタジー小説と、伝記小説の違いがいまいち分かりずらいんだよね。
例えば、この世界にドラゴンは実在する。
でも妖精は存在しない。
もう少し分かりやすく言うと、ドラゴンは物語の中でも現実でも存在するけど、妖精は物語の中にしか存在しないんだ。
だから、小さい時に妖精さんにはどうやって会うのか聞いたら、もの凄く可愛がられた。ドラゴンには会いに行けるのにね。解せぬ。
ってか、ノエルお姉ちゃんは荷物をひっくり返したりしてさっきから何してるの?
「あれ~おかしいな、さっきこの鞄に入れたはずなんだけどな?」
「お姉ちゃん、本無くしちゃったの?」
「うーーん、やっぱり無い」
「因みにその本ってどういう内容だったの?」
知ってる本だったら今さら読む必要無いしな。
「えっとね、ある孤独な天才の物語なんだけど、アルは天才って知ってる?」
「うん、天才なら分かるよ。」
「その天才っていうのは、、、たぶん、、、ア、、、」
「ア?」
「、、、アれ?、、、天才、、、ってなんだっけ?」
うん?天才は天才だろ?ギフテッドとかもっとかみ砕くと生まれつき才能に恵まれた者の事だ。
「良く分かんないけどその天才が出てくる物語なんだね?」
「そうなの!天才が出てくる物語なの!」
う、うん、天才は分かったから。
「えっと、あらすじとか教えてくれないかな?」
「えーっと、うーーんっと、天才は孤高なの!」
そうだよね…天才は孤高だよね…
もっと他に情報ないのかよ!
これはノエルお姉ちゃんに聞くよりも実際に自分で見た方が速そうだな。
「えっと、じゃあ一緒に探しにいく?」
「そうね!一緒に探しにいきましょう!」
その後、ノエルお姉ちゃんと一緒に部屋にあるもの全部をひっくり返す勢いで部屋中を探し回ったが、その本は見つからなかった。
「ノエルお姉ちゃん、もう諦めよう。多分どこかに落としちゃったんだよ。」
「うん、ごめんねアル。それにせっかくのお休みだったのに全然遊んであげられなくて。」
「気にしないで。それに、落としたのならそのうち屋敷のメイド達が見つけて届けてくれるよ」
「うん、そうだといいけど。」
「因みにさ、その本ってなんてタイトルだったの?」
「えっとね、たしか、
”エルフを導く者”か”エルフの助言者”
だったかな?」
エッ?なにそれ…、どういう偶然?え、こわっ!
さっきまでもういいかな?って思ってたけど、なんか無茶苦茶気になってきた。
てか、そんな本俺見た事ないけどな。俺は屋敷にある本全部読んだからな!断言できる!何故なら姉ちゃん達の部屋にあるちょっと腐った本も全部読んだからな!
「ねぇ、ノエルお姉ちゃん、やっぱりその本のあらすじ教えてくれないかな?」
「ごめんねアル。あのね、お姉ちゃんもさっきから考えてたんだけど、本の内容が全然思い出せないの」
ノエルお姉ちゃんが考え込み始めたので、俺も一緒に少し考えてみる事にした。うーん、一度読んだのに内容が思い出せない本か。もし、無くしたのも同じような不思議要素なんだとしたら、かなりファンタジーな本だな。
何かよく分からないファンタジーな力で記憶から消え、目の前からも消える本。この世界に来て一番ファンタジーな現象に遭遇した気がする!!
一旦落ち着いて、もっとちゃんと考えてみよう。
読んだのに思い出せない本、そのうえ消える本。
一度読んだのに忘れるって事は、、、もしかして!
本自体に忘却の魔術がかかっていたってことか!?
それなら現実的な気がするぞ!実際に魔術を使えば、同じ現象を再現出来そうだしな。
ああ、クソ!この世界、やっぱファンタジーと現実の区別がつけずらい世界だな!
でも、なんで消えるんだ?
消える、、、隠れる、、、瞬間移動、、、
頭がごちゃごちゃしてきやがった。
もっと別の角度から考えないと、消える方法、もし忘却の魔術と同じような魔術だとしたら、魔術は循環するから効果が持続するはず、そう考えると、、、
認識疎外だ!見えなくなったんだ!それも永久に!
忘却と認識疎外の魔術がかけられた本!
それなら見つけられないのも納得、、、いや、それなら俺が見つけられないのはおかしい。ノエルお姉ちゃんがその本を見たという事は、本を最初は認識出来ていたという事だ。
つまり、見てから忘却魔術と認識疎外が発動したって事だろう?
なら何故本をまだ見ていない俺に本が見つけられないんだ?
本をまだ見ていない?
ッ!
俺は既にその本を読んだ後なのか!?
それなら全ての現象に納得のいく説明が出来ている気がする。
俺はその本を既に読んだ後なのか?まだ読んでいないのか?気になりすぎるんだけど!!頼むメイド達よ!その本見つけてを俺の元に届けておくれ。こんなの気になって夜しか眠れないじゃん。




