夜の砂漠
砂漠を歩き回った僕は、とうとう誰とも出会うことなく夜を迎えてしまった。昼は燃える様な灼熱で、夜は凍てつく程の寒冷で人間を取り込もうとする。砂漠の下が冥界へと繋がっているという伝承はこれが由来なのかもしれない。
僕はどうにか寒さを凌げる場所を探し歩いた。刻一刻と暗闇が襲う。砂漠が僕を冥府へと誘う。
スマホの電源は切れ、手持ちの食料も底をついた。僕に残されたのは一冊の本だけだった。
もう視界は真っ暗で文字は読めないが、その内容は一言一句頭に入っている。
視力を失った料理人の話だ。料理人はおよそ半年もの間、誰にも視力の喪失を気付かせることなく普段通りの振る舞いをしていた。周囲がその事実を知ったのは、彼の遺書からだった。
料理人としての彼は半年間生き延びた。しかし、それ以外の彼はもう限界だった。最後の行には『海の幸を返す」と書き残されていた。仕入れ先の港付近は隈なく捜査されたが、遺体は見つかっていない。
きっと彼も誘われたのだろう。
地球は丸い。
入り口は関係ない。辿り着く場所は同じだ。
彼の招待された入り口は海だった。
僕は僕の入り口からだ。
腹を空かせた夜の砂漠が、僕を吐き出してしまわないように祈るばかりだ。