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犬が兄弟になりまして  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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49/64

犬と兄弟になりまして・49


 住所に覚えはなかったが、タブレットに映った空撮の地図が妙に気になった。

 帰宅して航は自分のスマホで同じ地図を出してみる。

 ぽつんと孤立した倉庫を、指で伸ばして大きくしてみた。

 なんとなく既視感があった。

 母のスマホを取り出し、写真を開く。謎の廃墟の写真をタップする。

 地図の画像は空から撮ったものなので屋根しかわからない。母の写真の廃墟は木々の隙間を覗くように正面から撮ってある。似てはいるが、確実に同じものとは言い難い。

 母はなぜこんな写真を撮ったのか。考えれば考えるほど謎である。絶対に観光地ではないし、もし本当に空撮のこの写真と同じ建物だとしたら、両親はなぜこんなところへ行ったのか。

 撮影日はリクとカイのマイクロチップにあった日付の1か月後だった。

 なんとなく胸騒ぎがした。

 とりあえず一回行ってみるかと、航は思った。



 朝、ちょいワル紳士からメッセージが届いた。

『おじさんとデートしない?』

『嫌です』

 速攻返した。

 すぐに返事が来た。

『うそうそ。猟友会の橋本さんとこ行くの。一緒にどう?』

 同じ方向かよ、イヤだな~と思いつつ航は打った。

『予定がありますので無理です。失礼します』

 そして通知をオフにした。


 ドライブに行くと航が言うと、途中でおやつを買ってもらえると期待しているリクとカイは嬉々として車に乗った。

 先週の残りの鹿肉のジャーキーを持って行こうとしたら、とうの昔に食べられていた。初めてリクとカイに会ったときの実家の惨状を航は思い出す。最初のマンションで預かっていたときもゴミ箱等々荒らされた。場所さえわかればこいつらはなんだって自由に開け閉めできるようだ。特にヒト化している今ならなんでも自由自在なのかもしれない。そのうちネットショッピングとか始めたらどうしようと航は不安になった。

 ホームセンターに行くとペットショップに遭遇したり、犬のおやつもいらん気の利いたちょっとお高めのやつとかあるので、スーパーに寄った。

 さすがにスーパーは犬連れでは入れないので車の中で待たせ、航が期待した通りのお手頃おやつを購入して戻った。

「……まあ、いいけど」

 などと不満げな顔をするリクとカイからおやつを取り上げると、ごめんなさいごめんなさいとふたりは素直に謝った。

 まだ食うなよと言ったにもかかわらず、後ろからガサゴソと袋を開ける音がする。そしてくっちゃくっちゃと咀嚼音が聞こえる。

 なんか懐かしいなと航は思った。

 学生時代は男ばっかり4人、ぎゅうぎゅうになりながら古い軽自動車に乗り込んであちこちドライブしたなあと。就職してそれぞれ違う土地に行ってしまった。2人は結婚し家庭を持って、航ともう1人がまだ独身。両親の葬式にこそ来なかったが、皆電話をくれた。

「全部食べるなよ。帰りの分まで残しとけよ」

 前を見たまま航はリクとカイに言った。


 山深く入るにつれ道は狭く、すぐ横は崖になってきた。車1台通れる幅で、たまに対向車を通すために少し深く山肌を削って待避所を作ってある。山肌側ならいいが、崖側の待避所は露骨に崖上に突き出しているのでちょっと怖くて停めたくないと、航は切に対向車が来ないことを祈った。

 しばらくすると森の中というより背の高い草むらのような景色になり、そして突然視界が開けた。

 学校の校庭ほどもある広場の向こうに、ぽつんと廃墟があった。母の写真にあった倉庫のような建物である。

 航は侵入してきた道から少し中に車を入れると、林沿いに車を停めて様子を伺った。人がいる気配はない。

 閉ざされた入り口は左右に開く鉄製で、車も出入りできそうな大きさである。外に車が無いので、もし人がいるとしたら中に停めている可能性もある。

 規則的に並ぶ窓には鉄格子がはめてあり、鉄格子がない小さめの窓には木の板がばってんに打ちつけてある。

 リクとカイを車から降ろすと、航を振り返ることなくふたりは建物めがけて走り出した。航も一歩一歩近づく。

 リクとカイは建物の少し手前でぴたりと止まると、航を振り返った。

「お兄ちゃん!」

「来ちゃだめだ!」

 リクとカイは今まで見たこともないくらい眉を寄せていた。

 怒っているというより、苦しそうだった。

「どうした?」

 いつもと違うふたりに航は慌てた。慌てて少し足早になる。

「お兄ちゃん戻って!」

 思わず航は立ち止まった。

 少し近づくと聞こえてきた。倉庫の中からかすかに漏れてくる犬の鳴き声。1頭2頭ではない。甘えている声ではない。悲し気な、怒っているような、でも力無い鳴き声。

 思わず走り出そうとした航をリクとカイが全力で羽交い絞めにした。

「お兄ちゃん!おれたちの言葉わかる!?」

「おれたちのこと、どう見えてる!?」

 航は膝から崩れ落ちた。

 

 ヒトに見えたところで結局犬だし、犬でもヒトでも助けたい。でも。

 鳴き声だけでわかる普通ではない状態。

 犬の飼育崩壊というだけでも耐えられるかどうかわからないのに、それがヒトの姿で見えたら……。

 航は口を押さえてうずくまった。

「お兄ちゃん、車に戻って」

 リクに支えられるように立ち上がり、航は車に戻った。

 また建物の方へ走りだそうとするふたりに航は声を荒げる。

「待て!」

 不満そうに振り返るふたりに、航は車を降りて後ろのドアを開けた。

「乗れ!」

 リクとカイがしぶしぶ乗ると航も乗り込み、ドアをロックして大きく息を吐いた。

 今乗り込んで犬を開放したところで、何頭いるかもわからない犬を運ぶ手段がない。

 そもそも中に人がいるのかどうかもわからないし、本当に悪徳ブリーダーの根城なのか多頭飼育崩壊の現場なのかもわからない。勝手に犬を逃がしては、航の方が罪に問われかねない。

 犬がヒトに見えるのどうのという問題ではない。

 腹は立つしじれったいしイライラするが、法治国家ではまっとうな国民でいる以上手順を踏まねばならない。

 航はまっとうな国民ではあるが、この手のことは全くの素人だ。安い正義感で暴走するわけにはいかない。

 やはりここは保護活動のプロ、美馬の力を借りようとスマホを取り出した。

 圏外だった。





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