犬が兄弟になりまして・28
オフ会のヒトビトの群れの中から顎髭もダンディなひとりの紳士が近づいて来た。
「おーい、サイゼリヤ、どうした」
サイゼリヤ!?航は耳を疑った。
「父上」
近づく紳士に『兄上』は両手を胸の前で重ね、礼をする。
父上!?航は奥歯を噛みしめ必死に笑いをこらえる。そしてリクの頸を抱き寄せながら耳打ちした。
「どっちだ!?」
リクは素早く答えた。
「『父上』人間」
航はリクの肩をヨシと叩くと、素早く営業用の笑顔に切り替えた。
「かっこいいわんちゃんですね~。とっても美男子」
「ありがとうございます。自慢の息子たちです~」
ダンディ紳士は上機嫌で答える。
「そちらは、ゴールデンとラブかな?可愛いですね〜。女の子?」
もしやこれは先輩が言っていた赤ん坊にはとりあえず『可愛いから女の子だと思っちゃいました作戦』では?と航は推測した。
「いや〜、こう見えて男の子なんですよ、ふたりとも」
どう見ても男じゃん、などと隣でリクがボヤいているが無視する。
「いや〜、あんまり可愛いから女の子かと思っちゃったよ、ハッハッハッ」
使う人は犬にも使う便利な言葉なんだなと航は感心する。
「見たことない顔だけど、ここは初めて?」
ダンディな紳士に言われると、ドッグランであってもナンパされてるような気がする。
「ええ、ちょっと前から……。常連さんですか?」
「そうなのよ~、結構前から使わせてもらってんのよ、ここ~。息子たちをお迎えしてすぐくらいだから、かれこれ……、って、お兄さん、この子たちの犬種知ってる?ボルゾイっていうの、ボルゾイ。馬じゃないよ、ボルゾイ」
どうやら話好きらしいダンディ紳士はフェンス越しにグイグイ航に迫ってくる。
「おじさんね、犬とか全然飼ったことなかったんだけど、ネットで『ボルゾイ』初めて見てね、すっごいかっこいいじゃない?すぐブリーダーさん探して。で、2頭、速攻お迎えしたの。かみさんにも相談しないでいきなり連れて帰ったもんだから、相当怒られちゃって~」
あははははと豪快に笑う見てくれダンディ紳士に、中身・ちょいワル、飼い主失格、と航はレッテルを貼った。ちょいワルはいいが、ノリで犬を飼う人間は航は好きではない。
「お兄さんさ、『サイゼリヤ』って聞いて笑わなかった?」
ちょいワル紳士がフェンスぎりぎりまで近寄ってきて航にこそっと言う。
笑いをこらえてたの見えてたのかなと思いつつ、何をこっそり言う必要があるのかと少々うんざりしながら「ええまあ」と航が言葉をにごすと、ちょいワル紳士がまたあははははと笑った。
「いやー、実はさ、あんまりカッコいい犬だからてっきりイタリア生まれの犬だと思っちゃって『サイゼリヤ』と、こっちの子、『ベローチェ』ってつけちゃったんだよね~。かみさんがまた怒る怒る」
あっはっはっはっはとちょいワル紳士は楽しそうに笑う。
「本当はロシア原産なんだけど、知ってたら『ピロシキ』と『ボルシチ』だから、それもどうかって話だよね~」
「『ピョートル』とか『ゴルバチョフ』とかの選択肢はなかったんですか?」
うんざりして目の座っている航に、ちょいワル紳士は途端にきりりとした顔で言う。
「お兄さん、知ってるねえ」
そしてすぐに破顔する。
「こんな調子で僕何も知らなかったからさ、ボルゾイ飼ってる人たち探して、お勉強会開かせてもらってるわけ」
航はちょっと驚く。
「勉強会?犬の?」
「そうよ〜、犬の歴史とか特性とかはもちろん、飼育方法とか病気とかね。勉強することいっぱいあるよ〜」
しかめつらしい顔をしてちょいワル紳士がもっともらしく言う。
「それの主催者さんなんですか?」
ちょいワル紳士はちょっと自慢げに胸を張る。
「珍しい犬だとね、飼い主同士の情報交換って案外必要なのよ。お勉強させてもらう立場としては場所も時間もセッティングしなきゃ」
どこからどこまで人間なのかわからないが、結構な人数である。日にちや時間を合わせるだけでも大変なはずだ。このちょいワル紳士、勢いで犬を飼っただけのいい加減な奴ではないのかもと航は思いはじめた。
ヒトビトが集まっている向こう側からちょいワル紳士を呼んでいるらしい声が聞こえる。ちょいワル紳士は尻ポケットの財布から名刺を取り出すと、航に差し出した。
「おじさんね、こういう人間。よかったらまた会おうね」
そして手を振りながらヒトビトが集まっている向こう側へ行ってしまった。
『兄上』ことサイゼリヤも航とリク・カイに拝礼すると、ちょいワル紳士の後をついて行く。
ベローチェは横目でカイを睨むと「フン」と鼻息をついて去って行った。
名刺にはデザイン事務所代表と書いてあったが、尻ポケットの財布から出てきた名刺などあまり信用できんなと航は思った。




