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犬が兄弟になりまして・1


 物心ついた時から犬がいた。

 犬と一緒に暮らすのが当たり前だった。

 航が家を出るまでにたしか5頭と暮らしたはずである。

 最大3頭が同時期に家にいた。

 両親に犬種のこだわりはなかったようで、だいたい保健所の譲渡会で譲り受けた雑種だった。

 でも珍しいことに両親が最期に残したのは金色のゴールデンレトリバーと黒いラブラドールレトリバーだった。

 

 両親が不慮の事故で亡くなった。突然だった。

 大学進学をきっかけに家を出てそのまま就職し、なんだかんだ2年帰省していなかったので、デカい犬が2頭もいるなど知らなかった。

 丸二日、飼い主が帰って来ない家で心細い思いをしていたであろう犬達を実家で見つけた時は胸が痛んだが、狭いマンションでひとり暮らしをしている航に大型犬を2頭も養う余裕は無かった。

 一旦は自宅マンションに連れて帰ったものの、すぐに犬の里親を見つけてくれる保護団体を探した。

 犬は嫌いではない。

 初めて来た航の部屋の中をくまなく嗅いでまわり、それぞれソファとソファの下ですぐにくつろぎ始めた犬たちを見てほほ笑ましくなったのも確かだ。

 だが、残業の多い会社員の自分では散歩もままならないだろう。『かわいい』や『かわいそう』だけで命を預かるほど無責任ではない。生まれた時から動物と暮らしてきたからこそ、その線引きだけはしっかりしている。

 そして動物は長く一緒にいると情が移る。

 航はなるべく早めに保護団体に預けようと決めた。



 ひとり暮らし用ワンルームに大型犬2頭はさすがにきつい。

 実家の近くで保護団体を見つければよかったと後悔したが、犬の世話のために毎日実家とここを車で4時間往復するのも疲れるので諦めた。

 幸い週末には保護団体と面接が決まった。基本、里親が見つかるまで自宅で世話しなくてはならないらしいが、場合によっては預かってくれるらしい。自分の事情では大丈夫だろうと航は思っていた。


 それにしてもとベッドの上で缶ビールを吞みながら、航はソファとその下で悠々と眠る2頭の犬を眺めた。

 場所を取られたのでほぼほぼベッドの上が航のテリトリーになっている。食事はもとより、着替えもベッドの上でぐらぐらと揺れながらする始末だ。

 そしてそこを航の縄張りと認識しているのか、不思議なもので2頭の犬は決してベッドの上に上っては来ない。

 食べ物の匂いがしたら寄ってきてねだりそうなものだが、ベッドの上で航が弁当を食べていても、2頭の犬は我関せずとおとなしく眠っていた。

 両親はそれなりに犬の躾はしていたが、基本動物は猫可愛がりする人たちだったので航のおやつもたびたび犬に横取りされていたものだ。

 やはり純血種のお犬様ともなればもとより育ちが良くて、人間様の食べ物には手を出さないものなのであろうか。それとも良いとこの犬だからと両親も張り切って躾たのであろうか。

 そういやどこを探しても犬の血統書がみつからなかったのだが捨てたのかな、などと航が呑気に考えながらつまみのチータラを袋から取り出した瞬間。

 いつの間にソファーを下りてそばに来ていたのかゴールデンレトリバーがぱくりとそれを奪い取った。

 それを見ていた床の上のラブラドールレトリバーはベッドに乗り上げ、航の顔をじっと見つめた。 

 犬は三日で馴れるんだな、と航は悟った。



 呼ばれるまでごはんの催促もしなかったし、帰宅しても朝出て行った時のままソファーの上で顔を上げるだけだった2頭が、ドッグフードの袋の音を聞くと尻尾を振って寄ってくるようになったし、帰宅すると玄関まで出迎えるようになった。犬らしくてとても可愛い。

 だが部屋の中で暴れた様子もないし、無駄吠えもしない。それどころかまだ鳴き声を聞いてない。

 遠慮してるうちが手放し時だよな、と早朝と深夜の散歩に慣れながらも航は思っていた。



 散歩コースにテイクアウトの焼鳥屋がある。航と犬たちが散歩をする時間はたいがい閉まっているのだが、その日はたまたま閉店時間前に通りすがった。

 いい匂いだなあと思ったのは航だけではなかった。

 まずラブラドールが小走りで店の前に行き、ゴールデンがお利口に座った。そして2頭とも店から目を離さずぺろりと舌なめずりした。

 大将ははははと笑うと「何本?」と航に聞いた。

 2頭は振り返って航の顔を見ながら居住まいを正し、同時に舌なめずりした。

 次の日帰宅すると、串を捨てたごみ箱がめちゃくちゃに荒らされていた。

 2頭とも出迎えにも来ず、頭をベッドの下に入れて息を潜めていた。

 朝晩の散歩のたびに焼鳥屋の近くに来るとそわそわするので、開店時間に間に合った何回かは買ってやった。

 焼き鳥を買えなかった日は露骨にがっかりするので、仕方なく鶏むね肉を茹でてドライフードの上に乗せてやった。

 次の日帰宅すると冷蔵庫が開きっぱなしになって、鶏むね肉のパックがめちゃくちゃに切り裂かれていた。

 2頭は重なるようにソファーと壁の隙間に挟まっていた。

 散歩の途中で木の枝を拾うようになった。

 家の中に持ち込ませるわけにはいかないので、マンションの近くまで来たら取り上げようとすると抵抗する。なかなか力が強く、押したり引いたり手こずっているうちにぶんぶん振れてる尻尾が目に入り、遊ばれていることに気づく。頭にきて力任せに取り上げて遠くに放り投げたら、リードを振り切って追いかけて行った。

 車に轢かれなくてよかったと、本当に肝が冷えた。勝手に走って行くな!と人間の子供のように2頭をしかりつけた。

 人間の子供のように叱られた2頭は、人間の子供のように項垂れしゅんとしていた。そのさまがあまりに気の毒だったので、脱いだ靴下を丸めてぽいと投げてやったら飛び上がってぱくりとキャッチしたかと思うと、すぐにぺっと吐き出した。いぶかし気に2頭は吐き出した靴下をしげしげと眺めていた。

 空になったビールの缶を投げてみたら上手にキャッチした。「ゴミ箱に入れたらまた焼鳥買ってやるぞ」と言ったができるわけもなく、困った顔でただずっと空き缶を咥えていた。

 牙が缶に突き刺さって取れなくなっていた。

 次の日、気が急いたのかラブラドールが飲みかけのビール缶を咥えてしまい、まず飲み口からビールがこぼれ、驚いたラブラドールが缶を放そうとしたがまた牙が刺さって口から落ちず、パニックを起こし振り回し、ビールがあちこちに振りまかれるという大惨事に陥った。

 早いとこ保護施設に預けないと退去費用がかさむ!と雑巾がけしながらも、航は笑いがこみあげてきた。

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