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白いオオカミと、クリスマスの贈り物

作者: 聖華

それは、とある冬の日のことでした。

その日は朝からお店が活気付いていて、人々も朝から忙しそうに動き回っていました。

広場の大きなモミの木は綺麗なガラス玉でおめかしをして、家の扉では松ぼっくりや赤いリボンがついたクリスマス・リースが久々の出番に張り切っています。


今日はクリスマスイブ。冬の日の中でも一番特別で幸せな、そんな日です。

家族や友達と一緒に暖かな暖炉の前で愉快な時間を過ごす、そんな日です。

子供たちが赤い服に白い髭のサンタクロースを楽しみに待つ、そんな日です。


でも、そんな楽しい日にも、悲しい人は居るのです。


----------------------------------------------------------------------------------


その日の夜の、とある小さな家。

周りの家は明かりと暖かさに満ち溢れているというのに、その家は暗く冷たくなっていて、どことなく寂しそう。

いや、寂しそうなのではなくて、本当に寂しいのかもしれません。

少なくとも、そこに住んでいる女の子は、そうでした。


女の子は真っ暗な部屋の中で一人っきり、窓の外を見つめていました。

窓の近くは部屋の中より寒くて、女の子はぶるっと身震いをします。

でも、それでもそこから動こうとは思いません。だって、窓の外を見ていたのですから。



窓の外には暖かそうな明かりと、照らされてキラキラと輝く真っ白な雪がありました。



ポタリ。雫が落ちました。冷たいです。

でも、女の子は気にせず外を見ます。そこには、女の子の近くにはないものがあったからです。

暖かさも、明かりも、キラキラも、ここにはありません。


女の子はいつも一人。お父さんもお母さんも兄弟も犬も猫も居ません。あるのは家だけです。

だから特別な日も、もちろん一人。ごちそうも、プレゼントも、笑う声も、ありません。


隣の家の人はそのことを知っていたようで、ついさっき女の子をパーティに誘いました。でも、女の子は断りました。

女の子も、本当は断りたくなかったのです。皆で楽しく過ごしたかったのです。

なんで断ったのか、女の子にも分かりません。でも、いつもそうしてきたのだから、それが正しいのです。



とんとんとん、とんとんとん。



誰かが何かを叩きました。女の子は目を窓の外から離しません。

離したら、そんなことはないけれど、その風景すらどこかに行ってしまいそうな気がしました。

それに見ていると、そんなことはないけれど、その風景の中に自分がいるような気がしました。



「こんばんは、お嬢さん」



女の子は急に後ろからそんな声が聞こえてきたので、とても驚きました。

それから、名残惜しいけれど、窓の外とさようならをして、そちらを見ます。


さっきまで、部屋の中は真っ暗でした。でも、女の子が振り返ると真っ暗はなくて、代わりに淡い光がありました。

一匹、白いオオカミが居て、その毛並みが優しく輝いていたのです。

オオカミの金色の眼はとても穏やかで、女の子は一目でこのオオカミが好きになりました。


「夜分遅くに申し訳ないね。驚かせてしまったかな?」


オオカミの声は不思議な声で、若いような若くないような、女の人のような男の人のような、高いような低いような、とにかくそんな声でした。

でも、その声はとても柔らかく、女の子は精一杯の敬意を示そうと


「いいえ、そんなことはありませんわ」


ちょっとぎこちなく、大人たちが偉い人に使っていた話し方をしてみました。

オオカミはそんな女の子に微笑みかけます。でも、顔を見ただけでは微笑んだとは分かりません。

オオカミは人間とは違って、心で微笑んでいるからです。

もちろん、女の子にはそれが分かりました。だって、それが普通なのですから。


「どうやら君はとても賢い子のようだね。でも、私にはいつもと同じように喋ればいいのだよ」

「はい。分かりました」


女の子は素直に話し方を元に戻しました。そして、少しホッとします。

だって、大人の喋り方なんてあまりしたことがないので、いつもより考えながら話さないといけませんし、間違った言い方をしてしまっても分からないからです。


「実はね、今日は君に頼みがあって来たんだ。私の話を聞いてくれるかい?」

「もちろんです」

「ありがとう、君は優しい子でもあるようだね。君はサンタクロースを知っているかな?」

「えーっと……はい」


そんな風にちょっと口ごもりつつ女の子は答えます。でも、女の子だってサンタクロースがどんな人かなんて、すぐに分かりました。

口ごもったのは女の子がもらうプレゼントはちょっと変わっていたからでした。

だから、皆がサンタクロースのくれたプレゼントについて話していると、いつもそれがサンタクロースからのものなのか、不安に思うのです。

女の子の置いたくつしたにはプレゼントが入っていることはなかったけれど、代わりにとても素敵な夢が用意されていたのです。


「私はそのサンタクロースと同じような仕事をしているんだ。君にはその仕事を手伝ってもらいたくてね」

「どんな仕事なんですか?」

「クリスマスイブの夜、皆が寝る頃になると皆に楽しい夢を届けるんだ。特別な日の夜には、怖い夢や悲しい夢は似合わないからね」


女の子は(やっぱり、あれはサンタクロースからじゃなかったんだ)と思いました。

でも、悲しくはありませんでした。こんな素敵なお手伝いをする子は、この村では女の子しか居ないと思うと、ちょっと誇らしげな気分になったからです。

オオカミは何も言わず、穏やかに女の子を見つめます。女の子は、オオカミが自分の答えを待っているのだと気付きました。


「わたし、お手伝いします! なにをすればいいかは、分からないけど……」

「大丈夫、それは私が教えるからね。さぁ、行こう。外は寒いから、ちゃんと準備をしておいで。私は外で待っているから」


オオカミは立ち上がると、明かりと共に扉の方へ歩いていきます。

女の子は急いでクローゼットから、暖かいコートとブーツ、フワフワの耳当てとマフラー、それから手袋を取り出しました。

全部身につけると、あったかくなりました。でも、女の子の心の中はもっとあったかくなっていました。

これから、どんなことが起きるのでしょうか? それがとても楽しみだったからです。




女の子が外に出ると、その横を風がぴゅーっと笛のような音を立てて、通り過ぎていきました。

でも、女の子はそんなの気にしませんでした。


目の前に居るオオカミは淡く光っているので、白い雪の中でもはっきりと見えて、とても綺麗でした。

オオカミは女の子の前にゆっくり歩み寄ると、言います。


「では、今から仕事について説明しよう。これから君には逃げてしまった夢を捕まえてもらいたいんだ」

「夢を?」

「あぁ。逃げてしまった夢は子供にしか捕まえることが出来ないんだ。さぁ、私の背中に乗って」


女の子はオオカミの背にまたがります。オオカミは大きかったのですが、ちゃんと女の子が乗りやすいように伏せてくれました。

オオカミの毛はとてもさらさらしていて、光っているためかほんのりと暖かく感じます。


「しっかり、私に掴まっておくんだよ」


女の子がオオカミの首に手を回すと、オオカミは走り出します。

周りの景色が後ろに後ろに飛んでいきます。女の子は少し怖くなって、オオカミの暖かい毛の中に顔をうずめました。



やがて、女の子が顔を上げると、先程とは違う景色が広がっていました。

周りには黒いカーテンが引かれていて、カーテンにはムーンストーンやルビー、パールなど様々な宝石がちりばめられています。

女の子はそーっと下を覗いてみました。いつもは女の子の何倍も大きな家々が、今はおもちゃのお家のように見えます。

そして、そんな光景を見ていると、自分が絵本や童話の主人公になった気がして、楽しい気分になりました。


「ほら、見てごらん。あそこに居るのが夢だよ」


女の子がオオカミと同じ方向に目を向けると、そこはモミの木がある広場でした。

ガラス玉がキラキラと輝いているのが、空からでも分かります。

そして、そのモミの木の下に、一人、女の子より小さな子供が居ました。

膝を抱え込んで座っていて、顔はよく見えません。


「あれが夢なの?」

「そうだよ。夢は人によってその姿が変わって見えるんだ」


オオカミはそう言うと、ゆっくりと広場へと降り出しました。

何故空を歩けるのか女の子は不思議に思いましたが、このオオカミは特別だからということで納得しました。



サクッ。オオカミの足が雪の上につきました。

女の子は体を起こすと、ピョンっとオオカミの背中から跳び降りました。

暖かいオオカミの毛から離れたせいか、少しさっきより寒く感じます。


「いいかい? 夢を捕まえるには、夢を説得しなくてはいけないんだ」

「でも、わたしに説得なんてできるかな?」

「大丈夫、君なら出来るよ。勇気を持っていれば、夢はそれに答えてくれるからね」


オオカミは鼻の先で、つんっと女の子のほっぺを押します。

その感触はあったかくて、女の子は勇気が出るのを感じました。


女の子は夢に歩みよります。夢が、ゆっくりと顔を上げました。


「ねぇ、夢さん。あなたはどうして逃げ出したの?」

「……………………」


夢は答えませんでした。女の子は困ったな、と思いながらも話しかけます。


「あのね、この街のみんなはあなたが来るのを楽しみにしてるの。だから――」

「そんなの、嘘だよ」

「えっ?」


女の子は夢の言葉に驚きます。夢がなにかを言ったのにも、その内容にも。

自分の言ったことを嘘だと言われるなんて、女の子は思いもしなかったのです。だって、それが正しいと思っていたのですから。


「特別な日だから夢がいるなんて嘘。特別な日には特別な日の楽しみがある。ケーキや、パーティや、プレゼント――その楽しみの中じゃ、夢なんてちっぽけで、忘れられてしまうもの。だから、逃げたんだ。夢は夢で、一人で居ればいいんだよ」


夢は悲しげに、また顔を抱え込んだ膝の中にうずめました。

それを見た女の子は、その光景が何かにとても似てると思いました。でも、何かは分かりません。

女の子は息を一つ吸います。冷たく澄んでいました。


そして



「そんなこと、言ったら駄目だよ!」



大きな声で叫びました。夢は驚いたようで、顔をがばっと上げました。


「そんなこと、ないよ。だって、わたしは夢を楽しみにしてるんだもの。もし、わたしにケーキや、パーティや、プレゼントがあったとしても、それは同じだよ。そんな風に思う人も居るかもしれないけど、わたしみたいに夢を楽しみにしてる人も絶対いる。自分のことを楽しみに待ってる人が居るなら、その人のところへ行かなくちゃ! そうでしょ? 一人は悲しいし、寂しいし、その方がどっちのためにもいいよ」


女の子は真剣に素直に、自分が思ったことを言いました。

ポタリ。いつのまにか雫が落ちていました。でも、それはさっきとは違って、暖かく感じました。

その雫をコートの袖で拭って、女の子は夢に手を差し出しました。


「行こう、みんなが待ってるよ」


夢はしばらく差し出された手を見ていました。そして、手を伸ばして、女の子の手に重ねました。

途端に不思議なことが起こりました。夢の体が輝くと、やがて綺麗な光の粒になって、消えてしまったのです。

そして、女の子の耳元で、こんな声がしました。



「ありがとう」



それは心からの「ありがとう」でした。




「さぁ、帰ろう。ここは寒いからね」

「夢は、どうなったの?」


すぐ近くにオオカミと、その暖かさがやってくると、女の子は尋ねました。

お礼は言われたけれど、夢がどうなったのかは、女の子には分からなかったのです。

するとオオカミはまた、優しい微笑みを浮かべてくれました。


「夢は一足先に皆のところに行ったのだよ。君は夢をきちんと説得できたんだ。早く行かないと夢に先を越されてしまうよ? せっかく君の家に行ったのに君が居なかったら、夢はきっと悲しい思いをしてしまうからね」


女の子はさっきと同じようにオオカミにまたがります。二回目なので、さっきよりはちょっぴり上手に乗れた気がしました。

もしかしたら、違う理由もあるのかもしれないけれど、それは女の子には分かりませんでした。




オオカミは空を駆けます。月がオオカミと女の子の道案内をするように、目の前に浮かんでいました。


「わたし、悪い子なのかな?」


ポツリ。女の子は呟きました。

オオカミは優しい声をかけてくれます。


「どうして、そう思うんだい?」

「だって、わたしにはサンタクロースが来てくれないから。夢は来てくれたことがあるけど……」


女の子はモジモジ言いました。自分は悪い子だと言うのは、ちょっと考えて言うと、恥ずかしかったのです。

そんな女の子を、オオカミは笑いました。でも、それは決して悪い笑いではありません。

それは大人たちが子供に「そんなことで、悩まなくていいんだよ」と言う時のような、優しい笑いでした。


「君は良い子だよ。私が言うんから、間違いない。君は私を――いや、私だけでなく、夢やみんなを助けてくれたんだからね」


柔らかな声、暖かな毛、ちょっとした疲れ。いつもは寝ている時間に、その三つが合わさったせいか、女の子は急に眠くなって、オオカミに返事できませんでした。

オオカミの首に手を回したまま、その暖かさを感じながら、とうとうまぶたを閉じてしまいました。


最後に、女の子はこんな言葉を聞きました。



「それに、もう君のところにはサンタクロースがやってきているからね」


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女の子が目を開けると、すぐ前に窓がありました。

窓からは冬の穏やかで少し弱弱しい日差しが入ってきていたので、女の子は目をパチクリさせなければいけませんでした。

ポタリ。窓の外で雫が落ちます。キラッとして、綺麗です。


どうやら、女の子はベッドではなく窓の近くで寝てしまっていたようです。


女の子はボーっとした頭で、夜のことを思い出します。

空を歩く白いオオカミや、その暖かな毛の感触、それから自分が夢を説得できたこと。あれは全部、夢だったのでしょうか……?

考えましたが、女の子には分かりませんでした。



ふと、女の子は膝の上に暖かさを感じました。



女の子が下を見ると、真っ白なオオカミのヌイグルミがちょこんと座っていました。

その眼は金色で、持ち上げるとほんのりと暖かく感じます。あの優しいオオカミを思い出します。


(こんなヌイグルミ、持ってたかな?)と女の子は不思議に思いました。

そして、そのヌイグルミを抱きしめると(でも、あれが夢だったとしても、いいや)と思いました。

だって、あの出来事は女の子にとっては、例え現実じゃなくても、とても特別なものだったのですから。



とんとんとん、とんとんとん。



誰かが何かを叩きました。女の子は椅子から立ち上がると、扉の方に駆け寄り、開けました。

扉の外には隣の家の男の子が立っていました。いつものように、何故かは分からないけど、少し照れたような顔をしています。


「おはよう。えーっと、実は今日もぼくの家でパーティがあるんだけど……どうかな?」


男の子はちょっとドギマギして言います。昨日誘った時には、女の子は悲しそうな顔をして、首を横に振ったからです。

でも、今日は違いました。


女の子は笑って、こう答えました。昨日は断るまでにも色々考えたけれど、今は考えませんでした。




「うん!」

あなたの元にも、クリスマスの贈り物が届きますように。

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