sao = Die Morgendammerung 5 (ディエ モルゲンデンメルング/黎明)
とある廊下を歩く2人
その者たちはこれからの恐怖劇の舞台に並ぶ役者たちの2人であった
ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンとエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグである
ベアトリス
しかし中尉、本当にこんな勝手なことをしていいんですか?
ベアトリス
そもそもこの件はゲシュタポ(国家秘密警察)の仕事なんだし、私達には何の関係もないじゃないですか
エレオノーレ
くだらんことを言うなキルヒアイゼン、貴様の言い分は怠慢の正当化であるうえに的外れだ
追従しながらぼやきを漏らす部下の顔を、振り返った女将校は冷厳と睨みつけた
並の男を容易く上回るだろう長身で、刃のごとき鋭い威圧を纏っている
美女の範疇には入るだろうが、優しさ、柔らかさといったものが一切ない
この女性を前にすれば、大概の者は萎縮してしまうだろう
だが当の部下はといえば呑気なもので、上官の冷たい眼光に晒されながらもとぼけた調子できょとんとしている
大きな目がくるくる動き、華奢な体格も相まって小動物のような印象を与える少女だ
ベアトリス
はあ、それは確かに怠け癖があるのは認めますけど、的外れっていうのはいったい、、、、
エレオノーレ
国防を司る軍の要職にある者が、こともあろうに穢れた色事で死人にかけるなど、銃殺ものの無様だろう
エレオノーレ
貴様もユーゲントで軍のなんたるかを叩き込まれはずだ、、、同胞の不始末は?
ベアトリス
連帯責任です、、、、
エレオノーレ
で、あるなら、私達には関係ない、、、、などというのは寝言であり戯言だ
エレオノーレ
軍の未席を汚す者として、対岸の火事にはできんだろう
エレオノーレ
我々が至らぬから、将軍殿の馬鹿を事前に諌めることが出来なかった、、、、とも言える
ベアトリス
でもぉ、私達は将軍と部署が違いますしい、、、お会いしたこともいないのに諌めるも何も、、、、
エレオノーレ
なんだ?、、、、大きい声で言ってみろ
ベアトリス
ああ、いえいえ、なんでもないですぅ!
ベアトリス
今日も中尉ったらお結麗で、このまま社交界に出れば殿方達の熱い視線を一身に集めること間違いなしですよはい!!
エレオノーレ
、、、、、、
ベアトリス
、、、、で、それはさておき、今回のことは仰るように軍の恥部ですから、上は揉み消す方向で動いていると思うんですよ
ベアトリス
なので、下手に突っつくのは危ないんじゃないですかね?
ベアトリス
ゲシュタポ長官閣下殿は、噂じゃ鉄と氷で出来てるような方だって、私常々聞いていますし
エレオノーレ
私もそう聞いている
エレオノーレ
付け加えて、非常に聡明かつ実際的な御方だとものな
エレオノーレ
それならば問題あるまい、きっと我々の意を汲んでくださる
ベアトリス
、、、はあ、中尉のそのみなぎる自信は、ほんとに何処からくるんですかね
ベアトリス
ともかく、そこまで仰るなら逃げずにお供しますけど、そろそろ教えてくれませんか、、、いったい何処に行く気なんです?
エレオノーレ
レーベンスボルンだ
短く告げて再び歩き出す上官に、少女ははい?と小首を傾げる
ベアトリス
んん?、レーベンスボルンっていうと、あれですよね、三年前のオリンピックの時に出来たっていう
エレオノーレ
早い話、牧場だな、、、優秀な男の子胤を欲して、恥を知らん雌犬どもが群がるバビロン、、、言ってしまえば、立場の逆転した娼館に群がるバビロン、言ってしまえば、立場の逆転した娼館にすぎん
ベアトリス
あのぉ、なんか凄い毒吐いてますけど、あれはあれでちゃんとした意味があると思いますよ?
ベアトリス
戦争の弊害として、異民族の血が混じりやすいっていうのがありいますからね
ベアトリス
私はあんまり気にしませんけど、血統を重んじる思想は慣れ親しんだものじゃないですか
ベアトリス
中尉の家も、私の家も、そういうものだし子供の頃からさんざっぱら言われてきたことでしょう?
ベアトリス
誇りある血と家名を汚すな、、、とかなんとかって
エレオノーレ
無論、貴種の血統を守り維持することに否はない、私が気に入らんのは、それを買おうとする浅ましさだ
ベアトリス
誇りとはなキルヒアイゼン、受け継ぎ育み伝えるもので、他所から貰ったり、まして売り買いするものでは断じてない、、、、許せんのだよ、そういった厚顔無恥、国家を腐らす奴ばらがな
ベアトリス
、、、、むぅ、なるほど確かに一理あります
ベアトリス
大概の女性が政略結婚なんか御免こうむりたいと思っているのに、自分で玉の興を選べるとなれば涎をたらして尻尾を振ると、、、、、確かに浅ましいですね、ダブルスタンダードです
エレオノーレ
ワケの分からん英語紛いの言葉を遣うな
ベアトリス
失礼、でもまあ、そういうのを可愛いと思うのが殿方というものですから
ベアトリス
結局うまいこと世は回るんですよ、いやぁ、私と中尉は、これじゃあ結婚できませんねぇ〜
エレオノーレ
、、、、、、、、
ベアトリス
で、なんでレーベンスボルンに行くんです?
問いに、溜息交じりで応じる上官
この部下は、基本として暖簾に腕押しだと骨身にしみているのだろう
それでも律儀に相手をするのは、そういう性格なのか意外に信頼しているのか
エレオノーレ
一人、知り合いがいてな、蛇の道は蛇だ
ベアトリス
へぇ〜
エレオノーレ
なんだ?
ベアトリス
いえ、つまり中尉は、お友達が先に結婚するので悔しいと、、、、うぎゃあっ
相変わらずの減らず口に鉄拳制裁
加減はしているのだろうが、二人の体格差を考慮すれば相当痛手だったはずである
涙目になっている部下を見下ろし、威嚇するような低声で告げる
エレオノーレ
下種の勘繰りだ、友人などではない
ベアトリス
そ、そうですよね、、、中尉と友達になれる人なんて、私くらいしか
エレオノーレ
抜かせ馬鹿者、、、貴様など庭で放し飼いにしている犬にすぎん、図に乗るな
ベアトリス
わんっ!
エレオノーレ
、、、、、、
ベアトリス
さあ、ほら早く行きましょう
髪省の上自を意に介さず、にこにこ笑って先導するように歩く少女
その背に何事か言いかけるが、結局再々度の溜息をもって決着となった
そして
エレオノーレ
入るぞ
エレオノーレ
久しぶりだなブレンナー、少し痩せたか?
入室するなり開口一番、旧知であるという相手に向けてそう告げる
応じるのは、こちらもまた対照的な、柔らかな微笑を湛えた女性だった
名はリザ・ブレンナー
彼女も恐怖劇の役者の1人である
リザ
あなたこそ、一段と険のある顔つきになったわね、エレオノーレ、、、、相変わらず、疲れる生き方をしているみたいだけど
リザ
ドイツ女子青年同盟、創立時からの幹部候補生様が、今さら私に何の用?
リザ
まさか同期のよしみで、婚約のお祝いに駆けつけてくれたわけでもないでしょ?
エレオノーレ
当然だ
ぞんざいに答えてエレオノーレは、手にした書類を卓上に放り投げて言葉を継いだ
エレオノーレ
貴様に聞きたいことがある、、、此度の一件、正確な場所は分かるか?
リザ
なぜ私に?
エレオノーレ
貴様らには横の繋がりがあるだろう?、未来の夫の行状を調べ上げ、共有し、捨てられぬように予防線を張り巡らす、女というのはそういった、狡すからい計算の生き物だ
リザ
あなただって女でしょうに
エレオノーレ
それについて議論するつもりはない、、、、知っているのか、知らないのか、協力するのか、しないのか
完全な詰問口調で、かつある種の敵意を隠しもしない
まるで私はおまえのことが嫌いだと、全身で言っているような態度だった
そんな応対に慣れているのか、女性は苦笑するだけだったが、随伴した部下の少女は間を取り成すようにおずおずと二人の間へ割って入る
ベアトリス
あのぉ、中尉、、、、いきなりそんな喧嘩腰じゃあ、通る話も通らないっていうか
リザ
あら、可愛らしいお嬢さんね?、あなたの部下なの?
エレオノーレ
いや、こいつは、、、
ベアトリス
はい!、私はベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン尉であります!
ベアトリス
このたびユーゲントを卒業し、ヴィッテンブルグ中尉の下に配属されました!、青春ど真ん中の戦乙女です!
エレオノーレ
、、、、、、
エレオノーレ
とりあえず、"コレ"のことは気にするな、、、ユーゲントの首席卒業生は少尉に任官するのが通例だが、この体たらくだからな、、程度も知れよう
リザ
首席?そう、優秀なのね、お嬢さん
ベアトリス
はいぃ、父上と母上も喜んでくれてるんですよぉ!
エレオノーレ
キルヒアイゼン?
ベアトリス
なんです?
エレオノーレ
黙れ
ベアトリス
了解
エレオノーレ
それでブレンナー、、、おい、貴様何を笑っている
侮辱されたと取ったのか、エレオノーレの語調は険を帯びたが、それをいなすようにリザは緩やかに手を振った
そして、まるで彼女を祝福するかのようにその笑みを深くする
リザ
うふふ、、いえ、ごめんなさい、あなたも何かと大変なようで、羨ましいわ
リザ
で、さっきの話だけど、確かに知っていると言えば知ってるわね
リザ
なぜならここ、どちらかと言えばお客は女性の方だから
エレオノーレ
?
リザ
分からないかしら、つまりー
説明をしかけたところで、傍らのベアトリスが大仰に騒ぎだした
ベアトリス
え?えぇっ?じゃあこれって要するにー
エレオノーレ
ああ、なるほど、合点がいった
エレオノーレ
ますますもって、ここは堕落婦女子の巣窟だな、まさかとは思うが、貴様、、、、
リザ
誤解しないで、ここには過去の過ちを悔いている子も多いのよ、私はただ、彼女達の悩みを聞いてあげているだけ
エレオノーレ
懺悔すれば許された気になる、、、、屑の駆け込み寺というわけか、ふんっ、お似合いだよブレンナー、貴様、男に捨てられたら尼僧にでもなればいい
リザ
ええ、考えておくわ、それでエレオノーレ、あなたはいったいどうするの?
リザ
レーベンスボルンを告発して、ゲットー送りにでも
する気かしら?
エレオノーレ
そうしてもいいが、より賢明な判断をしてやろう、貴様とて、ハナからそれを条件に、雌犬どもの罪を不問に付させよういう腹だろう
エレオノーレ
まあ、痛めつけても口を割るタマではないし、曲がりなりにも政府高官の婚約者だ、、腹立たしいが、丁重に扱うしかあるまい
リザ
そう、ありがとう、だったらー
エレオノーレ
案内しろ、今すぐにだ
リザ
ええ、分かったわ、聞いた話だと、今夜、そこにはゲシュタポが向かったらしいし
予想していたよりも深く速いリザの情報に、エレオノーレは顔をしかめながらも頷いてみせる
エレオノーレ
また面倒な、、、、だが、考えようによっては渡りに船か
ベアトリス
あのぉ、中尉?
エレオノーレ
なんだ?
ベアトリス
その、彼女も連れて行くんですか?危ないですよ
エレオノーレ
ああ、貴様はこいつがどういう奴か知らんからな、引っ張っていかんと平気で嘘を教えかねんのさ
エレオノーレ
ちょうどいい機会だキルヒアイゼン、貴様に人生の真理を教授してやる
ベアトリス
なんでしょう?
リザと、そしてベアトリスを順繰りに見回して、自分だけは違うと言わんばかりに胸を張りつつ、エレオノーレは断言した
エレオノーレ
女は信用するな、、、だ
続く