sao = Die Morgendammerung 1 (ディエ モルゲンデンメルング/黎明)
部下
なっ!、爆破したぞ!、何事だぁ!
部下
閣下!閣下ご無事ですかぁ!!
部下
おのれぇ!、何処の国か知らんがふざけた真似をォ!
部下
会場を封鎖しろォ!なにをしている、ぐずぐずするな!蟻の一匹たりとも外に出すなよ!
『1939年11月20日・・・大ドイツ帝国総統兼首相の演説中に起こった謎の爆破テロ事件、この全欧州を揺るがせた出来事が、"私"と"彼"をここに引き合わす事となる』
『有史以来、初の世界大戦に敗北したドイツ帝国、貧困と絶望に喘ぐこの国は、新たに出現した"カリスマ的指導者"によって不死鳥のごとく復活し、再び世界に覇を唱えんと、近隣諸国への侵攻を開始した』
『その幕が、今静かに上がろうとしているのである』
そして、これが全て(現実世界と仮想世界の悲劇)の始まりの物語である
ここは秘密国家警察ゲシュタポが所有する留置所
今、とある中将とその部下である大尉はある男が収監されている場所に向かっているのだ
部下
つまり、総統開下の暗殺自体は、、、、、無事と申しますか、当然のごとく未遂に終わり、事なきを得たわけですが、肝心の犯人を特定し、検挙することが遅々として進まず、それと申しますのも、、、、
ラインハルト(ハイドリヒ)
心当たりがありすぎて分からぬということだろう
ラインハルト
仕方あるまい、閣下を弑奉らんとする者など雲霞のごとくだ、、、、文字通り売るほどいよ
鉄格子の立ち並ぶ拘置所で、歯切れの悪い部下の言葉を現しながら打ち切った
要領を得ない、その意図も分かる
聞かずとも問題はないし、考えるまでもない問題は耳を傾ける労力すら惜しかったからだ
罪人を捕えるために用意された場所は、その実処刑待ちの養豚場に近い
領びた鉄と、仄かに混じる血臭、紛れもなくここは死の匂いに満ちている、当然だ、ここに囚われて生きたまま出られた者など全体の一割を下回る
我々(ゲシュタポ)に拘束されるとはそう言う事だ
罪科の有無など不要、余程の例がない限り、存在しない罪をかれて屍を晒すのみ
部下
、、、、は、確かに仰る通りなのでありますが、だからといって我々帝都の番兵たる者がいつまでも手をこまねいているなど恥にしかならず
ラインハルト
言い訳はよい、大尉
ラインハルト
それで、閣下の忠臣であり帝都の番兵である卿らは、"この奥にいる者"を捕らえたというわけだな
部下
左様であります、中将殿
だから、時折こういう措置が取られるのも、特に珍しいことではない
真犯人の不在における身代わりの羊
社会構造という車輪を回すために用意される、血液という油の詰まった潤滑油だ
ラインハルト
ふむ、まあそれは大儀だ、事の真偽はともかくとして、卿らの努力はあながち無為にも終わるまい
故に今、これからもその行いをするだけのこと
身も蓋もない言い方をするならば、目を付けられる方が悪いのだ
弱者は弱者の自衛がある、自らの無害さを常日頃から主張できなかった、"これから会う男の罪"は、言わばそのようなものだろう
顔を見てもいない男を無能だと胸中で誹った
部下
と、申されますと?
ラインハルト
名はなんと言ったかな?
その、哀れで間の抜けた男は、、、、
部下
"カール・エルンスト・クラフト"、、、、、、スイスのバーゼルに生まれ、現地の大学を卒業後、帝都に流れてきたというのが本人の証言であります。これにつきましては特に問題なく、偽証ではないとの確認も取れましたが、、、、、、
ラインハルト
なんだ?
そこで一度口ごもる部下に訝しむ
怯えからくる躊躇ではない、彼の目は、どこか呆れたような、、、、忌避にも似た感情を宿していた
まるで口にするのも避けたいと、そう思っているかのように
部下
その、、、、、なんと申しますかこの男、いささか奇矯な分野に傾倒しているようでありまして、実際噴飯ものではありますが、、、、、そう、巷間では彼とその技を指して、、、、、、
ラインハルト
占星術による未来予知、、、、、魔術師か
つまりは幼稚な詐欺師というわけだ、せいぜい人の不安や理解の隙間に付け入るのが、若干優れているだけの人種
部下
左様であります、もちろんそのようなマヤカシ、くだらぬ戯れ言にすぎぬと弁えておりますが、事実として総統閣下の危機をかの男が事前に言い当てていたということをみれば無視もできず、、、、
となれば、魔術によって未来を予知した、などとおめでたい思考に行き着くはずも無い
超常の技を使ったなど狂気の域だ。そんな言葉より、誰もが容易くじられる簡単な筋告きがある
ラインハルト
そのカール・クラフトとやらが閣下暗殺の手引き、ないし絵図を描いた張本人ではないかと当たりをつけた、、、か
真でも偽でもない、暖味な行動と立ち振る舞い
その男は守られる市民の"領域"を超えたのだ
愚かだと言う他ない、幽明のような佇まいからどういう目に遭うか、その痛みをこれから感じる羽目になる
ラインハルト
ご苦労、卿は優秀だ大尉、くだらぬ流言、迷信に惑わされず、現実的かつ文明的な判断能力を有している。総統閣下に代わり寿ごう、卿のような人材こそが帝国の宝だな
部下
ありがたくあります
ラインハルト
よろしい、では戻りたまえ、魔術師とやら、会うのは私一人で構わん
部下
は?、ですがそれは、、、、、
上官を一人残して狂言回しの相手を任せるわけにはいかない。体面の問題から去ることもできない部下へ、僅かに視線を向ける
黙らせるのには些細な威圧でいい、長年の経験でそう知っている
ラインハルト
何か問題があるかね、大尉、檻を隔てて向かい合い、いくつか取り調べをするだけのこと。しかも相手はただの詐欺師、せいぜいがテロリストというところだろう
ラインハルト
飢虎や餓狼、獅子の部屋に丸腰で入るというわけではない
そして、おそらくこの先にいる男はそれすら劣るだろう
くだらない茶番だ。ならばそのような些事に雁首揃えて押しかけるほどでもない
部下
、、、、、、
ラインハルト
分かったのならば戻りたまえ、心配は要らぬ
部下
了解いたしました、中将殿
ラインハルト
ああ、追って指示する、それまでしばし休むが良い
硬直から解け、遠ざかっていく部下の背中を無感動に見やる
真面目な男だと、それのみ感想に踵を返した
ラインハルト
、、、、では、さて
檻の向こうへ放置されている件を片付けるとしよう
粗悪な鉄の廊下を歩み、その奥へと進む
ほんの僅かな距離、ただ舗の浮く鉄を眺め、淡々とその男の元へ歩んでいく
目的の檻へは程なくして辿り着いた
落ち着きさえ感じさせながら、どこか人を食っている笑みを貼り付かせ、そこに"影法師"が座っていた
、、最初の印象は"枯れ木"、"蜃気楼"
不確かで、不鮮明。確かにそこにいるはずなのに、どこか別の場所から映像だけが投射されているかのような違和感を覚え、眉間に皺が寄った
薄い、この男は枯れ果てている
まるで総てをやり遂げてしまった老人、活力や希望が微塵も感じられない、黒く濁った瞳は瑪瑙のように確固としたまま、腐っている状態で固定されているかのよう
死んだ魚、いやそれとも違う
あえて言葉にするなら、陸に打ち上げられても生存してしまった"深海魚"か
もはや腐り落ちて消え果てたいのに、"それができない"
水の中へ帰りたいと願いながら、無為に跳ねるだけの生き物、ただ救いの時を他者に求めている、自分の嫌いな他力本願思考が凝縮し、固まったかのような存在だった
そして、だからこそ確信と共に断言できる
この男は違う、総統閣下を殺しなどしない、これは何も感じないからだ
やる価値を暗殺に見出せるはずがない、国家を転覆させたとしても無感動であるから、そもそもやろうと思いつきもしない
適当に口にした妄言がたまたま的を射たとするのが妥当だろう
このときすでに、頭の中で実行犯であるという選択肢は消えていた、枯れ木は何も望まない、ただ花の養分となることだけを望むのだから
ラインハルト
卿が噂の大逆者か、とてもそうは見えぬな、私は、、、、
カール(メルクリウス)
"ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ中将"、秘密国家警察、ゲシュタポ長官、大ドイツ帝国にその名も高き貴公子にして、裏では首切り役人とも渾名される黒太子殿
カール
お目にかかれて光栄だ、私は"カール・エルンスト・クラフト"、、、、、、、詐欺師でありせいぜいがテロリスト、魔術師などという胡乱な評価より、そちらのほうが近いと言えば近い
ラインハルト
なるほど
静かに、情めいたものを覗かせてこちらの言葉を遮られた、その事実に、内で下していた評価を僅かだが修正せざるを得ない
機先を制されたのは久しぶりだ。妄言を吐きそうな口ぶりではあるが、なるほど、痛覚はとことんまで鈍そうだ、人の悪意を如何ほどに浴びようと、これはその薄ら笑いを止めないだろう
ラインハルト
なかなか興味深い人物ではあるようだ、この国で私の前に引き出され、そのように笑える男などそういない
堂々としている、だがそれは、この場において何もならない
ラインハルト
それで卿、単刀直入に言うが、死にたいか?
ラインハルト
私の職務は、国家に害なす者どもを処罰することが本分だ、詐欺師でありテロリスト、、、、、、、などと自称する輩ならば、首切り役人という、卿に言わせれば胡乱な二つ名通りの真似をせねばならん
カール
ほう、つまりあなたは、その名を特に誇っていないと?
ラインハルト
さて、どうだかな、しかし職務に私情など持たず、挿まず、いやそもそも、そういった感情が十全に働かないからこそ、このような立場にあるとも言える
世がくすんで見える
熱中したことなどただの一度もない
だからこそ、"裁く"という行為において、これほど適合した精神はなかった
何者であろうと平等に、過不足なく、私情を一片も混ぜずに決を下すことができるのだから
ラインハルト
間おう、卿は我が本分の遂行対象になるような存在か?
眼光鋭く睨みつけるも、目の前の詐欺師は依然として茫洋としたまま笑っていた
カール
遺憾ながら、否定はできぬ身、ですが、、、
カール
総統閣下の弑虐、、、、、未遂に関与したか否かと申さば、是と言うわけにはいきませんな、私は何もしていない
ああ、それこそ、無駄な言葉だ
していない、やっていない、そのような言葉は聞き飽きていて、どのような対応を取るかも決まっている
ラインハルト
皆、最初はそう言う
カール
では、拷問でもしますかな?
ラインハルト
しても良いが、無為であろうな、その労力は
そう相手も分かっている、未だ余裕を保つ態度は見通している者のそれだ、真意を隠す意味すらない
ゆえにこちらは、方針を端的に述べるのみ
ラインハルト
私はな、どちらでもよいのだよ、事の真偽が是であれ、否であれ、人は死ぬべきときに死んでいく、他者から殺意を抱かれるに足る人生を歩んだ者が、日常において命を危うくするのは自明だろう
ラインハルト
今回の騒ぎが卿の手によるものかどうかなど、問題ではない、殺されやすい人間が殺されかけた、ただそれだけの、くだらん事実だ
カール
ならば私が、ここで何を言おうと意味などないとあなたは仰る
ラインハルト
言ったであろう?、非常に殺されやすい御仁なのだ、あのお方は
政敵、外敵は言うに及ばない、その存在そのものが、テロリストを生み出す最大の温床なのだ
死んでほしいと願うものなど国の単位で揃っている真実の有無など気にしていては、検挙など成り立つはずもない
ラインハルト
ゆえに、卿が無実の罪で処刑されたからといって、いわゆる真犯人というものを逃した危険、今後それにかかずらう手間などは大海の一滴だ、問題にもならん
ラインハルト
千の敵からたった一人を消せるか消せぬか、そんな些事に拘泥するほど私は暇でも酔狂でもない
ラインハルト
疑わしきは罰せ、、、、陳腐ですまぬが、このゲシュタポはそういう条理で成り立っている
よって、お前の命もただそれだけの価値に過ぎない
無情にもそう告げられた相手は、しかしこの期に及んでも恐れる仕草の一切がない
ただこちらの語り口を、声を、立ち振る舞いを、興味深そうに眺めている
値踏みか?、いや、それは違う
そう言うありきたりの目ではない、もっと別の、覗き込むようなものだ
あえて言うなら、研究者の視線が最も近い
顕微鏡を用い、肉眼では確認できない対象を事細かに観察する者の瞳、四六時中、化学兵器の研究を続けていた白服達を思い出す
この男は、まだ自分が死なぬとでも思っているのだろうか
余裕さえあるのか、今では苦笑を湛えつつ小首を傾げてすらいる
カール
なるほど、あなたは正しく噂どおりの御方らしい、、、、、、が、一つだけよろしいか?
ラインハルト
許そう、何かな?
カール
私をここから出して、何をさせようと考えている?
問い返された言葉に、一瞬だけ驚愕する、明らかに命を奪うと言っている相手に対して、穏当な発言と言えなかったが、問題はそこではない
ラインハルト
、、、、?、、、これはまた、異な事を言う男だな、卿は私の話を聞いていたか
カール
もちろん、無駄を厭うあなたが、真偽に関係なく処刑されるのみであった"詐欺師風情"のもとに訪れ、あまつさえ死にたいかなどと問いを投げる
カール
先ほどのお話を逆説的に考えれば、たとえ真犯人を釈放することになっても構わぬと、、、、、そう仰っていたように聞こえるが
カール
さて、これは私の読み違えなのですかな、"首切り役人殿"?
ラインハルト
、、、、、、、、、
黙したまま視線を交わす
なるほど
これは確かに"魔術師"だ、弁が立ち、頭の回転が速い詐欺師はそう呼ばれるに違いない
何を考えているか読ませず、こちらが含んでいる言葉だけを突いてくる
変人で異端者であろうが、無能というわけでは決してない
ラインハルト
っふ、、、、
ラインハルト
面白い、どうやら想像以上に切れるよだ
ラインハルト
いや、今のはこちらの程度が低かったというだけの話かな
ラインハルト
認めよう、卿の言う通りだ魔術師殿、ただあえて訂正するなら、私がどうこうしようと考えているのではない
言い放ち、持ち込んでいた書類を眼前へかざす。書かれているのは馬鹿馬鹿しい謀の一環で、高官による遊びの延長とも呼べるもの
ラインハルト
取引だ、ここで死ぬか、傀儡として命を繋か、、、、どちらもまぁ、結果的にはたいして変わらん
自由意志は消える、これを呑めば己の一挙手一投足、残らず他人の意が決定付けることになるのだから
カール
これは、、、、宜伝省、プロパガンダというやつですか
ラインハルト
宰相殿はこの手のことに抜け目がなくてな、掃いて捨てるほどいる敵の一人二人を特定するより、それほどまでに狙われている総統閣下が、今回生き残ったという事実のみを利用する気だ。つまり、卿の占術による預言でな
理解の及ばない範疇だと、言外に吐き捨てた
ラインハルト
諸世紀、"ノストラダムス"、どうやら帝都の御婦人方は、今こういったものに興味を示しているらしい、そして世論などというものは、煎じ詰めるところ女子供だ
ラインハルト
"我々は勝つ"、総統閣下は不死身である、先の大戦における敗北を払拭し、戦意を鼓舞するためにノストラダムスが必要だと、、、、まあ、掻い摘んで言えばそんなところだ
返答を待たずに牢を開けた
生か死か、どちらを選ぼうとも、ここから出なければどちらもできん
荒事に向かないのはその骨格が証明している、たとえ筋骨隆々な体であろうと、この状況で逃れることは不可能だ
容易く屈服できる、逃したことなど、今まで一度もない
ラインハルト
さて、どうするね魔術師殿、鍵は開けたし、枷もない、このまま檻から出ると言うなら死は免れるが、それは同時に意志を奪われ、軍の狗になるということ
ラインハルト
言ったように、私はどちらでも構わない、ここで殺してやったほうがあるいは慈悲とも考えたゆえ、公正を期して選択の場を与えたわけだが
どの口で言うのか、その公正な選択という言葉から最も外れた存在が、どの道であろうと、結局は屈服させるのに代わりがない
肉体の死か、精神の死か、どちらにせよ悪魔の選択と言える、そして淡々と自分はそれを成すのだろう
鬱屈している感情すら諦観で壊死している
何一つ胸を焦がすものもなく、ただ流れ作業のように感じながら、どちらを選ぶか待っていたところへ
カール
あなたは、、、、
カール
あなたはなぜそのような、"満たされぬ目"をしておられるのか
ラインハルト
なに、、、、?
返答は選択ではなく、更なる問い、純朴な子供が尋ねるかのように、魔術師は問うてきた
瞬間、掴まれたのは、"胸の内の何か"だったか
本質?澱み?分からないし知りえない、感じたこともないのだから、ただ鸚鵡返しに眉を顰めるだけだろう
その様を見て、カール・クラフトは大げさに嘆く
大仰に、演劇の役者にでもなったかの如く痛ましげに視線を伏せる
"なんということか"、などと言わんばかりの芝居がかった挙措
鼻につく仕草で、しかし心の底から感じているかのように、深海の瞳がこちらを見ていた
つづく




