龍と乙姫(企画0910リライト)
しいな ここみ 様 主催の「リライト企画」参加作品です。島猫。さまの作品『第二性(0910)』のリライトです。
このとき地球は侵略者の攻撃を受けていた。思えば攻撃の初まりは出生率の変容からだった。そして新生児の男女比がついに9:1になるという異常さに世界が戦慄する中で、女性を他国に奪われたくないために各国は次々と鎖国政策を打ち出していった。
国交を閉ざし孤立するのを待っていたかのように、侵略者は武力による直接攻撃を仕掛け国を次々と滅ぼしていった。戦力である男達が殺されていく中で皆は気付く。侵略者の蹂躙するだけでなく絶望を味わわせる卑劣な作戦に。国の未来を託す命が無いことに国主は歯噛みし血の涙を流したのだった……。
鎖国の状況は日本でも同じだった。学校も様変わりし不純異性交遊が起きないようにそれぞれを「隔離」するのは当然の成り行きであっただろう。
それに加えて日本は「番システム」の開発によりこの状況に一縷の望みを見いだそうとしていた……。
男子校のひとつ羅門防人高校、練武場の立ち合いでミクリヤの銅剣ががらんと床に転がる音が響いた。
「これで5本目だ。まだやるのかい? いいかげんに俺の番になったらどうなんだ」
タマオキがにやけた顔で新型の白銀剣を肩に担ぐ。その後ろでは取り巻き連中が笑っている。先日の検査で甲龍と判明ったタマオキに叶うはずがないと早々に下った一般生の丙侍どもだ。軍需産業を傘下に収めるタマオキ・コーポレーションのおこぼれで全員が高価な武器を手にしている。
「乙姫は甲龍を支える番になるために生まれるんだ。そういう常識が分からない訳じゃないだろう、ミクちゃん?」
「そんなふうに俺を女みたいに呼ぶんじゃねぇ! それに俺は丙侍だ!」
ミクリヤが銅剣を拾い再びタマオキに突進する。
やれやれと首を振ってミクリヤの銅剣をタマオキの白銀剣が造作も無くいなす。身体が流れたミクリヤをタマオキが追撃する。ミクリヤが咄嗟に【心盾】を銅剣に纏わせ受け止めようとするも、【心斬】を纏ったタマオキの剣が真っ二つにへし折った。
「てめぇ! 校内での【応心】は禁止だろうがよ」
「ミクちゃんが先に【心盾】を使ったんだからおあいこさ。だがこれで分かっただろう? 甲龍の番にならなければ乙姫の【応心】は丙侍以下だ。それともまだ玉無しに未練があるのか?」
この前の検査で甲龍と判明したもう一人の生徒がいた。それがタカナシだった。タカナシは「玉無し」と呼ばれタマオキのグループにずっと虐待を受けていた。そして本来秘匿されるべき検査結果もタマオキにバラされ「同じ学校に甲龍は二人いらない」と決闘を挑まれた。
決闘の前日、ミクリヤは自分が乙姫であることをタカナシに明かした。「俺が番になってやる。一泡吹かせてやれよ」と。
「ミクリヤが乙姫? そんな、僕は……ゴメン」
しかしタカナシは握ったミクリヤの手を振り払い、そのまま姿を消したのだった。
「そんなんじゃ無ぇよ……それに俺は丙侍だって言ってんだろ!」
「だったらそれを証明してもらおうか。おい!」
取り巻きが駆け寄ってミクリヤを押さえつける。タマオキがポケットから薬のアンプルを取り出す。
「こいつはウチの人気商品でね。丙侍を一時的に乙姫にする薬だ。感度のほうもね。もともとは戦場で甲龍が撤退するとき、殿に飲ませる薬だけどね」
「何だよ、それ? 【心盾】を強化して丙侍を肉の壁、捨て駒にするって事か?」
「戦争はきれい事じゃ済まないんだよ。だけどこれを乙姫に試したことはまだ無いんだ。どうなるか知りたくないかい?」
「ふざけんな! そんなこと……や、やめろ!」
タマオキがミクリヤの髪を掴む。脅しと分かっていても飲まされたらきっとまともじゃいられなくなる。それでなくても乙姫と知られれば一生タマオキや取り巻きの慰み者にされる。ならいっそここで死んだほうが……そう思って目をつぶったミクリヤに待ち望んだ声が届く。
『タマオキ、その手を放せ』
練武場の入口にタカナシが立っていた。その纏う【心威】に当てられ取り巻きの拘束が緩む。
「いまさら何をしに来たんだ、玉無しの負け犬が。だがその【心威】、前とは違うということか?」
タマオキの問いを無視してタカナシは自分の剣を抜く。それは金印紋を浮かび上がらせた黒い剣だった。
「何だその剣は……まさか征龍剣! それならばお前は【英霊降し】、黄龍だというのか? み、認められるか! どうせその剣もハッタリに決まってる! なら今度は間違いなく引導を渡してやる。おい、一斉にかかれ!」
まだ戦意を喪失していない取り巻きがタカナシに向かって走る。しかし剣を空中で振ると丙侍たちはタカナシに届く前にばたばたと倒れていく。
『僕らに第二性を与えてくれたのは英霊たちだ。そして英霊と同化したならそれを奪うことも容易い。だけどタマオキ、お前は駄目だ』
「な、何を言って……」
『勝手放題のお前ら一族をのさばらせていたら国が滅ぶ。だからこれは天誅と知るがいい』
「く、来るな! わが一族はずっと貢献してきたんだ! ちょっとぐらいいい目を見たっていいじゃないか、なぁ? それに俺は甲龍だぞ! いなくなったらどれだけ戦力の損失に……」
『それも会社の宣伝のための嘘だろう? 機械仕掛けの剣と薬で偽装したハリボテ甲龍のくせに。不正に協力したクズどもはとっくに粛正されているぞ』
「なっ! そそんな助けて、か金ならいくらでも出……がああああ!」
白銀剣を放り出して後ずさるタマオキだったが、タカナシに剣を向けられるとボールから空気が抜けるようにたちまち身体が萎んでいく。
『お前は丁鴉に落とす。鉱山行きか女宮下男か、刑罰は好きな方を選ぶといい』
『えっと……ミクリヤ、大丈夫?』
呆然と座るミクリヤの前にタカナシがしゃがみ込む。
「あ、ああ……でもタカナシ、お前これまで何やってたんだよ!」
『うん、あの時はごめん。でも思ったんだ。守られるんじゃなくてやっぱり甲龍の僕がミクを守らなくちゃって』
「呼び方ぁ! ……ってまあいいか。だからってお前、黄龍なんて無茶しやがって」
『それは修行のおまけみたいなものだよ。でも本当にミクは僕でいいの?』
「何を今更……だったら確かめてみろよ」
言いながらミクリヤがタカナシの手を導く。
『わ、こんなに? しかもすごく熱い……』
「言うな馬鹿! ……誰のせいだと思ってんだよ」
タカナシの視線にミクリヤが目を逸らす。
『な~んだ、だったら僕も遠慮しなくていいよね?』
今度はミクリヤの手をタカナシが取る。
「え? ナニコレ? コレのどこが玉無しなんだよ! 馬かお前は!」
タカナシをいじめて自分を甲龍だとタマオキが言った裏には、コレに劣等感を感じたせいもあるのではとミクリヤは直感で思った。
「しかしこんなのお前、凶器だよ凶器!」
『大丈夫だよ。前戯は丁寧にするから』
「ばっ、馬鹿! そういうこと言ってるんじゃ無ぇんだよ!」