第9話 本牧くんのウソつき!
「本牧くんはウソをつきました」
こちらにズンズンと近づいてきた白兎さんは、プリプリ怒りながら、開口一番に俺を非難してきた。
「え、ウソ?」
何のことだ? 割と本気で白兎さんの言っていることが解らない
「昼休みに、クラスのグループチャットを外されただけで、動きがないと言ってたじゃないですか!」
「だって、ただ呼び出されただけだし……」
「昼休みに、私のこと一人にしないって言ったのに、放課後にそそくさと出て行ったからおかしいと思ったんです」
ん?
後者はともかく、前者の私の事を1人にしないなんて言ったか?
あ、私の事を見張っておいてくださいって言ってたけど、あれか?
「何か、白兎さん微妙に俺が話してた事を捻じ曲げてない?」
「私のことはどうでもいいです! 後を尾けたら、本牧くんがあの人たちに囲まれてて私……」
どうすることも出来なかった自分にやりきれなさを感じているのか、白兎さんは目尻に涙をたたえながら制服のスカートをギュッと掴む。
ちょっと、強く掴み過ぎてスカートがたくし上げられてしまい、普段は晒されないであろう部分の太ももが露わになっていて、俺は慌てて目を逸らした。
「そういう関係じゃない……ねぇ~?」
「なんだよ明浩。っていうか、この状況どうすりゃいいの?」
目を逸らした先にいた明浩が、何も言わないが言いたいことは解ってるんだろと言わんばかりに、笑いをこらえている。
「別に~ ただ、俺は女心とかちっとも解んねぇから戦力にはならんな~ なんせ将棋指しだからな」
いや、女心に疎い云々は明浩個人の問題だろ。
将棋関係者全員に失言を謝罪しろ。
仕方ない。
先程は、あんなに頼りがいがあったのに、今はシジミほどの戦力にもならない明浩は放っておいて、俺は白兎さんに再び向かい合う。
「ゴメンね白兎さん。君に心配かけたくなくて」
「……もう無茶はしないでください」
「はい」
俯いて溜まった涙を落とした顔を上げた白兎さんから、ようやくお許しの言葉を頂戴する。
実際、ちょっと今回は出たとこ勝負に頼り過ぎていた。
俺の力だけじゃ、ここまで上手く相手方からの譲歩は引き出せなかった。
「お~い陽、そろそろ俺を白兎さんに紹介してくれるとありがたいんだけど」
「あ、そうだ忘れてた」
「楠君ですよね。先ほどはありがとうございました」
「こりゃ、ご丁寧にどうも」
白兎さんが腰を折り、丁寧に御礼を述べると、明浩もつられて頭を垂れる。
「なんだか、旦那の不手際を代わりに謝る妻みたいだな」
「「な、な⁉ 何言って!」」
「アハハ! 息もあっててピッタリじゃん。これからよろしくね」
即座に否定の言葉を口にしようと舌俺と白兎さんの声がもろ被りでシンクロしたことに気付いて、否定の言葉は尻切れトンボで終わり、思わず2人で顔を見合わせる。
白兎さんの頬や耳が、名字に似合わない赤に染まっているのを見ると、何だか俺も恥ずかしくなってしまう。きっと、俺の頬や耳も似たようなことになっているのだろう。
白兎さんも俺も、まるで合わせ鏡のように無言でモジモジすることしか出来ずにいるのを、明浩がニヤニヤして眺めていた。
◇◇◇◆◇◇◇
「おい、竜司。今回の対応、ぬるいんじゃねぇのか?」
三人がクラス内でシカトされることが、クラスグループチャットにて通達された翌日の朝。
クラス1軍のブレーン役たる、滝本竜司がいつものように登校すると、クラスのリーダーたる沼間一陽が、朝の挨拶もおざなりにして滝本に苛立ちを隠せないような口調で話しかけてくる。
「説明しただろ一陽。お前のセルフブランディングのためには、この件は深入りしない方が得策なんだ」
一陽の厳しい視線に、まるで動揺を見せずに滝本は通学カバンを自席の上に置く。
「……俺を、あの女が他の男とよろしくやってるのを眺めているだけの負け犬にするのか?」
ジトッとした目を向ける一陽のプレッシャーに対し、なお滝本は冷静だった。
「安心しろ一陽。約定は違わずに、あの3人を追い込むことはできる」
「何か策があんのか?」
「ああ。チャンスは割とすぐに来る」
滝本はメタルフレームのメガネのレンズ越しに、楽しそうに談笑する3人をチラリと見て、含み笑いをしつつ一陽を宥める。
「何だよ、もったいぶらずに教えろよ」
「それはな……」
周囲に聞こえないように、耳元でヒソヒソと話す滝本の内容を聞いて、一陽の顔はみるみるうちに、顔に喜色が帯びていく。
「いいな!それ」
喜色満面の顔で機嫌の直った一陽には、上位に立つ者としての余裕を取り戻した視線を陽たち3人に向けて、怪しく笑った。