第5話 学校サボって2人でテーマパーク
(ガタタンッ! ゴトトンッ!)
平日の昼過ぎで、まだ学生の下校時刻でもないので電車内は空いていて座ることが出来た。
まさか、こんな事になるなんて……
俺はチラリと横目で隣の席を盗み見た。
すぐ隣に、俺が学校をサボらせた白兎さんが、無感情な表情で車窓を眺めていた。
ホント、どうして俺の誘いに白兎さんは乗ってくれたのだろう?
自分で誘っておいてアレだが、まさか彼女が承諾するなんて思わなかった。
「学校サボるなんて初めてだな……」
「私もですよ」
俺がボソッと呟いた独り言に、白兎さんが反応する。
「あ、ここでは会話してくれるんだ」
「周りに学校の人もいないですからね」
学校を出て、学校の最寄り駅で電車を待っている間も無言だったから、気まずいなんてもんじゃなかった。
まぁ、白兎さんが俺と話さなかったのは、俺が白兎さんと喋っているのを周囲に見咎められて、俺まで集団シカトに巻き込まれないようにという白兎さんの配慮だというのは解っているんだけれども。
「じゃあ、白兎さんに早速聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……なんですか?」
解りやすく白兎さんが身構えたように座席に姿勢を正して座り直す。
「この便箋セットって、まだ家にある?」
「……はい?」
「いや~、20周年開園記念の便箋セットなんて俺、現物で初めて見たからさ」
「家にあった物を適当に使っただけなので、在庫があったかどうかまでは、ちょっと……」
予想とは違う質問を俺がしたためか、白兎さんは困惑した顔をしつつも答えてくれた。
「そっか~。でも、10年も経ってるのに凄く状態が良かったから、きっと大事に取っておいたんだね」
「……そうですね。10年経ちましたね」
ここで白兎さんは目を伏せながら、少し物悲しい顔をした。
なんだろう?
何故かはわからないが、この話はあまり拡げない方が良いなと、彼女の表情を見て悟った俺は、話題を変えることにした。
「昨日は一人でラビットマウンテンに来てたの?」
「ええ。母の会社でもらったチケットがあったので。母は、急に仕事が入って来れなかったですが」
「ああ、じゃあ最初から1人というわけじゃなかったんだね」
「正直、1人でテーマパークに行く楽しさは解りませんでした」
お? 今のは聞き捨てならないな。
「そんな事ないよ! ラビットマウンテンは、1人でもとても楽しい場所だよ」
「昨日は傘が壊れてずぶ濡れになって散々な目にあいましたが」
確かに、悪天候という不運はどうしても避けられない。
けど、それで「あ、やっぱり自分はラビットマウンテンに縁が無いんだな」と思ってしまうのは、あまりにも勿体ない。
「今日は晴れてる。そして、ラビットマウンテンに10年以上通う僕に任せて」
そう俺が決意表明すると、電車はちょうどラビットマウンテンの最寄り駅にもうすぐ到着するところであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ほら、ここ。ここから見てみて白兎さん」
俺は大きな身振りで、白兎さんを手招きした。
「ここも何気ないベンチなんだけど、座ってみて」
「はぁ……」
白兎さんは俺の言われるがままに、俺が指さしたベンチに座る。
「座って、湖方向を見てみて。何か気付かない?」
「あ、よく見ると木の枝に銅製のリスがいますね」
「そう! これは、映画ナッツナッツワンダーランドで、主人公が相棒リスのナッツに出会うシーンの再現なんだ」
「あ~、ナッツナッツワンダーランドは子供の頃に映画を観たことがあります」
ラビットマウンテンは、アトラクションだけではない。
こういった、何気ないスポットに、マニア心をくすぐる仕掛けを仕込んでくれているのだ。
まぁ、中々に高額なチケットを買ってこういう楽しみ方をするのは難しい。
こういう楽しみ方は、年間パスポート持ちの中級者以上でしか出来ないだろう。
なお、今日の入園は俺のキャストパスの同伴システムを利用しているので、白兎さんも無料で入園できている。
「どう? こういう隠し要素を探すのも醍醐味だから、1人でも楽しめるんだよ」
「本牧君は普段は1人でこういうことをやっているんですか? 私が言うのもあれなんですが、あの……本牧君も友達がいないのですか?」
「い、いるよ!失礼な! けど、ここまでディープな話になると、話に付いてこれるのが同好の士でも限られてきて……」
家族も、小さい頃は一緒に楽しんでくれてたんだけど、俺ののめり込みように、最近は匙を投げている状態だ。
「そうすると、特段ラビットマウンテンが好きという訳でもない私では、まだ解らない境地ですね」
「そうか……」
ラビットマウンテン初心者を沼に引きずり込むのは失敗か……
つい、興奮してニッチな所から攻め過ぎただろうかと、反省する。
「けど」
「けど?」
「本牧君が本当に心の底からラビットマウンテンが大好きなんだという事は、横で見ていてすぐに解りました」
ふんわりと笑う白兎さんの笑顔に、俺は少し胸の中をザワつかされた。
「そ、そう……ありがとう」
胸のザワつきを悟られまいと、俺は慌てて顔を背ける。
「そういえば、平日の昼間に学校の制服だと目立つかと思いましたが、案外、園内は制服の子もいますね」
「ああ。平日は地方から修学旅行で中高生が来るんだよ」
「じゃあ、学校をサボりたい時には、また白兎君にお願いしましょうかね」
「アハハ! そうだね」
冗談めかしたように言う白兎さんが、少し砕けた態度で接してくれたのが嬉しくて、俺はつい承諾の即答をしていた。
ちょっと自分でもびっくりしたが、自然と出た言葉だった。
「え?」
俺の即答が意外だったのか、白兎さんが聞き返した。
「キャストの同行者無料パスって、キャスト本人と一緒じゃなきゃダメだからね。だから、またサボりたくなったら俺に声かけてね」
「私なんかと一緒なのに……」
白兎さんが独り言のように呟く。
彼女が言う、「私なんかと」は、学校で厄介な立場にいる自分と一緒になんてという意味であろう。
というか、客観的に見たら白兎さんはとても綺麗な女の子で、こんな綺麗な女の子とラビットマウンテンを制服デートするなんて、男子にとっては夢でしかないだろう。
「俺は楽しかったよ。初めて学校サボってラビットマウンテンで白兎さんと遊んだ、この日を多分俺は忘れない」
俺は、白兎さんの目を真っすぐに見つめた。
彼女の目は、心なしか少し潤んでいるように見えた。
「それは私もです。あの……本牧君。良ければなんですが私と……」
「ああ~! いた~!」
白兎さんが何か言いかけた所で、声量のある声にインターセプトされる。
「げっ! 有希さん⁉」
そこには、ラビフェスのダンスのお姉さんのウェアの上にスタッフジャンパーを羽織った有希さんが、息を切らせながら立っていた。
「え、ええと、これはですね!」
俺は、まるでサボりの現場を学校の教師に抑えられたかのように、慌ててド平日のラビットマウンテンにいる言い訳をすべく頭をフル回転させた。
だが悲しいかな、明らかに学校をサボっていないと成立しない状況なので、どうあがいても有希さんのお叱りを受けるのは確実だった。
おまけに横には、同じく制服の女の子。
女の子の方も学校をサボらせたのかと、二重の意味で有希お姉さんから雷が落ちるのは確実である。
「陽君、すぐに来て!」
ろくな弁解が思いつかず青くなっている俺を尻目に、有希お姉さんは俺の手を引っ張って駆け出した。
「え⁉ ちょ、何?」
訳も分からず連行される俺の後ろを、白兎さんはあっけにとられた顔で見送っていた。