第36話 今日は晴れてる
(ピピピッ♪ ピピピッ♪)
「んぁ……もう起きる時間か」
さっきベッドに入ったと思ったら、即朝になったという感覚だ。
俺は寝不足の想い身体を腕に力を込めて、強引に起き上がらせる。
「ふわぁー――」
間延びした大きな欠伸をしながら、身体を大きく伸ばす。
昨夜は随分遅くまで起きて、今日のシミュレーションをしてしまった。
基幹の部分に関しては、実はかなり前から夢見ていたのでそんなに時間がかからないかと思ったが、最新のラビットマウンテンの状況に落とし込むと細部については修正が必要だったのだ。
今日は、前々から約束していた白兎さんと2人でのラビットマウンテンデートの日だ。
いや、前に学校をサボってラビットマウンテンで一緒に遊んだこともあるが、あれは半日も遊んでないからな。
けど、今日は1日一緒に遊べる。
そう思うと、ワクワクが眠気を上回る。
「よし! 気合入れていくぞ!」
そう言って、俺は部屋のカーテンを開ける。
だが、外はまだ陽が昇っていなかった。
「秋になったな……そりゃ朝の5時だもんな。っと、そんなに余裕のある起床時間じゃないから早く支度しないと」
俺は慌てて、身支度を整えるために洗面所へ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「おはよう白兎さん」
ようやく空が明るくなり始めて、早朝の有明の白い月下の駅前モニュメントの前に佇んでいる白兎さんに朝の挨拶をしながら声を掛ける。
「おはようございます本牧くん」
白兎さんは、ブラウンのチェック柄のニットのトップスに、灰色のプリーツニットスカートに白のニーソックスという可愛らしい服装だった。
「うん。秋って感じで可愛い格好だね。白兎さんに似合ってる」
「あ、ありがとうございます。白いニーソックスって、意外とコーディネートを合わせるのが難しくて色々と悩んじゃいました」
照れくさそうにしながら、白兎さんが、その名を表す通りの純白なニーソックスの淵を摘まんで見せる。
「え? なんで、そんな苦労をしてまで白のニーソックスを?」
「喜多さんに相談したら、男の人はニーソックス大好きだからって」
喜多さん何だよそのアドバイスは!
いや、好きだから良いけどね! 俺も。白のニーソックスは。
むしろ、ありがとうだよ喜多さん。
「うん、白兎さんに似合ってるよ。秋の落ち着いた色の上下と違って、目が覚めるみたいな白だ」
「気に入ってもらえたなら何よりです。あんまり、こういう格好ってしたことないので、ちょっとドキドキします」
白兎さんは、少し照れながら、短めのスカートとニーソックスの間の太ももの肌の部分に手をかざして恥ずかしがる。
「今日は結構歩くから、動きやすい恰好をしてきてねって言ってたから、てっきりダンスの時みたいな恰好で来ると思ってたんだけど」
いや、ミニスカートも動きやすいし、ニーソックスもニット製で防寒性は高いから問題は無いんだけど。
「それは乙女的にノーです。せっかくの晴れの日には、女の子は目いっぱいお洒落をしたいものなんです」
「今日は、この間みたいな雨じゃなくよく晴れたもんね」
「そういう意味の晴れの日ではないのですが……まぁ、いいです。じゃあ、行きましょうか本牧くん」
「うん」
つい待ち合わせ場所で立ち話をしてしまったが、こんな早朝に待ち合わせたのは、ラビットマウンテンの開園前にゲートの入場列に並びたかったからだ。
「わざわざ私の自宅の最寄り駅まで来てくれてありがとうございます。けど、ラビットマウンテンへは逆方向なんですから、ラビットマウンテンでの最寄り駅で待ち合わせでも良かったじゃないですか」
不思議そうに白兎さんが俺の方を覗き込む。
「う~ん、あそこの駅は混雑してるしね。それに、ラビットマウンテンに行く電車の中でも白兎さんと並んでおしゃべりしたかったし」
「……そういう、女の子が喜ぶ事をサラッと言うの、ホント本牧くんはズルいです。それも、ラビットマウンテンのキャスト精神からですか?」
もうっ! と腕を組んで怒って見せつつ、白兎さんが俺に疑惑を差し向ける。
「いや、本当にただ俺が白兎さんと長く一緒にいたかっただけ」
「んんぅ……もうっ! 早く行きますよ!」
状況は不利と思ったのか、白兎さんはそのままプイッと顔を背けて駅の改札口へ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「それでは入場を開始しま~す。皆様、園内では走らないようにお願いしま~す」
俺達がラビットマウンテンの入場門に到着して間もなく、キャストがゲートを開場する。
ちゃんと注意はしているが、やはりチケット処理で入場すると、皆お目当てのアトラクションに向かって小走りで向かって行く。
「てっきり朝一から走るのかと思ったんですが」
「そんな事しないよ。今日はゆったりと園内を回ろう」
もちろん、どれだけ効率的にアトラクションを回り切れるかという挑戦も楽しいんだけどね。
「意外ですね」
「別に、また白兎さんと一緒に来るだろうし良いじゃない」
「はぐぅ!」
「大丈夫⁉ 白兎さん」
突然胸を抑えてふらついた白兎さんに駆け寄り、その身体を支える。
「大丈夫です……寝不足で少しふらついただけです。けど、少し不安もあるので、今日はエスコートをお願いします」
そう言って、白兎さんは俺の左腕にするりと自分の腕を絡めた。
「お⁉」
「また倒れたり、迷子になっちゃうといけないですし……ね?」
ちょっと驚いた俺に、さも「当然ですよね」という顔で白兎さんが、勢いで誤魔化しつつ俺の腕にしがみつく。
「そ、そうだね。まずはショップを先に見ようか」
俺も、別に白兎さんと腕を組むのが嫌な訳もないので、白兎さんの主張に深く切り込んだりはせずに流す。
「もうお土産を買うんですか?」
「正面ゲートのすぐ手前にショップのメインストリートがあるから、先に見ておいて、各エリアやアトラクションのショップにしかない物は、逃さずその場でゲットするためだね」
「なるほど。でも、どのお土産がメインストリートのショップにあったかなんて、一回見ただけじゃ把握できませんよ?」
「大丈夫。グッズの取り扱いについては俺の頭に入ってるから」
「ふふっ 本牧くんは本当にラビットマウンテンのファンなんですね。直ぐにでもショップのキャストも出来そうです」
「こんなのが欲しいと言ってくれれば、生成AIばりに直ぐに答えを返すよ」
俺AIは、ラビットマウンテンに関する事であれば、どんな複雑なキーワードの条件を立てられても、最善の回答を返しますよ。
「じゃあ、まずは行きたいショップがあるんです」
「そうなんだ。何の?」
「ステーショナリーショップです」
「それならメインストリートの角を一つ曲がった所にあるね」
「さすがの即答ですね。では、そこが最初の目的地ですね。じゃあ、エスコートお願いします」
そう言って、白兎さんは俺の顔を下から覗き込むようにして笑ってみせた。




