第35話 自己プロデュースとは
「その目、どうしたの?」
俺は、まずは一番気になっていることを聞いた。
「元々、視力はそこまで弱くないんだよ。今度からは授業の時だけにメガネをかけるようにする」
滝本君が裸眼なのだ。
いや、先日の沼間との屋上でのいざこざでメガネが壊れたのは知ってるけど、
「何それ? メガネじゃない方がモテるとか思ってるの?」
「俺はどちらかというとメガネ姿の方がらしいと自分では思ってるんだがな。喜多さんも、メガネじゃない方が可愛いかったな」
俺の少々嫌味ったらしい返しに、滝本君はまるで気に障ったという様子も無く、事も無げに返す。
「彼女は清武君という素敵彼氏がいるから無理だよ」
「ああ、あの2人はやっぱり付き合うことになったのか。クラス内カップルとはめでたい」
放課後の生徒指導室での事情聴取が終わったところで、廊下に待ち構えていた滝本君に誘われて、俺たちは屋上でサシで話をしていた。
滝本君には、色々と聞きたいことが多すぎる。
「それもセルフプロデュースって奴かい?」
「そうだ」
メタルフレームのメガネのない滝本君は、メガネのある時より、少しだけ幼く見える。
「沼間にもそう言って、上手く操縦してたって訳ね」
「アイツが愚かだったのは、セルフプロデュースなのに、それを他人の俺に頼ったことだ。だから、いざという時に自分自身で判断できないし、判断を誤る」
そう言って、滝本君は手に持ったパックの紅茶のストローを口に咥える。
それを見た俺も、なんとなくそれに倣って、手元の紙パックのコーヒー牛乳を飲む。
「それで、白兎さんをシカトするように仕向けたのも君だろ? 何でそんなことした?」
「あれが、あの時に彼女を護れる最適解だった。色に狂ったアイツは何をするか解らなかったしな。もっともらしい理由をつけてアイツを納得させるには、あのアイデアしかなかった」
「さっきから、沼間の事をアイツって呼ぶよね……なんで?」
前は、一陽と下の名前で呼び合っていたのに。
「俺、アイツ嫌いなんだよね。いや、正確に言うとああいうヤンキー崩れみたいなのがな。俺ってさ、中学でも学級委員とかやらされてて、ヤンキーを宥めたりご機嫌取ったりとか、クソ面倒だったわ」
嘲るような物言いで、滝本君は吐き捨てるようにこぼした。
捉えどころのない男だか、ここだけは滝本君の偽らざる本音が乗っている感じがした。
滝本君はそのまま話を続ける。
「うちって、一応進学校だろ? アイツは本物のヤンキーのいない場所でしか王様になれない半端者だ」
「え? でも、沼間は中学の時にはケンカとか暴力事件で問題になってたって」
「アイツもすぐキレて手が出るタイプではあったみたいだが、中学の他の本格派ヤンキーに目をつけられてピーピー泣かされてたらしい。アイツの出身中学は荒れてたから、暴力沙汰なんて珍しくなかったのさ」
「そうだったのか……」
「当該中学校の悪名は知れ渡ってたしな。それを背景に、高校ではホラ吹きつつ、今の地位を築いたのさ。滑稽だよな~ ヤンキーの癖に、同じ中学の本格派ヤンキーと一緒の高校には行きたくなくて、必死こいて受験勉強して進学校のこの高校に来たんだぜアイツ」
「…………」
滝本君は笑っているが、俺はとても一緒に笑う気にはならなかった。
沼間もまた、傷を負いながらここに辿り着いたのか。
奴にとっては、ここは荒れ狂う海を死ぬ思いで泳ぎ切って、やっとたどり着いた桃源郷だったのかもしれないと思うと、ちょっと物悲しい気分になった。
まぁ、結局は自分の暴君な振る舞いでそれを失ったわけだが。
せっかく周囲の環境が変わったのなら、もっとまともで平和な過ごし方だってあっただろうに。
「相変わらずお人よしだな。アイツに同情か?」
「別に同情はしてないよ。白兎さんにした仕打ちを思ったら許せない。君のこともね」
こちらの心中を見透かしたような滝本君に、俺は敵意の視線を向ける。
明浩の言っていた裏ボスというのが、今回のことでよく解った。
「代わりに、アイツのヘイトは俺が一身に背負う事になったんだから、それでケジメとさせてくれ」
「最後に聞きたいんだけど、沼間に周りの不満が集まるように仕向けたのは、君が意図的にやったことなの?」
「いつか周りから不満が噴出するのは解り切ってた。俺の見立てでは、もっと時間がかかるはずだったんだが、イレギュラーがいたおかげで早く片付いたよ」
イレギュラーの下りで、俺のことを指さしながら滝本君は笑った。
「それは迷惑かけたね」
「人って、中々計画どおりには動いてくれないもんだな」
俺の皮肉に、皮肉と解った上で、偽悪的に滝本君が返す。
これもまた、彼の言うセルフプロデュースなのだろうか?
「君はなんでそんな……」
「っと、遅くなっちまった。悪いな引き留めて。じゃあ、白兎さんにはお前の方から滝本が謝ってたって言っておいてくれ。心配しなくても、クラスではこっちから無闇に話しかけたりしないから。そんじゃな」
飲み干した紅茶のパックを握りつぶすと、滝本君は踵を返して屋上の出口へ向かった。
俺が問いかけようとしたことを察したのか、滝本君は話を打ち切り、足早に去って行った。




