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第33話 下の名前で呼んでください

「朝からここに来るのは初めてだね」

「そうですね」


 白兎さんと俺は、いつもの旧校舎の屋上で空を仰ぎ見ていた。


「昨日は寝れた?」

「それが……Bチームの皆とのグループチャットが楽しくて夜更かししちゃいました。少し眠いです」


「アハハッ!」


 昨日から、文化祭終わりにBチームのグループチャットに白兎さんと俺、明浩も招待されたのだ。


 皆、文化祭を何とか乗り切れた興奮からなのか、中々寝付けなかったようで深夜までグループチャットは賑わっていた。


 俺達への集団無視の命令が1軍ボスの沼間から出ているにもかかわらず、こうして大っぴらに関わってくれる皆の覚悟や心意気が何より嬉しかった。



「それにしても、昨日の今日で連絡がくるとはね……」

「そうですね。滝本君の方から、接触してくるとは思いませんでした。けど、何なんでしょうね? 朝は教室内に居ないようにしてくれって」


「まぁ、何となく予想はつくけどね」


 実は、滝本君からは個別に俺にメッセージが来ていたのだがそのことは伏せておく。


 しかし滝本君の思い描いた通りになっているならば、1年4組という世界は今日で大きく潮目が変わることになる。


「予想ですか?」

「お声が掛かった、今ここにいるメンツを見ればね」


 俺がチラッと目の前にいる2人に視線を送りながら話す。


「すいません白兎さん、本牧くん。ご一緒させていただいて」

「2人の秘密の場所にお邪魔させてもらって悪かったね」


 この場には、俺と白兎さん以外に、喜多さんと清武君カップルがいるのだ。


「別に、ここは俺たち専用の場所って訳じゃないよ」


「じゃあ、今後は僕らもちょくちょく使わせてもらおうか菫」

「うん。真直と2人きりになれる場所が学内にあるといいなって私も思ってたんだ」


「2人きりになって何する?」

「え~、真直は私と何したいの~?」


 付き合いたてホヤホヤの清武君と喜多さんのカップルが眩しい。

 俺と白兎さんがいるのに、すぐにイチャコラしだしやがって……


 っていうか、2人にとっては沼間に暴力を振るわれた現場でもあるのだが、その辺の心理的な忌避感とかは無いのだろうか?


 まぁ、この2人も色々と劇的なイベントがあったばかりだから、燃え上がっちゃうのも無理はないのかもな。


 清武君は、まだ鼻のギプスが取れてないし、ここは大目に見てやろう。


 ちなみに今日、明浩はお休みだ。

 前々日の三段リーグの疲れが抜けてないためらしいが、目の前で、惚れた女子が他の男子とイチャコラしてる様子を見せつけられたら、間違いなく明浩は脳破壊されるため、今日ばかりはゆっくり休んで欲しい。


「なんか凄いね、白兎さん」


 目の前のバカップル2人のイチャイチャに苦笑しながら隣にいる白兎さんに話を振ると、白兎さんは、文字通り指を咥えて、清武君と喜多さんの様子を眺めていた。


『いいな~』と羨ましく思っているのが丸わかりだった。


「そう言えば、白兎さん」

「……ふぇ⁉ はい! 何でしょう」


 ボーっとした顔をしていた自覚があったのか、慌てて居ずまいを正して、少し頬を赤らめた白兎さんが俺の方を向く。


「昨日の事なんだけどさ……」

「昨日の……」


 すでに2人の世界に浸っていて、こっちの話なんて聞こえちゃいないとは思うが、一応目の前に清武君と喜多さんがいるのでボカシて伝える。


 ただ、白兎さんが俺が歯切れの悪い中途半端な感じで聞いて来たので、すぐに俺が何について話したいのか察しがついたようだ。


 白兎さんの顔が、耳が、一気に朱に染まる。


 昨日文化祭で、白兎さんが俺の耳元で囁いた言葉を思い出したのだろう。


「あ、あれは……! その……」

「明日のラビットマウンテンへ遊びに行く時に、俺から返事をするから」


 慌てふためく白兎さんに、俺は被せるように、返事をする旨を伝える。


 彼女から、あれは冗談や文化祭テンションによる戯言の類だという言い訳が出るのを、封じるために。


「え……お返事……くれるんですか?」


「うん。だから明日ね」


 信じられないという風に、大きな目を見開き

 俺も照れ臭くなって、視線をさ迷わせる。


「本牧くん……私を今晩も寝かせないつもりですか?」

「なんか、卑猥な意味に聞こえるよ白兎さん」


「だって……こんなんじゃ生殺しです本牧くん! 今、この場で言ってください!」


 俺のツッコミに構わず、白兎さんが俺のシャツの袖を掴んで追いすがる。



「いや、だから明日……」

「無理です! 本牧くんは私を2晩連続で寝かせないつもりですか⁉」


 涙目で上目遣いで哀願してくる白兎さんは、いつになく強情だった。


「だから白兎さん言い方!」


「え、寝不足って、もしかしてそういう……」

「2人って、今はまだ正式には付き合ってない感じなのかと思ってたけど、実は行くとこまで行っちゃってるのか……私たちも負けてられない」


 清武君と喜多さんがいつのまにか、2人だけの世界から帰還していて、俺達の方を見ていた。


 ほら、バカップル2人が誤解した。

 というか、誤った解釈をしてこのバカップルのタガが外れたらヤバい!


「昨日は、Bチームのグループチャットで遅くまでおしゃべりしてたんでしょ?」


 慌てて俺は、白兎さんとの間にそんないかがわしいことは無いと否定する。


 だが、これが、話をあらぬ方向へ進ませてしまう。


「あ、グループチャットと言えば思い出しました。本牧くん、ちょっとそこに座ってください」


「ん? なに?」


 バタバタしていた白兎さんが、突然、スンッ! と落ち着いてラビットマウンテンのレジャーシートへ座るよう、俺を促す。


 白兎さんの突然の態度の変化に訝しく思うも、とりあえず白兎さんの気分が変わってくれたので良しとして、俺は大人しく言われた通り座る。


 なぜか、白兎さんは立ったままで俺を見下ろす体勢だ。


 ちょっと冷たい表情は、ラビットマウンテンで出会った時の、人を信じない目をしていた白兎さんを思い出させる。


「本牧くん。昨日、ダンスのステージの本番直前に大層綺麗なお姉さんたち2人が激励に来たそうですね」



 …………。



 なるほど……




 俺が座らされているのはラビットマウンテンの可愛いレジャーシートだけど、その内実は、罪人が奉行所で大岡越前に裁かれる際に座らされるゴザという訳か。


「誰からその情報を?」


「Sugarチームの男子の人たちからの情報提供です。それも複数から」


 あいつら~~~‼


 違うって言ったのに、白兎さんにチクりやがって!

 せめて伝えるなら、ちゃんと正確に伝えろよ!


「だから、あれはラビフェスのダンスのお姉さんだよ! 俺にとっては、ただの同僚なんだって!」


 俺は必死に弁解するが、


「ただの同僚が、平日の高校の文化祭に来ますか?」


 あ~もう! この間の、Bチームに説明した時と一緒の流れでドツボにはまった!

 ホント、何で来たんだよ、有希お姉さんも芽依お姉さんも!


「芽依さんは、俺が文化祭でダンスするって知って冷やかし目的で来て、有希さんは従妹がこの学校にいるから遊びに来たって言ってたよ」


 そう言えば、有希お姉さんの従妹って誰なんだろう?

 有希さんの苗字はたしか……


「また下の名前呼び……私の事は紫野って呼んでくれないのに……」


 ギリリッ! と白兎さんが奥歯を噛み締めた音がこちらまで聴こえてくる。

 やべっ! 白兎さんの地雷踏んだ!


「え、白兎さん可哀想……下の名前呼びくらい許してあげればいいのに……」

「本牧君。流石にそれはヘタレすぎるよ。折角、女の子が勇気を出してくれたのに」


 うっさい! 外野バカップル。

 お前らは黙っとけ!


「だから、それは~」


 もう、色んな所に炎が飛び火して、自分が何についての釈明に追われているのか最早解らなくなりつつあった時に、その招かれざる客は唐突に現れた。



(ガラッ!)



 屋上の入口の重たいドアが開く音と共に、息を切らした沼間が屋上に出てきた。


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