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第31話 文化祭きっかけで付き合う。あると思います

「おーい、陽。起きてんのか? お前は」

「ああ、明浩……すまん」


 明浩に肩を貸してもらって、俺はようやく再起動し始めた頭を振って意識を覚醒させようとする。


「そんなに、白兎さんの柔肌は刺激的だったのかよ?」


「いや……その……な……」


 何とも歯切れの悪い返しだが、今の俺にはこれが精一杯だった。


 だってさ……無理だろこんなの。

 平常心で何ていられるかよ!


 俺は無意識に左手で右耳に触れる。


 先程、白兎さんに耳元で囁かれた言葉は……そういう意味なんだよな?


 俺は、チラリと白兎さんの方を見やると、バッチリと白兎さんと目が合う。

 どうやら、白兎さんも俺の方を見ていたようだ。


 俺と目が合うと、白兎さんは途端に顔を紅潮させて凄い勢いで、俺から顔を背けた。


 え……何これ?


 これはどう解釈すればいいの?


 マジで解らん!


「ほら着いたぞ陽」

「着いたってどこに?」


「保健室だよ。お前、さっきから大丈夫か? 篠田先輩の話聞いてなかったのかよ」

「わ、わりぃ。あ! 保健室ってことは」


「そっ、彼女への凱旋報告だ」


 そう言って、明浩はガラッと保健室の引き戸を開けた。


 保健室は他の利用者もいないためか、窓際に置かれたベッドは、カーテンの間仕切りもされておらず、目的の相手の姿が目に入って来た。


「みんな……」


 静かだった保健室にドヤドヤと入って来たBチームの面々の騒々しさに、頭から毛布を被って窓の外をボンヤリと眺めていた少女が顔を上げてこちらを見る。


 すると途端に、顔をクシャリと歪めた。


「みんなゴメンなさ……私……センターなのに……」


 泣きじゃくりながら、悲痛な様子でステージに上がれなかった事について謝罪の言葉を口にする喜多さんだが、謝罪されている百花繚乱のメンバーは


「大丈夫だよすみれ。ほら、白兎さんが見事にセンターの代役を務めてくれたから」


 喜多さんの涙には動じずに、あっけらかんとした様子で答えた。

 こうやって、最初に喜多さんが責任感の高さから泣いてしまう事は織り込み済みだったのだろう。


「そ、そうですよ。ステージは無事に終わりました喜多さん」


 俺と同じく、保健室に着いた所でようやく再起動が完了した白兎さんが前に出て、喜多さんに報告をする。


「あの教習動画を踊ってくれた白兎さんだよ? バッチリだったよ。楠くん、ステージの動画を菫に見せてあげて」

「お、おう」


 百花繚乱メンバーの女子から依頼されて、何故かドギマギしながら明浩は喜多さんの座っているベッドに近づき、ムービーカメラで百花繚乱の動画ファイルを再生させる。


 ムービーカメラのディスプレイは小さいので、必然、喜多さんがムービーカメラを持って操作する明浩との距離が近くなる。


 明浩はポーカーフェイスのつもりだろうが、耳が赤くなっているのを、付き合いの長い俺は見落とさなかった。


 まぁ、ここは武士の情けで今は指摘しないでおいてやろう。


「皆すごい……白兎さんも完璧に私たちのダンスに合わせてくれてる……本当に本番成功させたんだ。良かった……本当に良かった……」


「おっと!」


 肩から力が抜けてヘナヘナとベッドの上にへたり込みそうになった喜多さんを、隣にいた明浩が支える。


「それでSugarの方は……」


「そっちは陽……本牧が代役に立ったよ」

「そっか……清武くん大丈夫かな……」


 明浩が喜多さんの問いかけに答えるが、喜多さんは浮かない顔だ。


 やはり目の前で清武君がケガを負うのを見てしまったので、そちらの方は代役で何とかしのげた事を手放しで喜ぶ気にはならないのだろう。


「折角だから、もう1回みんなで観よう! 楠くん、そのムービーカメラの動画、このテレビで大きく観れないかな?」


「おう、映像出力ケーブルがあるからできるぞ」


「先生、いいですか?」

「まぁ今日は文化祭だから特別よ」



「「「「やった~!」」」」



 保健医の先生は、苦笑いしつつもテレビの使用を許可してくれた。

 喜多さんの精神回復のためにも、その方が良いと思ってくれたのだろう。


 俺達が保健室ではしゃいでいるのも、他の利用者もいない事もあって目をつぶってくれていた。


 それにしても明浩のやろう、そういうアイテムがあるなら、最初から使えば良かったのに。


 さてはアイツ、喜多さんとくっついていたかったから、あえて自分からは言い出さなかったな。


「何か言いたそうな顔だな陽」


 テレビへムービーカメラを繋いで戻って来た明浩が、ニヤニヤしている俺に話しかけてくる。

 自分から言ってくるって事は、自覚があるんだな。


「別に~ 俺たちも観ようぜ」


 ニヤニヤしながら、俺はテレビモニターの方へ視線を移す。


「やっぱり白兎さんがセンターだと映えるね」

「髪色違うからね。中央にいてくれると凄く締まって見えるね」


 動画を観ながら、喜多さんを含めた皆が、口々に白兎さんを褒める。


「そんな……私は代役ですから。皆さんのリハーサルをこっそり観た時の方が私は感動しました」

「あれ観てくれてたんだ」


 すっかり白兎さんはBチーム女子の中に溶け込んでいる。


「な、何だか悪いです……本来は、喜多さんのポジションなのに、それを私が奪ってしまった様なことになって……」


「何言ってるの白兎さん。私はとてもステージに上がれる精神状態じゃなかったから、土壇場でその穴を埋めてくれた白兎さんには感謝しかないよ」


 恐縮する白兎さんに、喜多さんが必死に、そんな事は気にするなと感謝の言葉を重ねる。


「喜多さん……」


「さっきまで、私はセンターの役割を放棄しちゃった自己嫌悪で、気分はどん底まで落ちてたんだ……けど、白兎さんのおかげで本当に救われたの。私のせいで、皆の努力が台無しにならなくて本当に……良かったって……」


「いえ……私の方こそ、ありがとう喜多さん。おかげで思いもかけず皆さんと同じステージに立てて幸せな時間でした」


 最後の方は、また感極まって涙声になってしまった喜多さんを、同じく貰い泣きしている白兎さんが背中をさすりながら感謝の言葉を返す。


「美しい光景だな陽」

「そうだな、これぞ青春って感じだと思うぞ明浩」


「なぁ陽。青春ついでに俺の話を聞いてくれ」

「なんだ?」


「俺、喜多さんに恋しちゃったかもしれない」

「マジか」


 いや、さっきの様子見てて気づいてたけどね。

 一応、驚きの言葉を俺は事務的に発した。


「リハーサルの時に、普段はメガネなのにコンタクト姿の喜多さんを見た時から、可愛いなって気になってたんだ」


「うん……」


「で、さっき一緒にムービーカメラを一緒に覗き込ん出来た時に顔が近付いて、はっきりと自覚したわ。彼女も、俺に対して好意をもってくれてる」


「まぁ、悪感情は持ってないかもな」


 俺は微妙に明浩の考察の軌道修正を試みるが、いつもと違って妙に多弁な明浩の恋バナは止まらない。


「今度さ、陽と白兎さん、俺と喜多さんのダブルデートとか企画できねぇかな? っていうか頼む陽!」


「ああ~」


 明浩の頼みに、俺は言いよどみながら、どうしたもんかと思案を巡らせる。


「ダブルデートなら、ベタにラビットマウンテンかな? いや、それだとラビットマウンテンオタクの陽の独壇場だから、いっそ将棋会館併設の将棋道場に連れて行く方がいかな?」


 すっかりその気の明浩は、俺の返事も待たずにダブルデートの行き先について思案を巡らせている。


 いや、最初のデートで将棋道場とか、お前が将棋強いのをアピールして格好つけたいだけだろ。っていうか聞いた事ねぇよ、ダブルデートが将棋道場って。


 さて、この親友をどう介錯してやれば良いかと俺が答えを探っていたのだが、残念ながら現実は待ってはくれなかった。


「あ……皆」


 ガラリと保健室の引き戸が開けられた時に、保健室への本来の来客かと思い、皆すぐに静かにして入口の方に視線を送る。


「清武⁉」

「清武、ケガ大丈夫なのかよ!」


 Sugarメンバーの男子たちが駆け寄る。

 鼻を覆う様にギプスをつけている姿が痛々しい清武君だが、


「うん。鼻骨が折れてて、すぐに手術で元の形に戻した。局所麻酔だから、日帰りで帰って来れた」


 本人はあっけらかんと答えた。


「鼻骨骨折って……重傷じゃないかよ」

「割とすぐ鼻の骨は引っ付くから平気だよ。空手の先輩でも組手でやっちゃう人とか見てるし」


 周りの心配そうな反応に、清武君は努めて明るく答える。

 ビジュアルが強烈なだけに、皆に心配を掛けまいと、あえてそのように振舞っているのだろう。


「って、え⁉ 菫、どうしたの⁉ 保健室のベッドにいて」


 そんな、ケガをしているのに皆を気遣う余裕があった清武君が、ベッドの上にいる喜多さんの姿を見咎めて、大層うろたえた声を上げてベッドに駆け寄る。


すぐ! ごめんね、私……真直が1人で抱え込んでることに気付いてあげられなくて……」

「菫が謝る事じゃない……俺の方こそ、怖い場面を菫に見せてしまってゴメン……空手部のくせに、一方的にやられちゃってて格好悪い所見られて、恥ずかしい限りだ」


「ううん、そんなことない! 真直は、Bチームの皆を護るためにキッパリと沼間の要求を断ってるのを見てた! 自分を犠牲にしてまで……だから、格好悪いなんて言わないで! 真直は格好良かったよ!」


「……ありがとな菫」


 抱きしめ合った清武君と喜多さんは、お互いに謝罪と感謝の応酬を繰り広げる。


 完全に2人の世界である。


「ほら、そこの2人。皆が見てる前だから、イチャイチャしない。そういうのは、ちゃんとお互い元気になってからやってくださ~い」


「「あ……」」


 周りにたくさん人がいることを想い出した、清武君と喜多さんがハッとして、顔を朱くしながら慌てて離れる。


「やっとこれでクラスの公認カップルだね~」

「やっぱ文化祭マジックってあるんだな~」

「文化祭マジックが解けて、喜多さんに捨てられないように頑張れよ清武~」


 周りのBチームの皆が、やんややんやと2人を半ばからかいつつも、祝福する。

 その輪の中で、清武君と喜多さんは恥ずかしそうにしている。


「あの2人、練習中から同じセンターの立場として相談し合ったりしてて、それで急接近したみたいですね」


 いつの間にか、白兎さんが俺の横に来てそう言った。


「ね、ちょっとビックリだね」


 そう言いつつ、沼間がキレる直前に下の名前で呼び合ってるのを聞いてたから、俺は気付いてたんだけどね。


「何かいいですね、青春って感じで」


 白兎さんが微笑ましく、祝福されて照れている清武君と喜多さんを見ながら言った。


「ねぇ、そんな2人のために1つ提案があるんだけどさ」

「はい。私もそれを本牧君に相談するために来ました」


 どうやら、白兎さんも俺と同じことを考えていたようだ。


「じゃあ、協力してもらう篠田先輩と楠君に……って、楠くん大丈夫ですか⁉ まるで有り金を全部為替相場で失った人みたいな顔色ですよ!」


「ああ……明浩の事はソッとしておいてやって…」


 さっき、喜多さんが清武君と抱き合った時から、俺の隣で明浩はフリーズしていた。


「ダイジョウブダイジョウブ……ナンデモナイヨ……」


「本当に大丈夫ですか? ここは保健室ですから休んで行かれた方が……」

「大丈夫。多分、2、3日で復活するから」


 こういう時の優しさは、むしろ辛い。

 ソッとしておいてやるのが吉だ。


 大丈夫、日頃から切った張ったの勝負の世界にいる明浩だから、すぐにメンタルも持ち直せるはず。


「そうですか……まぁ楠君の出番は後の方になるから大丈夫ですかね。それで、あの、篠田先輩。一つ、お願いがあります」


「何? ムラサキ」


 恵梨子の返事は、敢えてなのか素っ気ない物で、まるで何かを見定めるような面持ちだった。


「後日、清武君と喜多さんが回復したら、学生ホールのステージで、清武君と喜多さんがセンターで踊る機会を設けさせて欲しいんです。その際に、ダンス部の方々に協力を仰ぎたいので、その仲立ちをお願いしたくて……」


「頼む時は、ちゃんと最後まではっきり喋りきる!」

「ひゃ、ひゃい! 是非協力をお願いします!」


 恵梨子の一喝に、白兎さんが背筋を伸ばして恵梨子にお願いする。


「うん良いわよ。ダンス部の新部長には私の方から話を通しておく。というか、何よりBチームの皆の同意確認が先でしょうが」


「あ……そうでした……」


 恵梨子のダメ出しにションボリしてしまう白兎さんだったが、


「そんなのOKに決まってるじゃん!」

「白兎さん、出れなかった清武君や喜多さんの事まで気にかけてくれてありがとう」

「じゃあ、それまでダンスの振り付け忘れないように、家で復習しなきゃだな」

「だから、早く治せよ清武」


 こちらの話を聞いていたBチームの面々が、快諾の言葉を口々に述べた。


「ありがとうございます皆さん」


 発起人である白兎さんが、感謝の言葉を述べる。


「折角だから、本来のBチームのバージョンの動画も撮影して欲しいな。楠君、よろしくね」

「オオ……マカシトケ……」


 周りの女子から頼まれた明浩が、何とか力なく応答する。


 すまんな明浩。

 今度、将棋道場には俺が付き合ってやるから。


 でも、やっぱりデートで将棋道場は無いと思うな。


 そう思いながら、俺は無言で明浩の肩を叩いた。


ドンマイ! 明浩!


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