第30話 好きって言っちゃった後
「文化祭のしおり、送ってくれてありがとうね恵梨子。それにしても、また見ない内に大きくなったね~。お姉ちゃんが昔みたいに抱っこしてあげようか?」
「もう! いくつだと思ってるのよ有希姉! 私、3年生なんだから下級生の前で示しがつかなくなるから止めてよね!」
「あ、皆が見てる前じゃなきゃ、やって欲しいんだ? 恵梨子は相変わらず甘えん坊さんだな」
「……もうっ!」
恵梨子がプイッと顔を背けるのを有希は笑って茶化す。
Bチームの皆の公演が終わって、一足先に恵梨子が学生ホールを抜け出ると、同じく学生ホールから出てきた有希たちに出くわしたのだ。
「この子が有希ちゃんの従妹~?」
「そうよ芽依。父方の従妹でね。結構、歳が離れてるから、未だに赤ちゃんの時に抱っこしたり、私の後ろをトコトコつたない歩き方でついてきた頃の恵梨子の印象が強いんだよね」
「芽依さん、いつも有希姉がお世話になってます。って、もう有希姉しつこい!」
初対面の芽依にキチンと挨拶しつつ、恵梨子が再度、有希に抗議するが、
「こんなに育っちゃってね~。ちゃんと部長さんしてるの見てたよ恵梨子。ダンス部、3年間お疲れ様」
有希はお構いなしに、自分より背が高くなった恵梨子の頭をナデナデする。
恵梨子は最早諦めたのか、頭ナデナデの子供扱いを受け入れる。
口では止めろと言っていたが、いざナデナデされている時の恵梨子の顔は、正直まんざらでもなさそうだった。
「ダンス部の公演見てくれてたんだ……有希姉」
「わざわざ休日に母校の文化祭に来た甲斐があったよ」
「有希姉、今日は本牧コーチの様子が気になって来たんでしょ?」
「陽君、入学早々に高校辞めるって言いだしたからね。それを、結構強引に私が説き伏せたから、高校では実際どうなのかなって、ずっと気になってたのよね」
「そうだったんだ」
「けど、ステージ前に少し陽君と話せたら、いい顔してステージに向かって行ったから、これなら大丈夫かな。さて、じゃあ恵梨子の勇姿も陽くんの様子も見れたし帰るかな」
「え、もう? どうせなら本牧コーチを労ったり、ダンス部にもOGとして紹介させてよ」
そろそろ、本番を成功させた高揚感が落ち着いたBチームの面々が、学生ホールから出てくる頃合いだと思われたので、恵梨子は有希を引き留めた。
「そういうOG風を吹かすのは好きじゃないからいいよ。それに、皆を労うのは恵梨子の役目でしょ?」
「うん……」
有希が早々に退散するのは、こういう時に飛び入りのOGの自分がいると、気を使って皆がはしゃげないからという気遣いからだと、恵梨子も気付いていた。
「さっき、恵梨子の事は有希お姉さんが甘やかしてあげたんだから、今度は恵梨子が皆を甘やかす番よ。ちゃんと褒めてあげなさい」
「もう……だから子供扱いは……」
「じゃあね恵梨子、また。ほら、芽依帰るわよ」
そう言って、颯爽と帰っていく憧れの親戚のお姉さんの後姿を見つめながら、『あの人にはまだまだ敵わないな……』と恵梨子が思っていると、背後が騒がしくなった。
振り向くと、ちょうどBチームの面々が学生ホールを飛び跳ねながら出てきた所だった。
「お疲れ様。良かったわよ皆」
「「「篠田先輩ィィィ‼」」」
「あらあら、まったくもう」
学生ホールを出て、Bチームの面々が日差しの下に帰ってくると、そこには恵梨子が笑顔で出迎えてくれていたので、皆が恵梨子のもとに駆け寄ってくる。
百花繚乱府ループの何人かの女子生徒は、感極まって涙を浮かべながら泣き笑いで、恵梨子に抱き着いている。
今日まで厳しく指導してきた恵梨子だったが、教え子たちに抱き着かれても特に咎めたりせずに、好きにさせている。
「篠田先輩。今日まで、本当にありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました‼」」」」
センターの清武君や喜多さんが居なくとも、誰かれともなく号令をかけて、ビシッと声を揃えて礼をする。
これも恵梨子の指導の賜物と言えるだろう。
「うん。皆、良い顔になった! 練習初日はキョドキョドオドオドしてて腑抜けた奴らだと思ったけど」
「ヒドイですよ~ 篠田せんぱい~」
「アハハ! これを機にダンスをもっとやりたくなったら、ダンス部の門を叩きなさい。ダンス部の新部長は、ちゃんと私が1年間鍛えた子だから」
「うへぇ~ 篠田先輩のしごきを1年⁉」
「新部長の人、可哀想~」
「こら、誰だ! 今、私をパワハラ上司みたいに言ったのは!」
恵梨子も肩の荷が降りた開放感からか、気さくに笑い合い、冗談にも反応してはしゃいでいる。
「さて、じゃあ、あの子にも報告に行きましょう。って……あれ? 明浩三だ……楠くん。ちょっと……」
「はいはい。何ですか? 篠田先輩」
恵梨子に呼ばれた明浩が、楚々と恵梨子に近づく。
「あの……本牧コーチはどうしちゃったんです?」
「ああ、何か呆けて心ここにあらずって感じですね」
ホケーッと天を仰ぎ見て、空キレイ状態な陽の様子を見て、恵梨子と明浩は顔を見合わせる。
「そして、ムラサキは何であそこにしゃがみ込んでいるの?」
「衆人環視の前で、陽に抱き着いたのが、今更はずかしくなったんだと思われます」
陽の隣には、地面にお尻をつけてしゃがみ込んで顔を膝と膝の間に埋めている白兎さんの姿があった。
その特徴的な髪色から、ウサギ大福のように丸まっていても白兎さんだと周囲からもすぐに解る。
「本牧コーチに抱き着いた⁉ あのムラサキ……軽率な行動はするなって言っておいたのに全く……」
「篠田先輩って優しいですよね。何気に白兎さんのことも気にかけてくれてますし」
「別に、あのムラサキには、釘を刺して監視してるだけですよ。ラビフェスのダンスのお兄さんにゴシップネタはご法度で、運営から問題視されたら降板させられかねないって教えたのに、あの子は……」
明浩に唐突に褒められたのを、照れ隠しか恵梨子は白兎さんに悪態をつく。
「篠田先輩は陽と同じ芸能事務所ですもんね。そりゃ、陽の事情も知ってるか」
「同じ事務所って言っても、私はただの研究生で、本牧コーチは既にプロだから月とすっぽんもいい所ですよ」
「すっぽんって美味しいじゃないですか」
「お世辞にもなってないですよ、楠三段。さ、そろそろ行かないと。ほら、ムラサキ。いつまでも丸まってないで早く立ちなさい」
「陽も行くぞ」
ヒソヒソと話している、明浩と篠田先輩という、珍しい組み合わせを訝しく見ているBチームの面々からの視線に気付いたのか、それを誤魔化すために2人は、白兎さんと陽をそれぞれ肩を貸して目的の場所へ向かった。




