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第29話 先回りして言うね

 鳴り止まぬ拍手の中、観客に一礼をして急いで舞台袖に戻る。


「最高だった! カッコ良かったよ!」

「もう……私たちこれから出番なのに、すでに泣けちゃって……」


 舞台袖に戻ってきたSugarメンバーを百花繚乱チームが暖かく迎え入れる。


「ちょっと観客席の拍手が鳴り止まないんで、落ち着いたらGO出します」


 文化祭実行委員のステージ担当からの言葉に、舞台袖からまだ拍手が鳴りやまないことに気付く。


 そして、本来なら直ぐに入れ替わりでステージに上がってしまう百花繚乱メンバーと、わずかながら言葉を交わす時間が出来たことを悟る。


 俺は、迷わず白兎さんの元へ向かった。


「白兎さん。すっげぇ楽しいよ! 白兎さんも楽しんで! 


祭りの空気に当てられたハイテンションな俺の言葉が、どの程度白兎さんに伝わったのか解らない。

 けど、白兎さんは一瞬驚いたような顔をした後に、俺の言葉にただニッコリと笑って、


「はい!」


 と答えてくれた。



 どうやら、彼女の緊張を解す程度の効果はあったようだ。


「折角だから観客席から観せてもらうね!」


 そろそろスタンバイをと文化祭実行委員の言葉を受けて整列する百花繚乱メンバーの後ろから声をかけると、俺とSugarのメンバーは急いで舞台袖を出て、客席側に回った。




「お~、お疲れ皆。格好良かったぞSugar」

「明浩もムービー撮るのお疲れさん。バッチリ撮れた?」


 観客席の中央の撮影者スポットにいた明浩を見つけたので、俺たちはそこを陣取った。


「おう撮れてるぞ。後で、約束通り編集した後に、皆に動画ファイル送ってやる」


「「「「「「「やったぜ‼」」」」」」」」


 メンバーたちも、見事に本番をやりきった充足感から、テンションが高い。


「ちなみにAチームの分もちゃんと撮影したけど、どうかねこりゃ……多分、踊った本人たちは二度と見たくも思い出したくもないって出来だったからな」


「そこら辺は後だ後」


 Aチームの共感性羞恥を覚えるであろう動画の扱いなんて、今はどうでもいい。

 今は、目の前の百花繚乱ステージに集中だ。


 ゆるやかなイントロから百花繚乱は、静かに始まる。


 百花繚乱の特徴である、複雑なフォーメーション移動をなめらかに動いているように見せるためには、Sugarのように振りのキレなどの個人技の派手さで誤魔化すことは出来ないから、センターの代役という意味では、実は百花繚乱の方が難易度が高い。


 それでも白兎さんは、教習動画で各ポジションの踊り分けとフォーメーション移動を全て習得した経験もあり、今日初めて一緒に踊るBチーム百花繚乱チームに完璧に合わせる。


 Sugarのセンターが、皆が着いてこれるギリギリの動きを見定めて踊るのに対し、百花繚乱はひたすらに全体の動きの美しさを追求し、センターはその起点となることに集中する指揮者の役割だ。


 白兎さんの見事な指揮で、百花繚乱の曲が持つ優雅でたおやかな様を見事に表現しきる。


 他のメンバーも、おっかなびっくりで動きが縮こまることなく、思いっきり自分のパートの表現に徹することが出来ている。


 これは、センター代役に抜擢された白兎さんが、短い合わせの練習の時間で、他のメンバーから信頼を獲得している証拠だ。


「ああ……やっぱり、白兎さんの真っすぐさはいいな……」


 俺は思わず、声を漏らす。


 クラス中から無視のイジメを受けていたのに気丈に振舞っていた白兎さん。


そんなイジメに加担していた人たちのために、指導役を頼むために頭を下げたり、必死にダンスを練習して教習動画を撮った白兎さん。


そして、今、皆から認められてその中心にいる白兎さん。

 彼女はいつだって、その真っすぐさと頑張り屋さん精神で、道を切り開いて来た。


 だからだろうか。

 こんなにも彼女に惹かれるのは。


 俺に無い物を持っているから。


 俺は、大好きなダンスを言い訳に、それ以外の面倒な事を見て見ぬ振りしようとした。

いざとなれば逃げだせば良いと思っていた。


 ステージでは、楽しそうに笑顔で踊る白兎さんを中心に、メンバーも弾けんばかりの笑顔だ。


「そうだよな……白兎さんの真っすぐさに触れたら、そうやってほぐされちゃうよな。俺みたいに……」


 恐らく、白兎さんはもう大丈夫だ。

 Bチームの何人かは、きっと文化祭後に白兎さんを受け入れてくれる。


 白兎さんにも、真の意味での友達が出来る。


 そうなったら、俺は……



(ブンブンッ!)


 頭を振って、余計な思考を追い出す。


 そういう事を考えるのは後だ。

 今は、彼女のダンスを見届けよう。


 後で、明浩が撮ってくれた動画でいくらでも観れるだろうが、生のステージでしか聞けない息遣いや迫力があるのだ。


 曲も佳境にさしかかり、メンバーがラストの配置に移動する。


 激しいフォーメーション移動が続くこの曲は、最後の最後にはシンプルな横2列の配置になる。


前列1列目は片膝をついて、最後にメンバーが一斉に両頬に指を添えて笑顔で小首を傾げる。


「可愛い……」


 白兎さんの全力のあざと可愛いポーズに、思わずキュンとしてしまう。

 最初の初めて話した時のツンツンしてた子が、あんな可愛いポーズを取って……と感慨深くもある。


 最後まで息がぴったりの完璧なダンスを踊り切った百花繚乱チームに、観客から惜しみない大喝采の拍手が送られる。


「こっちのダンスも凄かった~」

「百花繚乱って意外とコピーするの難しいんだよね~」


 観客席からは惜しみない賛辞の言葉が各所から聞こえる。


「ダンスの振りが可愛かったよな」

「特に最後のあざと決めポーズな」


 うんうん、そうでしょそうでしょ。


「特に、センターの薄紫色の髪の女の子が可愛かったな」

「肌も白くて儚げな美人さんだけど、堂々としてて格好良かった」


 その中には、当然、センターの白兎さんについての賛辞も含まれる。

 単に容姿に見とれていたという中にも、きちんとダンスの良さを褒めている者もいた。


「白兎さん、今のステージで人気者になっちゃったな。寂しいんじゃないか? 陽」


 明浩が意地の悪そうな笑みを浮かべつつ、撮影を終えたムービーカメラと三脚を片付けながら俺を茶化す。


「べ……別に寂しくなんてないさ」


 俺は、慌てて明浩の言を否定するが、狼狽しているのが自分でも解った。


「彼女は寂しがり屋だから、ちゃんと捕まえとけよ」

「だから、別に俺は……」


 白兎さんに仲が良い人や、彼女の真の良さに気付いてくれる人が増えることはとても喜ばしい事だ。


 なのに、何だろうこの、胸の奥の引っかかりは……


 いや、その胸の奥の引っ掛かりがなんであるのかは、本当は解っている。

 解っているだけに、自分にそんな矮小な考えがあることを自覚したくなくて、気付かないふりをしているのだ。


「その辺どう思ってるのか、本人に聞いてみると良いぞ」


 明浩が指さす方向を見ると、



「本牧くん! 私、ちゃんと踊れてましたか⁉」



 見ると、観客席に降りて来た白兎さんが、こちらに駆けてくるところだった。


 普段の彼女にしては声のトーンが大きいのは、ステージを無事に終えた高揚感がまだ冷めやらぬからだろうか。


「うん。最高だった!」


 俺が親指を上げてサムズアップして笑って見せると、



「やったー!」


 駆けだした勢いそのままに、喜びを爆発させた白兎さんは俺の胸にジャンプして飛び込んできた。


 必ず俺が受け止めてくれると信頼しきっていないと出来ない勢いで飛び込んできた白兎さんを、なんとか抱き込むようにして勢いをころして受け止める。


「ちょ! 白兎さん……」


「わたし。いっぱいいっぱい頑張りました! だから、今は本牧くんに褒めて欲しいです」


 俺の胸の中でスリスリと頬ずりをしてから、白兎さんは泣き笑いの笑顔で見上げて俺に哀願してきた。


 そっか……そうだよな……


 あんなに頑張っているのを誰より間近で俺は見てたんだもんな。


 全てのポジションのダンスの振りを覚えて、全てのポジションの教習動画を撮影して。

 そして、急遽のセンター代役を立派に務め上げたんだ。



「ありがとう白兎さん」


 白兎さんの要望は、褒めて欲しいという事だから、ヨシヨシと頭を撫でてあげるのでも良かったのかもしれないが、俺の口から出てきたのは感謝の言葉だたった。


「なんで、本牧くんが先に、ありがとうって言っちゃうんですか? クラスでつまはじきにされてた私が、文化祭でこんな最高の想い出を作れたのは本牧くんのおかげなのに」


「言いたいから言った」


 俺の返しの言葉がちょっとぶっきら棒な感じなのは、ご容赦いただきたい。


 こちらとしては、今、自分の腕の中にダンスを踊った直後でほんのり汗ばんだ白兎さんの身体があるのだ。


 脳の中で会話を処理する領域まで、「女の子の身体ってやわらか……温もりが……」という煩悩で侵されている事は、男としては仕方がないことだ。



「ふふっ、ズルいです本牧くん。じゃあ、この言葉は先回りして、私から言いますね」


 そう言って、白兎さんは俺の両肩に手を掛けて、グイッと俺の右耳の耳元に顔を近づけた。




「 好 き 」




 …………え?……え⁉


 さっき、白兎さんをこの腕の中に抱きしめた時よりも更に心拍が跳ね上がる。


 俺にだけ聞こえるように、俺にだけ間違いなく伝わるように、彼女は俺の耳元で吐息を混ぜた愛の言葉をささやいた。


 茫然とした俺の腕の中から、白兎さんがスルリと抜け出す。

 俺の手元に寂しさと、彼女の薄紫色の髪がなびいた時の香りを残して、俺の正面に相対する。


 白兎さんは、イタズラを成功させた小悪魔風な笑顔を受かべ……ているつもりのようだったが、その瞳は潤んで鏡面のように光っていて、その肩は小刻みに震えていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 参謀気取りのひと、ボスザルにケジメはつけさせるって…自分もいじめの主犯格であるという認識はないのだろうか?
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