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第28話 本気を出せる!

「次、1年4組さん。舞台袖にスタンバイお願いします」


 無線機とヘッドセットマイクをつけた、ステージ担当の文化祭実行委員から指示が来た。

 ステージでは、俺たちの前の出番の3年生有志が漫才を披露していた。


 舞台袖は狭く、もうリハーサルをしているスペースはない。


 ここまで来たら、後は静かに集中して気持ちを高めるだけだ。


「おい、本牧」

「…………」


 そんな大事な時間に、雑音が入る。


「聞こえてるだろ、本牧」

「1軍リーダー様のお達しがあるでしょ」


 俺は、声の方を見もせずに答える。


「……奴がここに居ないのは、現場に居合わせたお前が一番よく知っているだろう。大事な話だから、一時的にその命令は解除だ」

「基準ガバガバだね。所詮は気分屋のガキの定めた俺様ルールなだけある」


 俺の嫌味に話しかけてきた滝本君の身体に、グッ! と力がこもるが、それを言葉なり行動なりには起こさない。

 流石はブレーン様だ。自制心がちゃんと働いている。


「……すまなかった。きちんとケジメはつけさせる。それだけ伝えたかった」


「え……?」


 どんな権謀術数にまみれた取引を持ちかけてくるのかと身構えていたのだが、予想外の滝本君からのシンプルな謝罪の言葉に、俺は思わず戸惑いの声を上げてしまう。


 いつの間にか、ステージの漫才は終わっていて、3年の先輩たちが観客の拍手の中で、笑顔で手を振って舞台袖に戻ってきた。


「1年4組出番です。どうぞ!」


 前の番が漫才なので、機材やセットの舞台転換はほぼ必要ないので、あっという間に俺たちの番が来た。

 文化祭実行委員からのGOの指示に、トップバッターのAチームたちがステージに出ていく。


 緊張のためか、それとも精神的な疲労のためなのかAチームの面々はゲッソリとしていた。

 彼らもまた、センターを直前に失っているのだから当然と言えば当然だが、ステージに上がる前からこの表情では……


「集中を高めたいから、Aチームのダンスは観ないでおこう。どうせ、舞台袖からじゃよく解らないし、後で明浩が客席側から撮影してくれてる映像を観よう」


 俺はとっさに、Bチームの面々にそう指示をした。


「うん、わかった」


 静かにその時を待っている皆は、素直に従ってくれた。


 良かった。これで、Bチームの皆は要らぬプレッシャーを受けずに済む。

 こういった失敗は連鎖するからな……


 まだ初期配置位置にスタンバイしただけで、曲もまだ流れていないのに、俺には確信があった。


 Aチームのダンスはボロボロな出来になるだろうと。


 根拠は、先程ステージに飛び出していくAチームの様子だった。

 疲れ切ったメンバー、そして何より代役センターの菅原さんの不貞腐れた機嫌の悪そうな顔。


 曲がかかり冒頭のセンターのソロシーンがはじまる。


 天井からのスポットライトがセンターの菅原さんを照らす。

 数日前のステージリハーサルの時には無かった照明演出だ。


 そんな見せ場な訳だが、冒頭からいきなり菅原さんは振りを間違える。

 公式ミュージックビデオの動画が数億回再生されているような曲なので、ダンスの振りを間違っている事は、素人目にも一目だった。


 その後の全体ダンスの出来は、予想通り。

フォーメーション移動の際に、ぶつかったり間違ったりが各パートで起こる。


 それでも、これは文化祭の出し物としてのダンスなのだ。


 練習を重ねて来ても、本番に失敗してしまう事なんて、それこそプロやトップレベルでも起き得ることだ。


 そこに一生懸命さや必死さが見えれば、例え少々失敗したりしても、それをむしろ微笑ましく想い、むしろ暖かい応援の声が普通より多くなったりするものだ。


 けど、Aチームのダンスにはそういった声援が皆無だった。


 全員が、思考を停止して、ただただ、淡々と自分に決められた動きだけをする。

 早く、この時間が過ぎればいいのに………と考えているのが周りからも見え見えだった。


 そういった無気力さが観客にも伝わった結果、演者も観客も誰も得をしないステージとなった。


 咄嗟の判断だったけど、メンバーにAチームの様子を見せなくて本当に良かった。

 同じくセンターが急遽後退した自分たちもこうなるのでは? という悪いイメージが、本番直前に頭にこびりつきかねなかった。


 曲が終わり、おざなりで義務的なまばらな拍手を背に、Aチームは小走りで舞台袖に戻って来てそのままどこかへ行ってしまった。


「じゃあ行くか!」


「「「「「「「おう!」」」」」」」」


 Sugarメンバーの力が入った表情を頼もしく思いつつ、俺は先頭を駆け出してステージへ上がる。


 まばゆいステージの上に出た瞬間は、いつも俺はワクワクしてしまう。

 そこから、観客席全体を見回して、彼ら、彼女らの表情を伺う。


 それは、必ず毎日、毎公演、一つとして同じものはない。


 あらら……今の観客はちょっと表情が硬いな。


 さっきのAチームの出来から、後続の俺たちも期待できないんだろうなという諦念からか、無表情な人達が多い。


 中には、スマホを開いて俯き、興味が失せてしまっている観客の姿も見られた。


 こういう時には、むしろ俺は燃える。

 そのスンとした無表情な顔、俺が変えてやるって。


Sugarnoのイントロが流れ、照明が頭上から挿すスポットライトでセンターの俺だけを浮かび上がらせる。


 俺にだけ照明が当たるこの冒頭のサビ始まりのパートだけは、俺の完全なソロパート。


 だから、全体で合わす箇所以外のここだけは……



俺は全力を出せる!



 Sugarの曲が会場に流れ始めた直後、サビ始まりのSugarの一番大事な所で、俺はプロとして持てる全力を出した。


 プロダンサーとしての活動を内緒にしているとか余計な事は、この時は何も考えていなかった。


 キレ、各動作の制動、激しい動きなのに表情を変えず余裕な微笑みをたたえる表情管理。

 惜しげもなく、俺の全てを出す。


 ダンスの合間にチラリと、観客席の前列にいる他校と思しき女子高生のホ~ッと感嘆したような表情を、俺は視界に捉えていた。


 よし、掴みはOKだ。これで、前座としての俺の役目は終わったと、ピッチを自然に落としていき、他のメンバーとのシンクロ箇所へ向かう。


 これは集団ダンスだ。


 たとえ、俺だけがソロパートで、おおよそ文化祭や高校生レベルでない高レベルなダンスを披露したところで、それは驚き程度しか与えられない。


 さっきのソロパートでの俺の本気のダンスは、Aチームのダンスのせいで冷えてそっぽを向いてしまったお客さんを再びステージに注目させるための撒き餌だ。


 本当に俺たちが見せたかったのはこれだ!


 冒頭サビパートの最後の1フレーズで、PARライトが一斉に光の筋を放ち、ステージ全体を明るく照らし出したかと思うと、センターに完璧にシンクロしたダンスが始まる。


 土壇場のセンター交代を観客は知る由も無い。


 だからこそだろう。



「「「「おおおおおお‼」」」」



 観客の心をガッシリと掴んだ感嘆の声と、拍手がこんなにも心地良いのは。


 最初で最大の山場を成功させたSugarチームにもう怖いものなんて無かった。

 そんな中で、センターの俺だけは冷静に一定のペースを刻んで……なければいけないのだが、所々ペースを上げて走ってしまう部分があり、慌てて元のペースに落ち着けるという箇所が見られた。


 おかしいな……普段のラビフェスのダンスではこんな失敗なんてしないのに、何でだ⁉ と、ステージ中だが思わず困惑してしまう。



「ああ、俺も自分で踊っておいて、このグループのダンスに感動しちゃってるんだな……」



 その事に気付いたのは、終曲で決めポーズの人差し指を口元に立てて内緒ポーズをメンバーの皆で決めた時に、観客からの割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションを貰った時だった。


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