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第27話 自らの足で断頭台への階段を上れ

【滝本竜司視点】


 一陽が生徒指導室へ連れて行かれたという情報が俺たちの元に届いたのは、ステージの出番まであと1時間を切った頃合いだった。



「ちょっと外す。お前らはしっかり練習してろよ」



 文化祭の本来は自由に散策する時間を全て返上して、部室棟の裏でダンスの練習をしていたAチームの面々に向かって一陽が言い残してから数時間。


 センターの一陽がいないのに練習をしても……という状態で練習のモチベーションも上がらない状況下での凶報であった。


「一陽が暴力沙汰を起こして生徒指導室送りに⁉ ステージには出れるの⁉」

「解らない。担任の久木も、ケガした清武と病院に行っちまってて」


 断片的にしか入ってこない情報で定かではないが、一陽が何をしでかしてくれたかは滝本には予想がついた。


 頭が悪い癖に、こういうからめ手を俺の相談も無しにやりやがって……


 大方、俺が次善の策として取った策が気に食わなくて、Bチームの方を脅しすかしにでも言って、モメた結果といったところだろう……と滝本はほぞを嚙んだ。


 そうなると、これは……


「本番は一陽は抜きを想定しよう。そうするとフォーメーションをいじる必要があるな。時間がない……美穂、悪いが……」



「もうイヤよぉぉぉ‼」



 突如あげた美穂の叫びと慟哭に、一陽の不在でザワザワしていたAチームの空気が一瞬で凍る。


「なんで……⁉ なんで、散々引っ掻き回しておいた張本人が、本番直前にいなくなるのよ!」


 地面にへたり込み、泣きじゃくりながら美穂は何度も地面を拳で叩いた。


 ステージリハーサルの後に、一陽に振り付けと照明演出の前面改訂を言い渡されて、徹夜で必死に取り組み、その変更に伴うAチームメンバーの習得が本番に間に合うのか、都度都度、一陽にプレッシャーを掛けられていた美穂の忍耐のダムがとうとう決壊してしまった。


「ぶっちゃけて言うけど、もう無理よこれ! ステージ本番直前でセンター不在とか! ただでさえ、直前のダンスの振りや演出変更で皆いっぱいいっぱいなのにさ!」


 美穂の投げやりな暴露の言葉に、Aチームの面々は押し黙ってしまう。

 正直に言って、皆、美穂と同じ意見だったからだ。


「ねぇ、もう中止にしよ! センターが居ない間抜けなダンスを披露して笑いものにされるより、そっちの方がいいって!」


 AチームはBチームとは違い、Aチーム全員で1曲を披露する。

 なぜこの曲を選定したかというと、センターのソロが格好良く目立つ曲だからと沼間が選定したのだ。


 なので、センターの振り付けは他のメンバーとかなり相違があり、すぐに代役を立てるというのが難しい。


 唯一、Aチームの指導役を担ったダンス部の美穂ならばセンターの代役も可能だろうが、この状態では、とてもセンターを代わりに頼むとは言い出せない。


 しかし、それしか最早方法は無い。


「あのな、美穂」

「ねぇ竜司。文化祭実行委員のステージ担当に、もう1年4組は中止って言いに行ってよ。大丈夫だよ……悪いのは暴行事件を起こした一陽だし、一陽だって自分が出ないステージがどうなろうが気にしないでしょ?」


 すがりつくような目で、地面にへたり込む美穂が滝本を見上げながら懇願する。


 違うんだ美穂。

 まだ何とかなる道があるのに、それは……


「ステージ発表の中止は出来ないわよ美穂」



 そう言いかけた滝本の背後から、混乱のAチームを切り裂く声が響いた


 突如かけられた言葉に、皆の視線が集中する。

 そこには、


「し、篠田部長……」

「さっき、ダンス部の公演は終わって正式に代替わりしたから、今は元部長だけどね。美穂、あなた何してるの? 部の文化祭公演に何の連絡もせずに来ないなんて」


 腕組みをして美穂を見下ろす篠田元部長が、静かだが有無を言わせぬ迫力で問いかける。


「すいませ……部長……これには理由が……」

「知ってるわよ。そこの説教は文化祭後に新部長にしてもらう。で、用件だけど1年4組のステージは中止にはならないから」


 かすれた、蚊の鳴くような声でうろたえる美穂に、篠田元部長が決定事項を叩きつける。


「何でですか⁉ 私たちの方はセンターを失って……」

「Bチームの方も同じく両センターが不在よ。あんた達Aチームの沼間の暴行のせいでね」


「そんなの、私たちは関係な……!」


「どちらにせよ、この件に関しては、被害者側であるBチームに選択権がある。加害者側であるAチームのアンタ達にはない。ちがう?」


「「「…………」」」」


 実施の可否について、Bチームに選択権があるという篠田元部長の言い分には筋が通っている。


 というか、彼らBチームが、センター不在を理由に、公演自体の中止を申し出るというのが一番現実的な選択でもある。


 だが、その優先選択権を、まさか予定通り公演を行う方の主張に使うとは……と滝本は唸る。


 たしかに、リハーサルで見た彼らのダンスは確かに完成度の高い物であったが、所詮は素人だ。

 こんな直前に発生したセンター不在の穴を、器用に埋めるなんて事が可能とは滝本には思えなかった。


「あと美穂。リハーサルの後に文化祭実行委員のステージ担当に、直前期にかなり無茶な照明演出の変更をダンス部の伝手を使ってゴリ押したでしょ? ステージの照明を主に担当しているのは演劇部よ」


「……だから、何です?」


 美穂も興奮しているせいか、3年の先輩である篠田元部長への返しがぞんざいになってきている。


「私の言ってる意味が解らない? 無理を言って照明演出の直前変更で、演劇部には既に多大な負担を掛けている。その挙句、結局ダンスの公演はやりませんでしたじゃ、演劇部の人たちのダンス部への心象はどうなるかしら?」


「公演の中止は、私のせいじゃ……! それに、これはクラスの出し物でダンス部は関係は!」


「貴方が照明演出についてダンス部の名前を使ってゴリ押した以上、ダンス部が責任を負う事になるわ。『ダンス部は、照明演出や演劇部のことを軽視している』、『ダンス部は後輩にどういう指導をしているんだ』、こんな感じでいかようにも演劇部は攻撃材料にできるわ。ダンス部新部長の記念すべき初仕事は、まず演劇部への謝罪になるわね」


 食って掛かる美穂を、容易く篠田元部長はコバエをあしらうように理路整然と払う。


 仮にそういったこじれた事態になったら、おそらくダンス部は演劇部へ何かしらのステージ利用スケジュールについて譲歩をしたりといった、便宜を図っての手打ちとなるだろう。

 最悪の場合は、同じ学生ホールのステージを部活動で使う演劇部とダンス部の関係が悪化する。

 しかし、照明演出について演劇部に協力を仰がなくてはならないダンス部の方が、最終的には折れるしかない。


 いずれにせよ、そういった大事になれば、騒動の元凶となった美穂は針のむしろ状態で、居場所はダンス部から確実に無くなるだろう。


「わ……私に、どうしろっていうんです?」


 唇を震えさせながら、青ざめた顔で問い返す美穂に、



「ステージで恥をかいてきなさい」



無情な、自らの足で断頭台への階段を上れという死刑宣告が、篠田元部長から告げられる。


「じゃあ、伝えたいことはそれだけ。私もBチームの面倒を最後まで見ないとだから忙しいのよね。言っておくけど、逃げちゃダメよ? 逃げると美穂のためにもならないから、縄でくくってでも美穂は連れて来なさい。解ったわね? アンタ達」


 そうAチームの面々に言い残して篠田元部長は去って行った。

 それは、完全に美穂の逃げ道を塞ぐためのものだった。



「どうして私がこんな目に合わなきゃいけないのよぁぉぉ‼ なんで⁉ なんで……」



 地面に突っ伏して慟哭する美穂を憐れに思いつつも、自分たちもダンス部の事情に巻き込まれて、同じく恥を晒しにステージに上がらねばならない心理的ショックにより、その肩を抱いて慰める者はAチームにはいなかった。


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