第26話 いざステージへ!
「ちょっと芽依、そろそろ陽君のクラスのダンス公演始まっちゃうわよ」
「待ってよ~ 有希ちゃん」
手に持ったフランクフルトとドーナツを頬張りながら、小走りに呼ばれた芽依お姉さんが有希お姉さんの後を追いかける。
「芽依、あなた食べ過ぎよ。ちゃんと節制してるの? ラビフェスのショーに差し障ったりしないでしょうね?」
「有希ちゃんひっど~い! ちゃんと食べた分のカロリーは全部ダンスで消費してるよ~」
模擬店が並ぶ文化祭のメインストリートを、2人はじゃれ合いながら闊歩する。
学生でもない大人の綺麗目女性2人組というのは、高校の文化祭ではあまり見かけない組み合わせだ。
文化祭に紛れ込んできている出会い目的のハイエナ共も、当然彼女たちに目を向けている。
しかし、ブラウススーツ風のワンピースに大きめのテーラードジャケットを羽織ったビジネスカジュアルな格好を着こなしている隙の無いかっこいい系お姉さんと、フェミニンな花柄のワンピースに薄手のカーディガンを肩に羽織ったお嬢様系お姉さんのレベルの高さに、気後れした男たちは声をかけられずにいて、おかげで2人は快適に文化祭を楽しんでいた。
「それにしても懐かしいわ」
有希お姉さんが、感慨深そうに校舎を見上げる。
「有希ちゃん、ここの高校の卒業生だったんだね。陽君と一緒の高校だったんだ~」
「ここは、芸能活動にも協力的な学校だからね。あ、こっちの建物は私が通ってた時は無かったな」
「有希ちゃんが高校卒業したのって何年前? ええと、ひい、ふう、みい……って痛い痛い! 何すんの⁉ 有希ちゃん」
「私の歳を指折り数えるなら、そのままへし折ってやろうかと思っただけよ」
年齢に関する話題は、どうやら有希お姉さん的には禁忌のようだ。
「それにしても、有希ちゃんのこと知ってる子が在校生にまだいるんだ。今日の文化祭のプログラムも、その子から入手したんでしょ~?」
「ええ。従妹がこの学校の3年生なのよ。その子もダンスをやってるから、小さい頃から私にもよく懐いてくれてるの」
「へぇ~、意外と世間は狭いね~。それにしても陽君、観客席に私たちがいたらビックリするだろうね」
「フフッ、そうね。それに、発破をかけた手前、今の状況を確認しておく義務が私にはあるしね」
「……?」
有希お姉さんの言っている意味がよくわからないといった様子の芽依お姉さんを尻目に、有希お姉さんは慣れ親しんだ学生ホールへ歩いて行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「これが今朝、皆でリハした時の全景動画」
「今朝、踊った時の動画ってこと⁉ そんな予定なかったよね?」
「うん。清武が皆に声をかけて、自主的にみんなで最終チェックでやろうって」
「ハハッ、さすが真面目だね皆は。でも、おかげで凄い助かる。これ以上ない、直近の清武君のリズムやテンポ、タイミング取りがこれで解る」
今日の俺は、ラビフェスのダンスのお兄さんでも、ラヴニール国際ダンスコンテストを優勝した若手プロダンサーでもない。
今日のステージ上の俺の最大目標は、清武君の代わりを務めること。
そのために、清武君の癖やテンポをきっちりと抑える。
とは言え、清武君も俺のダンス教習動画を観て練習をしていたのだ。
今朝のリハの際に撮影した動画を観てみると、清武君は、俺の教習動画でレクチャーしているポイントを忠実に守って踊ってくれていることがすぐに解った。
もう、これだけで俺の目がしらは少し熱くなっていた。
これなら行ける!
「OK。じゃあ、合わせてみようか」
スマホでステージでも使う音楽ファイルを再生しながら、BチームSugarグループで通しのリハをする。
俺は、BGMと先ほど目に焼き付けた清武君の動画を脳内映像として再生しながら踊る。
普段もラビフェスのオープニングダンスで相棒になるお姉さんと息を合わせる必要があるのだが、特定の人間のコピーをするというのは久しぶりだった。
自分の中の脳内イメージと現実の動きをリンクさせるというのは、ただ踊るだけの何倍もの集中力を要した。
「すげぇ! 初めて一緒に踊ったのにまるで違和感が無い!」
「清武と踊ってた時と、何ら遜色ねぇぜ!」
踊り始めは不安そうな顔をしていたSugarのメンバーだったが、踊り切った後にはその表情は手ごたえを感じたという充足感をたたえていた。
「ダンスの教習動画で観てたから、ある程度はやれるとは思ってたけど、本牧ってダンス上手いんだな!」
「ま、まぁね」
不安が払拭されたおかげか、気安く話しかけてくれるようになったSugarメンバーからのお褒めの言葉に、俺は思わず苦笑いしながら曖昧な返答をする。
とにかくSugarメンバーとの信頼関係が構築出来たのは収穫だ。
メンタルによってパフォーマンスが左右されるダンスのステージでは、この差はデカい。
「ほい、陽。これが今撮った動画な」
「ありがと明浩」
ハンディムービーカメラを、すぐ動画を再生できる状態で渡してくれた明浩に礼を言って、先ほどの合わせの動画を観てみる。
明浩は、当初からBチームのステージの動画を撮影するつもりだったらしく、スマホでなくムービーカメラを持参してきてくれていたのだ。
俺はスマホで今朝の清武君センターで踊った動画を再度再生しつつ、ムービーカメラで撮った、先ほどの俺がセンターで踊った動画を一緒に再生させて見比べる。
うーん、タイミングとかはバッチリだ。
けど、思った以上に清武君の動きの完全コピーは難しい。
ここは、動画を出番の直前まで確認して……
「あ、いたいた! 陽く~ん!」
これから本番直前まで集中して動画で清武君の動きを集中してトレースして……と思っていた矢先、声が掛けられて、その集中状態は中断される。
「芽依さん⁉ え、有希さんも⁉」
こちらに駆け寄ってくる、居るはずのない職場の同僚に俺は気が動転する。
なんで俺の高校の文化祭に2人がいるの⁉
「なんでここに2人が……」
「陽君が文化祭でダンスするって言ってたから、有希ちゃんと観に来ちゃった~。あ、クラスTシャツだ~、いいね、青春って感じだね~」
そう言えば、以前ラビフェスの控室で文化祭でダンスをするって話を芽依さんにはしてたんだった。
けど、まさかわざわざ観に来るとは……
「さっきのリハも観てたよ~ 応援してるからね~」
「ありがとうございます。有希さんも芽依さんに付き合わされたんですか?」
「誘いは芽依からだけど、私の従妹もこの高校に通ってるから、ちょうど良かったわ」
「へぇ、従妹さんも通ってるんですか。何年生の……」
と、俺がつい有希さんや芽依さんと話し込んでしまっていたら、後ろから何やら幾つも視線が刺さっていることに、俺はようやく気付く。
チラリと後ろを振り返ると、
「ん~だよ、その綺麗目お姉さんは。やっぱりダンスできる奴はモテるんだな……ケッ!」
「格好いい美人系お姉さんに、お嬢様系ポワポワお姉さんの両手に花かよ」
「俺たちと同じ陰キャだと思ってたのに……裏切られた……」
「白兎さん可哀想……」
そこには、嫉妬による怨嗟の炎を宿したBチームSugarグループ男子の汚物を見るような視線を俺に向ける姿が!
せっかく、心が通じかけたのに、また彼らとの精神的な距離が出来てしまった。
「ちょ! 彼女たちは、ええと……バイト先の同僚なだけで、何もそういうのは」
俺は慌てて、皆に釈明をする。
いや、釈明も何も事実そうなのだが、何故か謎の罪悪感があった。
「バイト先の女性の同僚が、わざわざ文化祭まで観に来てくれてるなんて、よっぽどバイト先で慕われてるんだな陽。しかも、年上だけど下の名前呼び」
「明浩てめぇ!」
身内が後ろから刺してくるんじゃねぇ!
折角の俺のフォローが!
「年上お姉さんに職場で慕われる男子高校生とか……何だよ、そのラブコメみたいな設定」
「仕事では後輩だけど、ベッドの上では私がお姉さんなんだからね……ってか? クソが!」
明浩の指摘に、更にSugarグループの男子たちのボルテージが上がる。
っていうか、みんな想像力が豊かすぎだろ。
「「「「本番のステージ成功させて、俺たちも絶対モテてやるぞ!」」」」
何だかよく解らないが、メンバーの心は一つになったようだ。
団結するための一番の材料は、共通の敵を作ることにあるというが、この場合はセンターの俺が対象なのかよ。
「格好良くムービー撮ってやるからな~。後日、ちゃんと格好良く編集した動画を各自に配るから、楽しみにしとけ。これを見せたら、女の子は思わずコロリするみたいな素敵な仕上がりでな」
「「「「おおおおおおおお!」」」」
俺だけハブにされて、Sugarの面々が雄たけびを上げる。
俺は、結局シカトされる運命なのか?
とりあえず、緊張はすっかりほぐれて、一致団結して士気も高まったから良いのか?
「大人びてる陽君を見てるから麻痺してたけど、男子高校生なんて、これ位バカだったわね。そう言えば」
「え~、可愛いもんじゃない? なんか必死でさ~」
俺達の様子を見て、有希さんと芽依さんが笑い合っている。
「すいません有希さん、芽依さん。何か、みんなはしゃいじゃってて。それでは、そろそろ本番なので」
「いいのよ、文化祭だもん。あ、最後に一つだけ。陽君、今、楽しい?」
有希さんはシンプルな質問をしてきた。
それは単純な質問だけれど、俺にはその質問に込められた有希さんの真意が分かった。
『高校で良い想い出を作って、高校生活やりきった! 未練はない! って思えたら辞めな』
有希さんが、俺が高校を辞めると言った時に、俺に言った言葉だ。
「はい、楽しいです!」
「よし、じゃあ行ってきな。あとスマイル! 完全な誰かの代わりなんて、誰にも出来ないんだから、貴方らしく行きなさい」
有希さんが口角を指で上げて、笑顔、と強調する。
「その言葉って……」
「憶えてた? 初めて、陽君がラビフェスのステージに上がる直前に私がかけた言葉だよ」
この人には本当に敵わないな……
裏事情を何も知らないはずなのに、俺自身が気付いていないことに気付いて、助言をくれる……
「はい。じゃあ、行ってきます!」
そう言って、俺は学生ホールの舞台裏へ駆け足で向かった。




