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第25話 センター不在の危機に

「これは、鼻骨が折れてるかも……清武君はすぐに救急病院へ」


 保健室に何とか清武君を運び込み、すぐに保健医の先生に診てもらい止血等の応急措置をしてもらっている所だ。


 俺達は、ただ心配して見守ることしか出来ない。


「私の通勤用の自家用車で送り届けます。文化祭の日に、学校に救急車というのはマズい! 要らぬ憶測を招きます!」


 すぐさま、職員室の自席でダラダラと仕事をしていた、担任の久木先生を引っ張ってきたが、こちらも青い顔でオロオロ


「そんな心配してる暇があるなら、久木先生はすぐに清武君の保護者の緊急連絡先に電話しなさい!」


「は、はいっ!」


 保健医の先生に一喝されて、担任の久木先生は慌てて職員室へ戻って行った。


「ちっ! 出世と自己保身しか考えない奴はこれだから……」

と、ボソッと保険医の先生が独り言をつぶやいた。


「喜多さんの方は頬と肘に擦過傷。意識ははっきりしてるし、頭は打ってないから、病院受診までは必要ないけど……あなたは、ちょっと休んでいきなさい」


 幸い、喜多さんの方は大事には至らなかったようだ。

右頬と右肘に軽い擦り傷が出来た程度だが、やはり顔への傷だから、見ていて痛々しく見える。


そして、喜多さんは大きなショックを受けたようで、保健室のベッドの上で放心状態のように座っている。


「それで、1軍リーダー様が八百長を清武君に持ちかけて、断られて逆上して暴力沙汰。止めようとした喜多さんは巻き込まれたと。そういう訳か」


 負傷した2人の処置中に、屋上でいったい何があったのか、まだ一種の興奮状態で少し要領を得ない俺の説明を、明浩が要約してみせて理解の共有を図る。


「こういう暴力沙汰なら、男の俺が真っ先に止めにいかなきゃいけなかったのに……」

「本牧くんのせいじゃないです……位置取り的にも、喜多さんの方が清武君たちに近かったんですから」


 白兎さんが俺をかばってくれてるが、不甲斐なかった自分が、ただただ腹立たしい。


 あの時に、何でもっと迅速に動けなかったのか……

自分が入ると話がややこしくなるからと傍観せずに、最初から沼間と清武君の諍いに介入していれば……と悔いばかりが残る。


「それで、1軍リーダー様は?」

「そっちは生徒指導の先生が見てる」


 生徒間の暴力沙汰で、1人は大ケガかもしれないのだ。

 目撃者も複数いる。


 後で、俺と白兎さんも証言聴取のため生徒指導室へ来るように言われている。


「じゃあ、そっちは良いとして、問題は後1時間後に迫ったクラスのダンスステージだな。どうする? これから病院に行く清武君はもちろん、喜多さんもこんな状態じゃ、ステージに立つのは無理だぜ……」


 明浩が、ベッドに放心状態で座っている喜多さんに聞こえないように、声量を落としてコソッと話す。


 確かに、喜多さんは外傷的には無理を押せばステージに上がれない事もないが、何よりも精神的なショックが大きすぎて、とても1時間かそこらで回復するようには見えない。


「もう時間がない。恵梨子を通じて、Bチームを緊急招集しよう」


 俺は、ある覚悟を胸にスマホで恵梨子の連絡先への通話ボタンを押した。




◇◇◇◆◇◇◇




 学生ホール裏の駐車場スペースに、Bチームの面々が集まって来ていた。

 ここは、ステージの出番のあるクラス、団体のリハーサル場所にもなっている。


 鬼のようにしごかれた篠田部長からの連絡だったからか、はたまた、根が真面目な者がBチームには多かったためか、急な招集の連絡にも関わらず、思ったより早く全員が集まった。


 ただ、集まってきた面々は一様に集合場所に着くと、篠田部長の横に俺と白兎さんが立っていることに驚き、これから何をするのだろうと不安そうな顔をしている。


「全員集まったわね。ちょっと、この後のダンスの公演に関して、大きな問題があったから協議します。説明は私でなく彼らからしてもらいます」


 篠田部長が、傍らにいる俺と白兎さんに目線を送り、説明を促す。


「篠田部長……彼らが説明って、何でですか?」

「あと、清武と喜多さんがまだいません」


 指導の中で多少は恵梨子に慣れてきたからだろう、Bチームの1人が意見をしてくる。


「説明を彼らがするのは、直接現場にいたから、また聞きの私より彼らに説明してもらった方が良いからよ。清武と喜多の状態については、その説明で解るわ。あと、アンタ達が何を恐れてるのかは知ってるけど、安心しなさい。今は、ボスもAチームもそれどころじゃないはずよ」


 そう言ってニヤリと笑って、恵梨子再度俺の方へ視線を向けて説明を促す。


 恵梨子がゴリ押してくれたおかげで、一先ずBチームの面々は俺たちの話に傾聴してくれる姿勢になってくれた。


 正直、ここに時間をかけている時間的余裕は無いので、恵梨子が少々強引に押し切ってくれて、本当にありがたい。


 そこから、俺は旧校舎の屋上で起きた清武君と沼間の間で起きた諍いと、それにより清武君と喜多さんが負傷して、この後のステージに出ることは不可能であることを説明した。


「…………⁉」

「そんな!」

「清武君や喜多さんのケガの具合はどうなの⁉」


 急にもたらされた凶報に、Bチームの面々は、絶句したり、本当に現実の事なのかと信じられなかったり、ケガをした清武君や喜多さんの心配をしたりと、様々な反応を見せた。


「清武君はすでに病院へ行っていて、喜多さんはケガ的には軽傷だけど、精神的なショックが大きくて、とてもステージには上がれない」


 ケガの程度や内容についてはボカしたが、2人がステージに上がるのは絶望的であるという事は、はっきりと伝えた。


「さっき、文化祭実行委員のステージ担当に聞いてみたけど、こんな直前での公演中止では、ステージのタイムスケジュールの調整が間に合わず、ステージのタイムテーブルに大きな穴が空いてしまう。ステージ発表が続かないと、せっかく学生ホールに集まっているお客さんが退席してしまって、俺たちのクラス以後の出番のクラスに大きな迷惑をかける事になるから、何かしらステージは行ってくれって言われたよ」


 おそらく、どうしてもと言ったら1年4組のステージを中止にすることは出来るだろうが、そうすると後続の出番のクラスや団体から恨まれることになるだろう。


 そうすると、なぜ直前で中止になったのかという原因を追究され、結果としてクラス内での暴力沙汰の話が校内に大きく広まるだろう。


「でも、よりにもよって、Sugarも百花繚乱もセンターが不在なんて……」

「取れる選択肢は1つ。ここにいる誰かが、センターをやるしかない」



「「「「…………」」」」



 Bチームに重苦しい沈黙が流れる。


 そんな事は、今更俺から言われなくても、この場にいる誰もが解っている事でもあった。

 文化祭の出し物としての経験しかないが、ここにいる皆は集団ダンスの練習をしてきたのだ。


 センターのいない集団ダンスが、如何にまらない物になるかを想像するのはやすかった。


 だが、誰がセンターをやる?

 今、呑気に話し合いや多数決でセンターを決められるのか?


 代役のセンターを決めたとして、代役センターが抜けてしまった本来のポジションの穴はどう埋める?


 変わってしまったフォーメーションの練習は?

 ステージの出番まで、練習している時間はほとんどない。


 そういった厳しい状況に、絶望を感じずにはいられない。



「一つ提案だ。俺がSugarのセンターをやる」


 俺の提案に、Bチームの皆が目を見開く。

 提案と言いつつ、これは宣言だった。


「これなら、他のメンバーはポジションを変えなくて済む。本番で失敗したら、当日急に混じった異物の俺のせいさ」


 もう、本当に時間がないのだ。

 ここでセンターを誰にするかで揉めだしたら、その時点でもう失敗は確定するようなものだ。


 俺は、アピールポイントを添えて、この案で行きたいと強く押し出す。


「やってくれるなら、それで……」

「けど、そんな事して、後で1軍ボスに目をつけられたら……」

「連帯責任とか御免だぜ……」


 賛否のいずれかの判断ではなく、ヒソヒソとどうするかの密談がはじまる。

 やはり、トラブルがあったからと言って、すぐに一枚岩になるのは無理があるか……


 すると、ここで今まで黙っていた白兎さんが口を開いた。


「皆さんの心配はごもっともです。今、こうして私の言葉を聞いてくれているだけでも、皆さんは十分にリスクを負っていただいている。ありがとうございます」


 ゆっくりと、はっきりと、丁寧に白兎さんが礼を述べて腰を折る。


白兎さんからの予想外の御礼の言葉に、Bチームの面々は居心地が悪そうに白兎さんから目を背ける。

 御礼を言われる謂れや筋合いなんてない事を、自分たちがよく知っているからだろう。



「私からは、私の言葉ではなく、今ここに居ない清武君の言葉を伝えます」



 顔を上げて、静まったBチームの面々に向かい、白兎さんがスゥと息を吐いて、真っすぐに正面を見据える。


『皆の努力を自ら汚すなんて死んでも嫌だ。無視でも、何でもすればいい。俺だけで済むなら安い犠牲だ』


 それは、先ほど、屋上で沼間の卑劣な誘いに対してハッキリと拒絶した清武君の言葉だった。


 Bチームの面々に重い沈黙が流れる。


「彼は、皆さんを護ろうとしていました。私たちの言葉は今までどおり聞こえないふりをしていただいて構いません……ですが、彼の……清武君の言葉だけは、どうか汲んであげてください。よろしくお願いします」


 再び頭を下げる白兎さんに合わせて、俺も頭を下げる。


 Bチームの面々は、困ったような顔で、ずっと指導をしてもらってきた恵梨子の方を見る。


「私は、アンタ達のママじゃないわよ。私の顔色伺なんてしてないで自分たちで決めなさい」


 決断を上位者に委ねたいという甘さを恵梨子に見透かされ、Bチームの面々は顔を俯かせる。


「そうね……ダンスをやってる身からのアドバイスならしてあげる。この2人のダンスの実力については、アンタ達は散々教習動画で観てきたでしょ? その自分の見立てに従いなさい」


 突き放したと見せかけての、絶妙な恵梨子の助け舟により、Bチームの面々の目に、覚悟を決めたような光が宿る。


「賛成」

「俺も賛成」

「異議なし」


 短い言葉だが、Bチームの面々から、はっきりと賛同の声が得られたことで、俺は一安心する。


 Sugarの方は片付いた。あとは百花繚乱の方だ。


「そうなると、百花繚乱のセンターは白兎さんにお願いしたいね」

「うん」


 こちらからその案を切り出そうとしていたのだが、何とBチーム百花繚乱グループから自発的に、提案がなされた。


「私で……いいのですか?」


 白兎さんも、ビックリしたように訊ねる


「白兎さんなら、全パートの動きが頭に入ってるでしょ?」

「全パート分の教習動画を撮るなんて大変だったでしょ。あれ、凄く役に立ったんだよ」

「今まで御礼も言えなくて、ごめんなさい。本当にありがとう白兎さん」


「皆さん……」


 口々に感謝の言葉を述べるBチームの面々に、白兎さんは思わず目頭を熱くしている。


「話はまとまったわね? じゃあ、時間無いから、すぐにそれぞれ合わせをする! 出番まであと15分だから速く動く!」


 話がまとまった瞬間、恵梨子がパンッ! と手を叩いて号令をかける。


 これ以上議論をしている余裕は無いと、残り時間を示して、すぐに動くように指示をするのは、まとまった話に蒸し返しの議論を起こさせないためだ。


 ダンス指導をしていた立場を利用した、見事な集団コントロールだった。


 指示をされ慣れている恵梨子からの号令に、Bチームは素直に動きだす。

 ここでSugarと百花繚乱でグループに分かれて、出番の直前まで動きを詰めることになる。


 直接話せるのは、今が最後のチャンスかもしれない。


「白兎さん」

「はい本牧くん」


 白兎さんの顔には覚悟と、闘志がみなぎっていた。


「いっちょ、やってやろう」

「はい!」


 力強くハイタッチをして別れ、俺と白兎さんはそれぞれのグループの中央へ向かった。


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