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第24話 地雷と悲劇

「だからな、言ってるだろ? お前にとっても悪い話じゃねーじゃん」


 決定的な場面でゴールを外したサッカー選手のように、茫然と佇み固まっている白兎さんをよそに、何とか先に再起動を果たした俺は、屋上の入口の踊り場から、ドアを少しだけ開けて様子を伺う。


「どこがいい話だ!」

「あーん? お前、誰に対してその物言いなんだ? クラス締めてる俺が、直々にこっちのグループに陰キャのお前を入れてやろうって言ってんだ」


 口論になっているのは、1軍リーダーの沼間君と、文化祭BチームのSugarのセンターである清武君だった。


 温厚な清武君に似つかわしくない、怒気のこもった声にまず驚いた。

 沼間君の方が、何やら彼を懐柔しようとしているが、断られているという所だろうか。


 とは言え、日頃のクラス内での1軍ボスとしての傍若無人な態度が平常運転になってしまっているせいか、沼間君は説得をしなくてはならない立場にも関わらず、清武君の態度にイラついてきているという感じだ。


「その交換条件が、わざと文化祭のダンスのステージで失敗しろだと⁉ 恥を知れ!」


 ……なんて卑劣な。


 沼間のあまりな申し出に、俺ですら怒りが込み上げてきた。

 一体、清武君がどれだけ、あのSugarのダンスの習得に努力したのか。


 あのクォリティは、ただ講師の恵梨子の指導が良かったというだけでなく、清武君が影で相当な自主練習を積んだからだ。


 その努力を台無しにするような真似を……


「そんな事言っていいのか? あ? こっちは、別にお前もシカトの対象にするって脅しすかすだけって方法も取れたんだぜ? それじゃあんまりだって事で、こっちのグループに入れるっていう恩賞をつけてやってるのに」


「…………」


 これは、断ったら清武君を俺や白兎さんや明浩のように、シカトの対象にするという沼間の脅しだ。


 それが解ったのだろう、清武君も黙り込んでしまう。



「あ、あの……」


「わっ! ビックリした! って、ええと……喜多さん?」


 走って来たのだろうか。Bチーム百花繚乱のセンターの喜多さんが息を荒げながら話しかけてきた。


 すぐに喜多さんと名前が出てこなかったのは、俺が彼女の顔や名前を忘れてしまったからではなく、今日の喜多さんの容姿が普段と違うからだ。


 普段は三つ編みに丸メガネなのに、今日はコンタクトレンズで、髪はお洒落な編み込みをしてまとめていた。


「あの……こっちに清武君は来てないですか?」

「清武君? それならこの先の屋上に……って、今は止めた方が良い!」


 俺がすぐそこに清武君がいると言うやいなや、屋上入口のドアに手をかける喜多さんを、俺は慌てて止める。


「放してください!」

「ちょっと冷静に!」


 すぐにでも飛び込んで行きそうな喜多さんを止めるために、俺は止む無く喜多さんを後ろから羽交い絞めにする。


 その喧騒によってだろう。

 さっきの俺との色々な未遂でオーバーヒートで固まっていた白兎さんが、かなり遅れてではあるが再起動した。


 そして、再起動の後に広がっている光景を目にする。



「なんで……なんで喜多さんが本牧君に抱かれてるんですか……? 何これ……夢? あれ……? そこ、私の……どこからが夢で、どこからが現実……?」



 生気の無い目で、俺と喜多さんのワチャワチャを茫然と眺めて壊れた音声付自動人形のような独り言を呟く白兎さんに、色々と釈明はしたいところなのだが、今はその余裕が無い。


「白兎さんも手伝って!」

「手伝うって何をです⁉ わ……私の気持ちを知った上で、他の女の人との行為を手伝えと⁉」


「いや、行為って……」


 ただ、一緒に喜多さんを抑えるのを手伝って欲しいだけなんですけど。


「私も、ちょっとくらい強引に迫られたりとか、ベッドの上で『止めて……コワいの……』って懇願しても構わず好き放題されちゃったりといったシチュエーションは好きですが、こういう趣味はありません! 地雷カテゴリです!」


 あー、もうっ! 滅茶苦茶だよ!


 白兎さんは、秘めたる性癖を暴露するは、喜多さんは抑えていないと、今にも清武くんと沼間の間に割って入って行ってしまいかねないしだし。


 と、俺たちがマゴマゴしている間に、向こうで進展があった。


「断る。これは俺だけの問題じゃない。皆の努力を自ら汚すなんて死んでも嫌だ。無視でも、何でもすればいい。俺だけで済むなら、安い犠牲だ」


 おお、清武くん、はっきりと断った。

 卑劣な誘いをはっきりと拒絶したことに安堵して、つい手元の力が緩んだ。


 あっ! と思った時には、もう遅かった。


「もうアンタ達にはウンザリしてるのよ! だから、清武くんを無視するなら、私も……私もシカトの対象に加えなさいよ!」


 俺の腕の中から抜け出て屋上に出た途端、喜多さんが大きな声で、沼間に決別宣言をする。


「な⁉ ばかっ! すみれ、お前まで来ちゃ!」

すぐと一緒なら、私……」


 この時、清武くんは急な喜多さんの登場に驚いて、振り返るような体勢を取っていた。


 だから、空手をやっている清武君でも気付けなかった。

 沼間がの位置を一気に詰めて、清武君の胸倉を掴むのを。


 そこからは一瞬だった。


 沼間はおでこを天に仰がせると、思い切り己の頭蓋の重さを乗せて、そのまま清武君の顔面に叩きつけた。


「ギッ!」


 清武君から、今まで人生で聞いたことが無いような、骨の音なのか清武君の苦悶の声なのか解らない音が上がった。


 人の強さとは何か?

 本当に強い人は優しいとか、そういう禅問答の話では無い。


 ただの原初的な人と人との取っ組み合いという意味での争いにおける強さとは、どれだけ相手を躊躇なく傷つけられるかだ。


 人を殴ったりするのは、その力を奮う者にも強いストレスがかかる。

 だから、人というのは、本当の緊急時や感情が爆発した時にしか、真の意味での暴力は振るえない。


 だが、時にそのリミッターを容易く外せる人間がいる。


 沼間が恐れられていたのも、こういった性質があったからだった。

 中学時代にかなりの暴力事案を引き起こしていた事が入学時から噂で飛び交い、その恐怖を利用して、沼間は1年4組を支配下に置いていたのだ。


 目の前で繰り広げられる突然の暴力に、情けないかな、俺はフリーズしてしまっていた。


 そんな中、一早く動けたのは喜多さんだった。

 それが、新たな悲劇を生む。


「止めて! 止めてよ!」


 喜多さんは泣きながら走っていく。


 マズい!

 俺も、慌てて喜多さんの後を追いかけて走る。


 だが、スタートが遅かったせいで、喜多さんの方が先に沼間と清武君が組み合っている所へ到達してしまう。


地面に組み伏した清武君を、マウント体勢で尚も追撃せんと握った拳を振り上げる沼間の腕を、喜多さんが抱き込むようにして止めに入る。


 しかし、沼間はそれをまるで意に介さず、喜多さんが腕に絡まったままで、再度勢いよく

拳を振り下ろす

その結果、喜多さんは地面に激しく叩きつけられる。


「沼間ぁぁあ!」


 先程の振り下ろしは、喜多さんが腕に絡んだおかげで、ほぼ不発に終わってしまった。

 それを見てか、すぐに沼間は再度、拳を振り上げた。


 マウント体勢で見下ろし、標的である清武君の顔面しか見ていなかったためだろう。

 どうやら、沼間も怒りで我を忘れていて、周りの視野が狭くなっていたようだ。


 俺の声に反応して、前方へ顔を上げた沼間の上半身に、俺は走り寄った勢いそのままに飛び蹴りを繰り出した。


 咄嗟の動きだったが、いわゆるドロップキックのような形になり、清武君の上でマウントしていた沼間が吹っ飛んでいく。


 俺は格闘技もプロレスもやったことがないが、格闘技の動きを取り込んだトレッキングをダンスに活かせないかと習っていたことがあったので、その動きが上手くハマった。



「なんだ、随分騒がしいじゃんか。こちとら奨励会の対局明けで、まだ眠……」


 ここで、ナイスなタイミングで明浩が重役出勤してくる。

 そう言えば、昼過ぎにいつもの屋上で集まろうって話になっていたのを忘れてた。


「明浩! 喜多さんを早く保健室へ運べ!」


 ボタボタとおびただしい量の鼻血を流す清武君に肩を貸して何とか立ち上がらせると、俺は明浩に叫ぶように指示した。


「は⁉ ちょ! 血が! どうしたんだ⁉」


「話は後だ! 喜多さんを背負え!」


 頭を打ったかもしれないので、本当はあまり動かすべきではないのだが、沼間がいる場所に置いて、保健医の先生に来てもらうまで、悠長にこの場になんていられない。


 沼間の方を見ると、吹っ飛んだ先の屋上のフェンスで頭を打って呻いている。

 見たところ出血はしていないし、ぶつけたのは柔らかい金網フェンスだし、頭突きするくらい頭が固いんだから、あっちは大丈夫だろう。


「わ、わかった!」

「白兎さん! 喜多さんの補助を頼む!」


「わ、わかりました!」


 突然の惨劇にショックを受けつつも、白兎さんは青い顔をしながら、喜多さんの身体を抱き起こした。


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