第22話 文化祭デート
『これより、文化祭を開始します!』
校内放送のスピーカーから、各教室に文化祭の開会宣言が流れた。
各教室のそこかしこから、拍手と歓声が上がる。
普段、集会をする学生ホールは、すでにステージ発表用にセッティングされているので、開会式と閉会式については、各クラスの教室で行われるようだ。
これは、直前まで準備をしているクラスにとっては有難いことだろう。
「じゃあ、そういう訳で午後2時00分からのステージの20分前までに各自で学生ホールのステージ裏に集合だ。それまでは自由時間だから、各自楽しむように。なお、この1年4組の教室は、先に説明した通り、来客の休憩スペースとして使用されるので、各自貴重品の管理は徹底するように。以上、解散」
担任の久木先生は、パパッと事務連絡を伝えると、さっさと職員室へ戻って行ってしまった。
さて、じゃあここに長居は無用だし、とっとと文化祭に繰り出そうと白兎さんの方を見ると、白兎さんも同様だったのだろう。
目が合って、白兎さんがニコッと笑い、教室のドアへ目線を流す。
その目線に俺は微笑んで頷き、自分の席を立ち、教室の出口へ向かう。
と、教室の出口へ向かう間に、俺はある異様さに気付いた。
何人もの生徒が疲れ切って、しばらく自席から動けなかったり、重い身体を引きずるように、所属する部活の出し物のシフトへ向かうという様相が拡がっていた。
それらの生徒は一様にゲッソリとして、目の下にクマが出来ている。
いずれも、Aチームの生徒たちだった。
特に目を引いたのが、菅原美穂さんだ。
席に座りながら背中を丸めて、まだ季節的に早いひざ掛け毛布をお腹の辺りに挟んで、眉間にシワを寄せながら脂汗をかいている。
毛布でお腹の辺りを温めているのは、腹痛を和らげるための処置だろう。
かなり体調が悪そうだ。
大丈夫かAチームは? と思い、思わず1軍リーダー様たち御一行の方を見ると、こちらもいつもの元気はないようで、疲れた顔を見せている。
直前なのにダンスの猛練習でもしたのだろうか。
予行演習の際にBチームのダンスの出来に触発されて、練習を頑張りすぎたのかもしれない。
しかし、当日にこの状態は、良いコンディションとは到底言えない。
これでは……
「まぁ、彼らは体力もあるし何とかなるか」
俺は嫌なイメージを想像してしまったが、それを振り払いたいため、根拠の薄い楽観論にすがって、それ以上考えることを止めて教室を出た。
何と言っても、これから白兎さんと文化祭デートなのだから。
◇◇◇◆◇◇◇
「最初はどこへ行きましょうか?」
白兎さんがウキウキした様子で、文化祭プログラムの冊子を開く。
「お昼前に恵梨子のダンス部の公演があるみたいだから、それはマストだよね」
「まずは部活系の出し物に行ってみます?」
「それより食べ物がいいかな。先に食べとかなきゃ、人気の出店のメニューは昼前に売り切れちゃったりすることもあるらしいよ」
「アハハッ! じゃあ、食べ物の出店ブースはこっちですね」
「よく解るね白兎さん」
文化祭のプログラム冊子のマップも見ずに、迷いなく移動を始めた白兎さんに訊ねる。
「今日が楽しみなので、昨晩ベッドの中でプログラム熟読しちゃいましたから。どこのクラスが何の出し物か、全て頭に入ってますよ」
「何でそんなに気合入ってるの?」
「だって、振替休日の日にラビットマウンテンを本牧くんが案内してくれるじゃないですか。その時に、ラビットマウンテンの中なら、本牧君もマップなんて見ないでしょ?」
「そうだね。アトラクションからショップの場所まで頭に入ってるよ」
「だからです。それなら私は文化祭マスターにならないと! って思って頑張りました」
よく見ると、文化祭のプログラムを何度も開いたせいだろう。
大した紙質の冊子ではないので、文化祭開始直後なのに、白兎さんの持っている冊子はすでに大分ヨレヨレだった。
俺がラビットマウンについて精通しているのは、長年を掛けて培って来たものなんだから、そこに張り合わなくてもいいのに。
白兎さんは、案外負けず嫌いなんだな。
この文化祭を通して、彼女の芯の強さだったり、最近は本当によく笑うようになっただとか、今まで見えていなかったものが見えるようになった。
「じゃあ、今日は白兎さんにエスコートしてもらおうかな」
「はい。じゃあ、まずはフランクフルトからですね。代々、人気がある出店みたいですよ」
女の子とのデートで男がエスコートしてもらうって言うのも。何だか変だけど、白兎さんが張り切ってるから、ここは彼女に任せよう。
しかし、俺的には男女2人で遊んでたら、イコールそれはデートだと定義しているが、この認識で大丈夫なのだろうか?
この間の、ラビットマウンテンへ男女が2人きりで回ることへの意味を考えてくださいと白兎さんに怒られたが……
君は君で、文化祭を男女2人きりで回ることの意味を理解しているのか? と俺は白兎さんに反問したい。
なにせ、開場により校内に入ってきた来場者の男共からの視線が痛いのだ。
特徴的な薄紫色の髪をなびかせる少女に一瞬目が奪われたという風に歩みを止め、その直後に、その少女がピッタリと身体を寄せて笑顔を向ける俺が視界に入り、口惜しそうに俺の方を睨む。
これが、先ほどからすれ違う、外部の来場者の男共の典型的なリアクションだった。
それプラス、在校生からは「おお⁉」と、意外な組み合わせという好奇の目が向けられる。
容姿的に白兎さんと俺が釣り合ってないのは自覚してますよ……
そんな視線に白兎さん本人も気付いているはずだけど、俺がさりげなく白兎さんのパーソナルスペース外まで距離を空けると、彼女はすかさず、スススッと俺の近くに寄り添ってくるのだ。
別に、お互いパーソナルスペースに入ったら不快に思ったり、落ち着かないという訳ではないんだけど、白兎さんの位置取りは、まるで監督の指示を忠実に守るサッカーのディフェンダーのように徹底していた。
おかげで、俺はもろもろの視線にさらされながら、学内を練り歩くことになった。




