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第21話 文化祭前日と約束

「あの、本牧くん。これ……」


 旧校舎の屋上。

 白兎さんが、胸に宝物のように大切に抱えていた物を俺に渡そうとする。


 なんだろう?


 2人以外、誰もいない屋上……


はにかみつつ、前のような迷いが無くなった表情の美少女……


屋上の風になびく綺麗な薄紫の髪……


 これって、もしや……!


「昨日、お借りしたハンカチです」

「あ、ハンカチね」


 絵面やシチュエーション的に、ラブレターでも渡されるのかと思った。

 Bチームのダンスのリハーサルを見て感動して号泣してた時に渡したハンカチか。


「助かりました。あの時、本牧君のハンカチが無ければ、持っていたクラスTシャツを涙と鼻水でグチャグチャに汚してしまう所でした」


 そう笑いながら渡された、1日ぶりに俺の手元に戻ってきたハンカチを俺はしばらく無言で見つめてしまう。


 って事は、このハンカチが、白兎さんの涙と鼻水を一身に受け止めたって事だよな……


 何というか……それって、俺がまた使っちゃっていいの?


「あっ! 一応洗濯したんですけど、ひょっとして、本牧君はこういうの気にしちゃいますか? そうですよね……他人の体液が染み付いてしまったハンカチなんて汚いですよね。ごめんなさい! そのハンカチは私の方で処分して、新しい物を……」


「いやいや! 気にしない気にしない! 使う使う! 全然、使うから!」


「で、でも無理してませんか? 本牧君。顔が赤いですよ」


 それは、体液だ、使うだとか、そこはかとなく卑猥な響きになってしまっていることに照れてしまっているだけです!


「大丈夫だから。ありがとう!」


 俺は慌てて、ハンカチを制服のズボンのポケットにねじ込む。


「そう言えば、この場所で2人きりって珍しいですね」


「そうだね。今日は文化祭の前日で、恵梨子はダンス部公演の総監督として、最終チェックで忙しいし、明浩は今期三段リーグの対局だからな」


「明浩君、明日の文化祭本番は大丈夫ですかね? 対局の後はいつも寝込むって言ってましたけど」


「這ってでも来るってさ。多分、寝坊はするだろうけど、公演の時間には間に合わせるって」


 将棋の三段リーグは今日が初戦だ。

初戦は一斉対局日だし、文化祭の前日だから日程をずらしてくれなんて言えないそうだ。


 まぁ、文化祭当日にマル被りするよりはマシだろう。


「こういう、お祭りの前日ってワクワクしますね。皆忙しそうにしてるけど、どこか楽しそう」


 屋上から見下ろすと、そこかしこの教室前の廊下や広場の飾りつけが行われている。


「そうだね。まぁ、俺たちはサボってるけどね」

「ふふっ、私、こうやって行事をサボるなんて初めてです」


「ハハッ、俺も。不良だね俺たち」

「はい、悪い子です」


 屋上のフェンスにもたれかかって、皆が忙しくしているのを眺めて、白兎さんと笑い合う。

 何か、こういうのも青洲だな。


「とは言え、うちのクラスはステージ発表だけですから、教室の飾りつけとかは要らないのは楽ですよね。後は、最終チェックだけですから」


「ああ。恵梨子を介して、前日は通しの最終チェックをしたら、後は早めに切り上げて早く寝なさいって指示してる。練習し過ぎて疲れを本番に残す方がマズいから」

「最後まで、お疲れ様です」


「ううん、全然だよ」


「それで、あの……文化祭本番前で少し気が早いかもなんですが……1つお願いが……」


 モジモジと白兎さんが何やら言いにくそうにモジモジする。


「お願い?」


「はい……あの! 文化祭の後の土曜日って、本牧君は空いてますか?」


 逡巡していたが、意を決したというように白兎さんが、俺の予定伺いをしてきた。

 明日の文化祭は木曜日に実施されて金曜日は撤収作業がある。


「空いてるよ。文化祭が荒天で延期になると、撤収作業が土曜日にずれ込む可能性があったから、ラビフェスのシフトも入れてないし」


「じゃ、じゃあ! 私、ラビットマウンテンに行きたいです! 本牧君と一緒に!」


 何だか一世一代という感じに力がこもったお願いだが、そんな気張らなくてもいいのに。


「ハハッ!そんな事か OKOK! 一緒に行こう」

「む……」


 あれ? 俺は了承の返事をしたはずなのに、白兎さんは何故か不満そうに頬を膨らませる。


「白兎さん?」

「本牧くんは、女の子とラビットマウンテンに行くの慣れてるんですか?」


「はい?」


 突然、話があらぬ方向に行ってしまい、俺は困惑した声を上げてしまう。


「私が必死の想いで誘ったのに、何だか本牧君の返しが軽いです」


「いや、白兎さんもラビットマウンテンが好きになってくれたのは嬉しいよ。俺のキャスト同伴無料パスも気兼ねなくドシドシ使ってもらいたいから」


「もう! そうじゃないです! 本牧君は、ラビットマウンテンオタクを自称しているのに、その点の認識が徹底的に世間とズレてます」


「え? ズレてる⁉」


 まさかの白兎さんからのダメ出しに焦る。

 これは、ラビットマウンテンの重度オタクとして、また、ラビフェスのダンスのお兄さんとしては看過できない問題だ。


「女の子が異性と2人でラビットマウンテンという夢の国にお出かけしようと誘う、特別な意味です」


「特別な意味……? どういう事なの? 教えて白兎さん」

「それは……自分で答えを見つけてください!」


 答えを言いかけて、白兎さんは慌てて顔を背けて俺を突き放した。

 真のラビットマウンテンファンならば、ただ教えてもらうだけではなく、己で答えに辿り着いて見せろという事か。


「うん、解った。じゃあ、このラビットマウンテンのお出かけは、俺たちの文化祭の打上げみたいなものだね」


「あ……そうなると、楠くんや篠田先輩も誘わなきゃでしょうか……」


 そう言いながら、目に見えてシュン……とする白兎さん。


「たしか、その日は明浩が、恵梨子のお祖父さんに指導対局に行く日だって言ってたよ」

「じゃ、じゃあ!」


「あの2人との打上げは別の機会を設けて、土曜日は俺と白兎さんで行こうか」


「はいっ!」


 シュンとしたり、喜色満面の顔になったりと、コロコロ表情が変わる白兎さんを見て笑う。


「楽しみだね。前回、午後の授業をサボって遊びに行った時は、途中で俺がラビフェスのステージに入らなきゃいけなかったから。今回は1日フルで遊ぼうね。どんなコースで回るか考えないと」


「楽しみにしてます。でも、熱中し過ぎて、明日の文化祭本番に寝坊しないでくださいね。困っちゃいますから」


「困る? 明日の本番は、ただBチームのステージさえ見れば良いだけだから、俺は別に居なくても……」


「何言ってるんですか。午前中は、文化祭は一緒に回りましょう」


「あ、そうか……自分のクラスの出し物のことで今日まで頭がいっぱいで、その視点を忘れてた」


「本牧くんが居ないと、私は一人ぼっちで文化祭を巡ることになります」


 白兎さんが独りぼっちで文化祭を……


 俺は、具体的に頭の中でその状況を想像してみた。


 白兎さんは、薄紫色の綺麗な髪に整った顔立ちという美人だ。

 そんな美人が、校内を1人でウロウロしている。


 明日の文化祭には、外部からも客が来る。


 内部事情なんて知らない、お祭り気分に浮かれた男の客が、1人でトボトボ歩いている白兎さんを見かけたらどうなるか……


 これはいけない!


「明日は、絶対1人にしないから」

「は、はい。絶対ですよ」


 何だか過保護というか、ちょっと束縛の強い彼氏みたいな事言ってるなと、言ってから気付いたが、まぁ、言われた当の白兎さんがくすぐったそうにしつつも、嬉しそうにしていたので良しとしよう。


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