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第20話 Aチームの不協和音

(ガンッ!)


 1年4組の教室へそそくさと戻って来ていたAチームの面々しかいない中、その重苦しい空気をマイナスな意味で打ち破る音が響く。


「どうなってんだよ⁉ こりゃあよ!」


 手近にあった机を蹴り飛ばし、苛立って荒げた声をあげる沼間が、誰へ宛ててのものかわからない質問を投げかける。



「「「「…………」」」」



 重苦しかった空気さらに、嫌な緊張感が重ねがけされ、誰も沼間の問いには答えられない。


「落ち着け一陽。あの差は、単純に指導者の差だろ」


 クラスTシャツを通学カバンに仕舞いながら、唯一、この重苦しい空気の中で、いつものように発言する、1軍ブレーンの滝本の言葉が響く。



「ごめんなさ……私の……力不足で……」


かすれて振り絞るような声で、ダンス部所属で、今回のAチームのダンスの監修を務めた菅原美穂が涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にする。


 Bチームのステージを見ている時からなのだろう、その目は泣きはらしたように赤く充血していた。


 下手にダンス競技歴があるだけに、Bチームのレベルや練度の高さがよく解り、Aチームの中で誰よりもショックを受けていた、


「すまない、美穂を責めてるんじゃないんだ。キャリアも経験値も上の篠田部長と1年の美穂を比べる方が間違ってる」



「んで、どうすんだ竜司? このままじゃ、俺たちAチームは文化祭当日、ただの奴らの前座だぞ!」


 泣き出してしまった菅原にすかさず滝本がフォローの言葉をかけるが、それを無視してか或いは気付きもせずに、沼間が苛立ちの言葉を重ねる。


「どうするも、こうするも、どうしようもないだろ」

「ああ⁉ 色々あんだろうが! Bチームの奴らに、当日は手を抜けとか、わざとミスれとか!」


「それは下策だよ一陽」


 メタルフレームのメガネの奥から、まっすぐとした視線を向けて、滝本が沼間の提案にはっきりと拒否を示した。


 珍しい滝本のNOの言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした沼間だったが、直ぐ後に顔を紅潮させる。


「んだと⁉」

「さっき、担任の久木にもバッチリBチームのダンスの出来は見られてただろ。今さら、俺たちレベル以下まで落とすと素人でも気づかれる。そうでなくても、向こうにはダンス部の篠田部長がついているだろ」


「ちっ! あの女……久木も、これならステージ部門で優勝がとか調子に乗りやがって……」


 先程のBチームがダンスのリハーサルを終えた後は、久木はまさに喜色満面な顔で、指導した篠田部長の手を握って感謝の言葉を述べていた。


 もし受賞したら、自分は何の労力もかけていないのに、クラス運営の実績としてカウントされるので、たしかに担任の久木としては最高だろう。

 なお、クラスからシカトされている3人が、ステージ上にいなかった事にすら久木は気付いていなかった。


「向こうのダンスの出来に関して干渉すると、こちらが圧力をかけた事まで芋づる式にすぐにバレる。Bチームに口止めしようとも、篠田部長から追及されれば白状する者も出てくるだろう」


「じゃあ、俺にあいつらの引き立て役になれって言うのか⁉」

「どうせ皆には、見事なBチームのダンスしか記憶に残らんさ」


 食って掛かる沼間に自嘲気味に滝本が返す。


 ただ、滝本も別に自暴自棄になっている訳ではないようで、


「もう一度言うが、Bチームには下手にこちらから干渉しない。彼らの頑張りでクラスに栄光をもたらしてくれるならそれで良し、失敗したなら今まで通り。こちらが大きく得もしないし、損もしない」


 きちんとリスク分析をして落としどころというか、引き際を冷静に見極めての判断のようであった。


「なら正攻法だ。これから、文化祭本番までひたすら練習だ! あと、Bチームみたいなド派手な振り付けや照明演出も、もう一度見直すぞ!」


 しかし、1軍リーダー様はそういった時勢は読めていないようであった。


 長期的な意味での成功や成果よりも、自分が目立つのか否か、自分が気持ちが良いか否かだけが判断指標なために、感情的になる。


「え⁉ それはちょっと……文化祭本番まであと3日しかないのに……それに照明の演出とか、私よく解らなくて……」


「一陽、練習をするのは俺も賛成だが、こんな直前に振り付けを変えるのは無謀だ。それこそ……」


 一斉に反対の言葉を述べる、菅原と滝本に、ついに沼間の怒りが爆発する。



「いいからやれ! てめぇら、出来ない出来ない、言い訳ばっかりしやがって! クラスのあたまの俺の指示に従え! 美穂! 明日の朝までに、新しい演出とダンスの構成考えとけ!」



 それは、追い詰められた指揮官が陥りやすい楽観的、希望観測的、反論する部下すら敵に見える思考で、負け戦の典型パターンであることを、沼間はもちろん知らない。


 本番まで練習をと自分で言ったにも関わらず、沼間は自分の通学バッグを引っ掴んで教室を出て行ってしまった。


 残されたAチームの面々は無言であった。


 まるで、パワハラ上司に説教された部下のように、うなだれて何も出来ずにいる。


 明日の朝までに、新しいダンスの振り付けや照明の演出を考えて来いと無茶な指示を与えられた菅原美穂が、スンスンと泣く声だけが1年4組の教室に響く。



「思ったより早かったが、そろそろ切り時かな……」



 ボソッと滝本がこぼした独り言は、泣いている美穂を慰める他の女子生徒の声にかき消されて、教室にいる誰にも届かなかった。


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