第19話 リハーサルで度肝を抜くBチーム
「照明パターン、これで合ってますか?」
「センター位置のバミリテープそこね? じゃあ、次は音響チェックです」
学生ホールのステージ上では、慌ただしく裏方の人たちが動いている。
立派な学生ホールなので、音響や照明についても良い設備が整っている。
照明や音響スタッフは、演劇部員と文化祭実行委員が担っていて、中々本格的だ。
ちなみに、Bチームの音源と照明オーダーについては、ダンス講師をしてくれた恵梨子が作成したという体にしているが、実際は俺が演出、作製したものだ。
「こうしてステージを観てみると、何だかこっちまで緊張しますね」
「そうだね。これが、発表会で自分の子供の出番をハラハラしながら見守る親御さんの心境なのかな」
「なんで、高校生なのに親目線なんだよ」
俺たち3人は、客席後方の目立たない位置からコッソリと1年4組の、文化祭ステージの予行演習の様子を見守っていた。
指導をしたダンス部部長の恵梨子も客席の前方にドッカリと陣取って存在感を放っている。
そして、その横には
「おー、上手いもんじゃないか」
先にAチームのダンスを見た久木先生は、バチバチと大袈裟に拍手をしていた。
結局、久木先生は、時たま練習間所に顔を出して、ものの5分くらいですぐに職員室に戻っていくという感じで、練習から進捗管理まで、全て生徒に丸投げ状態だったらしい。
それだけ、場を仕切っている学級委員長の滝本君を信用しているのかもしれないが、それにしたってである。
どうやら、久木先生は管理職試験を目指しているらしいので、そのために研究会などに頻繁に参加するなどして実績作りに余念がなく、その分、クラス運営などの通常業務はおざなりで、あまり生徒や同僚教師からの評判は良くないという話を、3年生の恵梨子から聞いた。
そういう意味じゃ、恐怖政治でとは言え、1軍メンバーがギッチリとクラスを統制・掌握している現況は、むしろ久木先生的にも都合が良いのだろう。
「それにお揃いのクラスTシャツも良いな」
「Tシャツの背中には、1年4組の楷書と太陽を模したマークです。美術部の奴にデザインしてもらいました」
「最初は、『久木組』って入れようとしたんですが、1年4組の楷書と被ってゴチャついてしまったので、残念ながら不採用でした」
沼間君が、背中を先生に向けて自慢すると、すかさず学級員長の滝本君が、頭をかきながら、冗談めかしてさりげないフォローを入れる。
「ハハハッ! そのバージョンも見てみたかったな」
上機嫌な久木先生だが、おそらく、久木組のデザインを検討した云々は滝本君の考えたでまかせだろう。
背中の太陽のマークは、沼間くんの下の名前。一陽から来ているモチーフだろう。
「クラスTシャツで自分の名前を誇示するとか、独裁者も真っ青だな」
「自己愛が凄いよな」
明浩と俺がコソコソ話で、クラスTシャツのデザインの由来を知って素直に引いていると、
「私は、この太陽は本牧くんの下の名前の陽がモチーフだと思ってますから」
そう言って、こっそり持って来ていたクラスTシャツを胸にギュッと抱きながら白兎さんは、先ほど窺い知ったクラスTシャツの由来を全力で記憶から消して上書きするつもりのようだ。
そのTシャツ、凄く気に入ってるもんね、白兎さん。
「それで、専門家の見地としてAチームはどうだった陽? 素人目からすると、別に形にはなってたように見えたけど」
明浩が、ニヤニヤしながら俺に見解を聞いて来る。
「ん~、別に文化祭のステージはコンテストじゃないから優劣をつける場所じゃないからな~」
「そういう綺麗ごとはいいんだよ!」
「だひっ!」
「2人共、静かにしてないとバレちゃいますよ」
明浩に脇腹を小突かれて変な声が漏れたのを、白兎さんにシーッ! と、制される。
「Sugar組、準備!」
幸いにも、俺の奇声は、ちょうど恵梨子が号令をかけ、Bチームの面々がステージ上で配置につく際の喧騒にまぎれたおかげで、周囲には気付かれなかったようだ。
「危なかった」
「で、どうなんだよ? Aチームと比べて、我らが味噌っかすの寄せ集めのBチームは?」
「そうだな……」
Bチームの、Sugarのグループの面々がステージ上で配置についた。
恵梨子に鍛えられ、統制された動きには一切の迷いがない。
配置についたのを見届けた恵梨子が、手を挙げると、ステージ上の照明が消える。
「見ての通り、うちの圧勝だ」
俺がそう言うと同時に、Sugarnoのイントロがステージのスピーカーから発せられ、照明がトップサスという所謂、頭上から挿すスポットライトでセンターのダンサーだけを浮かび上がらせる。
光はかなり弱く、センターのダンサー1人を辛うじて照らしあげるが、身体の周囲に影を纏わせる。
ただ、それ故に動きの良さというのが如実に解る、ソロ部分では定番の照明演出だ。
Sugarはサビ始まりの曲なので、ダンス的にもいきなり盛り上がりどころなため、このような冒頭を目立たせる演出にした。
Sugarのセンターを務めるのは、清武真司君だ。
彼はBチームのご多分に漏れず、運動能力は高くないが、空手部に所属していて、形の競技を得意にしていると小耳に挟んだことを想い出し、俺がセンターに抜擢したのだ。
実際に躍らせてみると、空手の形の競技でも重要な採点項目である、それぞれの突きや蹴りの技終わりをビシッと止める極めや、それぞれの技の力強さが、見事にSugarのカチッ! カチッ!とした動きにマッチした。
その圧巻のソロムーブでイントロを終えるかと思われたタイミングで1フレーズを残して、PARライトが一斉に光の筋を放ち、ステージ全体を明るく白く照らし出す。
BチームのSugarグループの8名が一斉に、両腕を上部でスピーディーに振り、それがグループ全体でまるで一つの扇形を描き出す見事なシンクロした動きを見せる。
「「「「おおおおお!」」」」
照明演出により突如現れたメンバーと、息の合った頭サビの一番の盛り上がりどころの、揃った動きのダイナミックさに、思わず観客席から感嘆の声が自然と上がる。
正直、この冒頭で勝敗は決している。
この演出で、客席は一気にこのステージに没入してくれる。
だからこそ、ここの動きについては、最も手厚く指導をしてもらうように恵梨子に要望したし、流石にダンス用として本格的とは言えない照明とスタッフで出来る、最大限の照明演出を考えた。
その後のAメロ、Bメロのポップな動きも、上手く処理する。
ここの動きは、正直に言って原曲の振り付け通りだと、動きが細かくてテクニカルすぎて、初心者では短期間での習得がキツイ。
故に、ここは簡略化した振り付けにして負担を減らす。
ただ、決して手を抜いている訳ではなく、きちんと要所はおさえた振り付けになっているので、ダンス全体で見ると、言われないと解らないほどにスムーズな動きとなり、故にグループ全員の振りがきっちり統制がとれて揃えられている。
ここがAチームとの決定的な違いだ。
Aチームはダンス部や運動神経の良い者たちの集まりで、ある程度なら見よう見真似で出来てしまう。
故に、原曲通りの振り付け再現で練習をしていたので、要所で揃わない箇所が出てくる。
人によって、どうしても曲の中で突っかかる部分があり、苦手な箇所であるがゆえに自信がなく動きが小さくなっている者がいたりで、全体で見ると動きにバラつきが出てしまい、故にステージ全体で見ると目に付くのだ。
ここでSugarも佳境に入る。
最後のサビに入り、今度はサビの頭から、先ほどの揃った動きを披露し盛り上げ、最後のサビの余韻につなぎながら、終曲でセンターの清武君を中心に決めポーズの人差し指を口元に立てて、シーッと『内緒だよ』といたずらっぽく笑うところで終曲。
ステージ上にいるSugarのグループにはやり切った笑顔があった。
(パチパチパチパチ)
予想をはるかに超えるBチームのSugarの完成度の高さに、客席にいるAチームの面々が絶句する中で、1人、客席に腕組みをして座っている恵梨子の無機質な拍手だけが響いた。
「はいOK。次、百花繚乱」
間髪を入れずに、恵梨子が事務的にステージの入れ替わりを指示する。
恵梨子の指示を受けて、今度はBチームの百花繚乱メンバーがステージ上に出てくる。
先程のSugarメンバーも迅速にステージ上から掃けたため、すぐに次の曲である百花繚乱のメンバーが配置につく。
「あ、喜多さん、ダンスの時はメガネ外してコンタクトレンズなんだ」
そう、ボソッと横にいる明浩がセンターの喜多さんを目で追いながら呟くと同時にミュージックが流れ始める。
百花繚乱は、可愛らしいモーションが多いダンスで人気の曲だ。
なめらかな動きで、Sugarと違って冒頭はゆるやかな始まりだ。
百花繚乱はゆったりとしたペースで、振り付けの習得は割と容易に見えるが、手技は全体が揃っていないと綺麗に見えない。
こうした複数人でのダンスショーでは、何よりも全体が揃っていると、それだけで美しく見えるのだ。
そして、Sugarがトライアングルと逆トライアングルの2種類の隊列フォーメーションであったのに対し、百花繚乱は複数種類のフォーメーション転換が何回もある。
縦2列で中央にセンター単品からの、サークル型への転換と、目まぐるしくダンサーの配置が入れ替わる。
ただのダンスの授業ならば、フォーメーションは横1列か横2列の固定で踊るのでも十分だが、ここはSugarとは逆に、原曲のダンスの再現を追求した。
フォーメーション移動は、メンバーがフォーメーションごとの動きや配置を頭と身体に叩きこまなくてはならないので、恵梨子の指導もここにかなりのリソースが割かれたらしい。
その甲斐あってのスムーズなフォーメーション移動は、一見すると当たり前に動いているように見えるが、それは影の血のにじむような合わせの練習の賜物だ。
フォーメーション移動については、ダンス部の部員の方にも協力していただいて、教習動画を作成した。
そして誰より大変だったのは、白兎さんだ。
なにせ、百花繚乱の全てのポジションの動画を作成するために、全ポジションの振りとフォーメーション移動を頭と身体に叩き込んで、あまつさえポジションごとのポイントや注意点まで添えて、教習動画に落とし込んだのだ。
百花繚乱の曲が間奏に入った所で、俺は横にいる白兎さんの横顔をチラッと盗み見た。
まだ曲は半分残っているが、すでに白兎さんの涙腺は決壊して大粒の涙を流している所だった。
白兎さん自身が、全部のポジションを経験していて苦労が解るだけに、今、自分の目の前で百花繚乱のメンバーがここまで統率のとれた見事なダンスを見せてくれた事が、我がことのように嬉しいのだろう。
俺は、無言でハンカチを白兎さんに押しやる。
「この涙は、頑張った人だから流せる涙だよ」
と、心の中で呟きながら。