第17話 Bチームダンス練習開始と1軍ボスの返り討ち
「はい、これで全員集まった?」
文化祭の準備期間ということで校内がどこも慌ただしい中、視聴覚室にダンス部部長の篠田部長の声が響く。
集められている1年4組文化祭Bチームの面々は、この場になぜ自分たちが集められているのか解らに戸惑った様子でザワザワとするばかりだ。
「これだけ人数がいて、何故私の問いかけに誰一人返事をしないの? 1年4組Bチームは全員揃ってるの? 揃ってないの?」
「「「「…………」」」」
決して大きな声ではないが、ずっしりと腹に響くような重たい声が、即座にBチームの面々は沈黙する。
「1年4組Bチームは全員揃ってます」
沈黙が流れる中、1人のメガネの三つ編みの女子生徒が声を上げた。
重苦しい空気に耐えかねてではあろうが、自ら真っ先に矢面に立てる者は、大人しい性格の者が多いBチームの中では貴重であると言えた。
「全員ねぇ……」
そんな勇気を出した女子に、篠田部長は吐き捨てるように、嘲りを混ぜた言葉を返す。
この反応で、Bチームの面々は、このダンス部部長がこの1年4組の特殊事情である、特定の3人を集団シカトしているという状況を把握しているのだと悟り、うつむく。
「まぁ、いいわ。私から事前に伝達したとおり、Bチームのダンス指導については、私、ダンス部部長の篠田恵梨子が務めます、よろしく。それでは早速、曲とメンバーの振り分けを……」
「お話し中、すいません。ちょっと失礼しますよ、篠田部長」
早速、恵梨子がダンスについての説明を始めようとした所で、突如、視聴覚室の入り口から声がかかる。
「誰、あんた?」
「沼間一陽、1年4組を締めてるもんっす」
恵梨子の問いかけに、1軍リーダーの沼間がのっそりと歩きながら、視聴覚室に入ってきた。
「聞かない名ね。Bチームの生徒一覧のリストには無かった名だけど」
「あ、俺はAチームなんで」
3年の先輩を前にしてという場面を考えると、沼間の話し方は少々なっていない。
服装もワイシャツの裾がはみ出し乱れている。
恵梨子もその点に不快感を感じてか眉をしかめているが、一先ず話を続ける。
「そう。じゃあアンタは関係ないから、出てってくれる? 指導の邪魔だから」
「篠田部長。そのダンス指導なんですが、こっちのAチームへお願いしますよ」
恵梨子の指示を無視して、沼間が要求を突きつける。
お願いの体をとってはいるが、その言葉には、もう自分の中ではこれで決めてるんだという、実質的に相手の意見を聞く気は無いという雰囲気をまとっていた。
「理由は?」
「こっちのAチームの方が運動神経の良い奴が集められてるんで、篠田部長もそっちのが指導してて楽しいと思いますよ~ こっちは味噌っかすチームなんで」
突然のクラスの1軍リーダーの登場に困惑していたBチームは、沼間の言葉に羞恥とわずかばかりの怒りの感情からか、顔を歪ませる。
「クラスメイトにかける言葉にしては、言葉が過ぎるわよ」
「すんまっせん。それで、篠田部長にはAチームの指導をお願いしますよ~。教えた奴らのステージが残念な出来じゃ、篠田部長の名誉に傷がつくでしょ~?」
言葉だけで、ちっとも自分の態度を反省なんてしていないのが丸わかりな声で、沼間は強引に話を戻す。
「私が依頼を受けたのはBチームの指導であり、別楽曲であるAチームまでは手が回らない。よって、あなたの提案は却下よ」
「いやいや、篠田部長、話聞いてました? こいつらの指導は要らないんでAチームの指導を頼んますよ」
話の吞み込みが遅いなと言わんばかりに、少し苛立った声で沼間が、認識をあらためるよう恵梨子に促す。
「すでに楽曲選定と、メンバーの振り分けも事前に済んでいるの。その苦労を無下にして、一からアンタ達の曲選定や適性確認から、私にやり直せって言うの? 私も暇じゃないんだけど」
沼間の苛立ちを一向に意に介さないどころか、自分の仕事を無為にするのか? と、恵梨子が逆に上級生としての威光による圧をかける。
「いや、それはその……」
流石に沼間も正面切って先輩の恵梨子に、そうだ、一からやり直せとは言いづらかったようで言いよどむ。
沼間の攻め手が緩んだ所で、恵梨子が畳み掛ける。
「Bチームが運動神経に不安があるチームなら、尚の事、指導には熟練者が就くべきでしょ。Aチームには、ダンス部員の美穂がいるでしょ。なら、あの子の指導で大丈夫よ。なにせAチームは運動神経が良いんだから」
「…………」
先程の沼間の主張を上手く取り込んだ上で反論する恵梨子のカウンターに、とうとう沼間が沈黙する。
「これで話は終わりね。じゃあ、アンタはとっとと帰って、まずはAチームの選曲決めからやりなさい。美穂には私の方から言っておくから。はい、じゃあ曲とメンバーを発表するわよ」
すでに決定事項と言わんばかりに、今後のAチームの指針まで決めてしまい、恵梨子は沼間との話は打ち切り、Bチームの指導を再開する。
沼間は、憮然とした顔で恵梨子の方を睨むが、それ以上言葉は出ず、すごすごと視聴覚室の出口へ向かう。
「あ、そうそう。一つ忠告」
そんな沼間の後姿に、恵梨子が思い出したように声をかける。
「……なんっすか?」
「そうやって、先輩でも女だからって見下す癖は早急に直しなさい。そういうの、やられてる方は気付くから」
「……失礼しました」
恵梨子の忠告の言葉には反応せず、沼間は事務的に退室の挨拶だけを残して、視聴覚室から去っていった。
「さて、余計な横やりが入ったわね。にしても、あんたらも大変ね」
クラスの1軍リーダーたる沼間を、見事撃退して見せた恵梨子の言葉に、Bチームの面々からは乾いた笑いが起こった。
その笑いには、普段はその一挙手一投足を注視して、どうか自分が目を付けられないようにとビクビクしていなくてはならない沼間が退散したことへの、爽快感もあってのことだろう。
「まぁ、あんなのをのさばらせてるのは外ならぬアンタ達なんだから、同情は一切しないけどね」
Bチームの中に流れた、少し弛緩した空気がまたもやピリッと緊張感が走る。
『決して、お前たちを護るために沼間を撃退した訳ではない。自分は慈愛に満ちた便利な番犬ではないぞ』
と突き放す恵梨子に、Bチームの面々は自分たちの甘さを痛感させられ、再び顔を伏せることになる。
「じゃあ、まずは曲から。教材用の動画をまずは流すわ。最初は、大画面で皆で観た方が良いからこの部屋にしたのよね」
重苦しい空気を意図的に無視して、恵梨子が手際よく、スマホと視聴覚室にある大型モニターを映像出力コードでつなぐ。
「まずは1曲目。百花繚乱ね」
恵梨子のスマホの画面共有の画面が、前面のモニターに映し出される。
映し出された動画を観て、その場にいたBチームの面々は息を呑んだ。
そこには、画面の中央で笑顔でダンスを踊る白兎さんの姿があった。
男性アイドルグループの軽快な音楽に合わせて、振りが解りやすいように大きな動きでポーズを決めつつ、歌詞の口ずさみも、大きな口で堂々と動かすことで、次の振りのタイミングが計りやすいように、動画を観る人が解りやすさに重点が置かれた動画であった。
そして、歌詞のテロップと共に、
『ここは足先を動かすのではなく、臀部を軸に動かすのを意識した方が良い』
『一見、腕を回すような動作に見えるけど、腕を高速で交差させる意識でやると綺麗に見える』
と、踊る上でのポイントもテロップとして画面に映し出されていた。
「ったく……私がレッスンで言いたいこと、動画で先回りして言ってくれちゃって、あのムラサキ」
口ではそう悪態をつきつつ、恵梨子は怒っているようには見えず、むしろ嬉しそうだった。
「正直、私はこのムラサキに対して、個人的にあまり良い感情を抱いてないんだけど、それでもダンスを本気でやっている身として、この動画は素人ながらあっぱれと褒めてやらざるを得ないクォリティだわ」
何故、このダンス部部長は白兎さんを嫌っているのかという点に?(ハテナ)マークが頭上に浮かんでいるBチームの面々だが、動画の出来については同意なようで、そこかしこから「凄いね」と好意的な感想がコソコソと交わされている。
「しかも、センターだけじゃなくてポジションごとの振り、フォーメーション移動まで、それぞれポジション別に動画作ってるのよ。この教習動画を作るために、どれだけ本気で練習して、時間をかけて撮影したんだか……」
「「「「…………」」」」
Bチームの面々が黙り込む。
モニターに映る少女が、クラス中から無視を喰らっていて、無理やり文化祭のダンスのBチームのリーダーを押し付けられているのを、彼ら、彼女らは見ている。
そんな過酷な状況でも、画面の中の彼女は笑っていて、無理やり押し付けられた役割を全うしている。
何も出来ず、イジメに加担している自分たちのために。
可哀想だと内心では同情をしつつも、自身があの立場にならなくて良かったという安堵もまた感じている己を恥じ入る。
「この動画は、後でこのBチームのグループチャットルーム作って共有しとくから。さて、この百花繚乱のセンターは、ええと……喜多菫」
「は、はい!」
名前を呼ばれた三つ編みメガネの女子生徒は、慌ててその場に立ち上がる。
「ああ、さっき最初に返事した子ね。良いわね、そうやって損な役回りを率先して出来る責任感の強い子はセンター向きよ」
「は、はぁ……」
菫は何故自分が選ばれたのかという疑問顔をしていたが、先回りするように恵梨子が選定の理由を述べた。
「とは言え、センターはグループの顔たるポジションだから、ことさら厳しく行くわよ」
「は……はい……」
ニッコリと笑う恵梨子の迫力に、菫は顔を強張らせつつも、了承の返事を返した。