第16話 頑張り屋の白兎さん
「この頃より上手くなったよな……」
「何、見てるの~? 陽君」
ラビットシアターの演者控室で、椅子に座ってスマホの動画を観ていると、今日の相棒の芽依お姉さんが後ろから覗き込んで来る。
ちょっと……芽依お姉さん、顔が近い。
「お疲れ様です芽依さん」
「あ! 女の子がダンスしてる動画だ。可愛いね~ この子、陽君と同じ高校生かな?」
「そうですね」
「陽君もこういう同年代の子に興味あったんだ~ ラビットマウンテンの重度オタクだから、てっきりそういうのに興味ないのかと思ったのに」
「そうですね」
「私も相当なラビットマウンテンオタクだけど、陽君には流石に負けるな~」
「そうですね」
「って、ちょっと私の話ちゃんと聞いてる~? 陽君」
「そうですね」
「うりゃっ!」
「わひゃ⁉ 何するんですか芽依さん!」
「私が話しかけてるのに生返事してた罰で~す」
不意打ちで、白鳥のくちばしのようにした手刀で脇腹を小突かれて、俺は思わず変な声を上げてしまった。
「すいません。ちょっと考え事してて……」
「この女の子のダンスの動画を観て? 何々~ひょっとして画面の向こうの彼女に恋しちゃった? お姉さんに話してみてよ~」
まるで、ラビットマウンテン内でラピッドやバニィちゃんを見つけた子供のように、グイグイと芽依お姉さんが食いついて来る。
女の人ってこういうのが本当に好きだな。
「いや、この動画で踊ってるのはクラスメイトですよ。文化祭でクラスの出し物でダンスをやるので」
「お~、文化祭。青春だね~ それで、出し物がお家芸のダンスなのを良い事に、陽君は可愛い女の子のクラスメイトに、ご指導ご鞭撻してる訳だ」
「何だか言い方がエロおやじみたいですよ芽依さん」
お嬢様系のホンワカお姉さんで、子供から大きなお友達まで大人気の芽依お姉さんだが、ファンがこの様子を見たらなんて思うのだろう。
「でも陽君は当然ながら、皆の指導係をしてセンターで踊るんでしょ?」
「いや、それは……」
俺は、つい言いよどんだ。
ちょっと、今のクラスと俺の置かれた状況があれなので、ちょっと説明がしづらい。
「さっきの動画、クラスの女の子でしょ?」
「ええ。彼女は、楽曲のリーダーですから。熱心ですよ」
「動画自撮りして、陽君がチェックしてアドバイスしてる訳だ~。休日にも熱心で良い子だね」
「そうですね」
彼女は、白兎さんは本当に頑張り屋だ。
◇◇◇◆◇◇◇
【時は数日前にさかのぼる】
「はぁ……はぁ……」
「そろそろ終わりにしよう白兎さん」
息が上がっている白兎さんに、俺はペットボトルのスポーツドリンクを渡しながら声をかけた。
「もうちょっと……御厚意でこのスタジオを貸していただいているんですから、時間いっぱいまでは頑張らせてください」
荒い息をして額の汗を手で拭いながら、白兎さんは集中を切らさずにいた。
「うん、解った。じゃあ、もう一回、頭からやってみようか」
「はい!」
今、俺たちはスターライツ芸能事務所のダンススタジオで、文化祭の課題曲、百花繚乱の練習をしていた。
本来は、所属タレント専用のスタジオなのだが、ちょっと無理を言って、白兎さんの利用も許可をもらったのだ。
ダンスの練習をする時は、やはり大きな姿見の鏡が有るか無いかで上達効率が全然違う。
振り付けを覚える時に、教材動画と同じ視点で確認ができるし、自分がどう客席から見えているかを意識しながら振り付けの細かい動きをチェックしたりと、姿見の鏡はダンスの必須アイテムと言えるので、俺が白兎さんを連れてきたのだ。
そんな、俺にとっては日常の場所だが、今日は何だか落ち着かない。
原因は、やはり白兎さんだ。
白い無地のTシャツに黒色のジャージという地味な格好だが、髪型は動きやすいポニーテールにして、毛束がダンス時に暴れないようにキャップを被ってまとめている。
ダンスの時にはオーソドックスな格好で、普段、スクールレッスンの生徒で見慣れているはずなのに、何でクラスメイトの女子が普段と違う髪型や、服装だとドキドキしてしまうのだろうか。
(それにしても、よく頑張るな)
隣で踊りながら、俺は横で踊る白兎さんの真剣な顔をチラリと盗み見ながら思った。
本来、シカトされている俺たち3人は、講師役であるダンス部部長の恵梨子を招致できた時点でお役御免だ。
後は恵梨子に任せて、課題曲をBチームの面々に伝えてダンス指導をしてもらえば、ちゃんとステージは形になるだろう。
文化祭のステージ当日に俺たち3人はどうするかまだ決めてないが、サボるか、ステージの片隅で目立たないように混ざるかのどちらかだろう。
だから、彼女が、俺に課題曲 百花繚乱の指導を依頼してきた時は、てっきり、文化祭の当日にステージの片隅で踊ることになった際に、恥をかかない程度に振り付けを覚えたいという意味かと思った。
だが違った。
白兎さんは、ただ一方的に押し付けられた役回りのリーダーの職責を十二分に果たすことが出来ないのを心苦しく思っているのだろうか。
リーダーを任された以上、せめてこれだけは……と白兎さんが提案してきたアイデアに俺は賛同して、こうして白兎さんのダンスの練習に付き合っているのだ。
周囲からあんな目にあってきたのに、彼女はどこまでも優しく、そして強い人だった。
だからこそ、俺も心が動かされたのだ。
狭い世界で王様を気取る奴らの幼さを陰で笑いつつ、戦う事を面倒がって半ば追認していた俺とは大違いだ。
彼女がどうか報われて欲しい。
俺は、横でキラキラと汗のしずくを振りまきながら踊る、白兎さんの幸せを願わずにはいられなかった。
そろそろメインの話が動き出したって感じですね。
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あと、作者の活動報告にて、11月4日から発売のU-15サッカー日本代表だけど部活は幼馴染と一緒の文芸部ですの、ここでしか見られないキャララフイラストを新規に公開しましたので、そちらもどうぞ。