第14話 教え子で先輩
篠田部長に連れられて入ったのは、学生ホールの1階にあるミーティングルームだった。
ダンス部と演劇部が共同で使っているのか、衣装や舞台セットに使うと思しき木材などが置かれていて半ば物置と化しているが、辛うじて部屋の中心の打合せテーブルとイスはまだ埋もれずに無事な状態だ。
「あの、それで篠田先輩、お話が……」
(ガクンッ!)
俺が話を切り出そうとすると、篠田先輩が突如片膝を地面につけてしゃがみ込んでしまう。
「篠田先輩、大丈夫ですか⁉ お身体の具合が……」
俺は慌てて篠田先輩の元に駆け寄る。
「はぁはぁ……急な先輩呼びは反則ですってば」
「……はい?」
荒くなった呼吸で苦しそうに胸の辺りを抑えながら、篠田先輩は恍惚の表情を浮かべる。
何かヤバいクスリとかやってないよね、これ?
「すいませんコーチ。いつもは恵梨子って呼び捨てなコーチから、不意の先輩扱いにクラッと来ちゃいました」
「恵梨子って……え⁉ スターライツのプロ志望コースの恵梨子か⁉」
「はい。すいません、本牧コーチ。すぐに挨拶できず」
ようやく息を整えたのか、篠田恵理子が床から立ち上がり、腰を折って詫びる。
ダンス部部長の篠田先輩は、なんとダンススクールでの俺の教え子だった。
「恵梨……篠田先輩って、同じ学校だったんですね」
「グハッ! だから、先輩扱い止めてください!」
再び篠田先輩が床に這いつくばる。
何か、高重力下で修行してる人みたいだ。
「いや、学校では先輩なんですから、そこはちゃんとしないと」
「日頃は、ダンスの先生と生徒の関係で厳しくご指導いただいているのに、学校ではちゃんと先輩扱いしてくれる可愛い後輩くんに変化するとか、ギャップ差で死んでしまいます! 私も今日初めて、本牧コーチと一緒の学校だって知って歓喜してたのに……これじゃ、幸せゲージが致死量に達します!」
篠田先輩が床にうつ伏せになりながら必死に嘆願してくる。
これじゃ、話が進まないから仕方がないか。
「はぁ……じゃあ、人の目がないからとりあえず恵梨子でいいか。それにしても、ダンススクールと学校じゃ大分印象が違うから驚いたよ」
「ダンススクールの時は、いつも髪はお団子に結ってキャップ被ってますからね」
俺が、ダンススクールの時のように、下の名前呼びで、敬語をなくすと、ようやく恵梨子は制服についた汚れをはたき落としながら立ち上がった。
「何かキャラもダンススクールの時とは違ったね。登場時は、なんか迫力あったな」
「そ、それは……ダンス部って、団体競技だけど結構気が強い子が多いので、部長としてまとめるには絶対的な力でリーダーとして君臨しないとなので……」
照れくさいのか、恵梨子は自分の髪の毛先を指でクルクルと遊ばせながら答える。
菅原さんみたいな、各クラスのカースト上位が集まってる集団だから、色々苦労が多そうだ。
「恵梨子はダンススクールでは熱心な生徒って印象だけどね。よく質問してくるし」
「は、はい……! あの、本牧コーチの授業は的確で解りやすいし、私より年下で、世界トップダンサーの登竜門であるラヴニール国際ダンスコンテスを受賞なさって既にプロになってて、尊敬してます!」
真っすぐでキラキラとした目は、先ほどの迫力満点の篠田部長ではなく、ただのダンス好きの少女である恵梨子のものだった。
「ありがとう。それで、話がすっかり脱線しちゃってるけど、さっきの学生ホールでの話なんだけど」
「はい。何があったんですか?」
俺は、ここで事情をかいつまんで話した。
ただ、経緯を説明するには、やはり俺のクラスで起きている集団シカトの事を話さざるを得ず……
「それで、俺もクラスからシカトを受けててね」
俺が話を切ると、恵梨子が無表情になっている事に気付いた。
まぁ、聞いていて愉快な話じゃないからな。
「任せてください本牧コーチ。まずは、あの腐れ1年の美穂を即刻退部にします」
まるで瞳孔が開ききったのかと錯覚するような冷たい石のような目で、無表情のままユラリと恵梨子が立ち上がる。
「ちょっと、それは駄目だって!」
「何故止めるのですか? ラヴニール国際ダンスコンテストを史上最年少で優勝した方への粗相のケジメをつけさせなくては……とりあえず生爪から行っておきますか?」
「取り敢えず生爪って何⁉ 怖いわ!」
言っていることがマフィアのそれだ。
ダンス部って、やっぱり怖い!
「しかし、報復を……贖罪を……」
「そっちの問題はクラスの事だから、こちらで何とかするよ。それより、当座の問題はクラスの文化祭の出し物のダンスなんだ。その事で、是非、ダンス部部長の恵梨子に頼みたいことがあるんだ。君にしかできない事なんだ」
「私に出来ることなら何なりと♪」
ふぅ……何とか話題が変わったことで、元の恵梨子に戻ってくれて良かった。
また、あのマフィアのボスモードに戻られては敵わんので、サッサと話をしてしまおう。
「是非、ダンス部にBチームの指導をお願いしたいんです。よろしくお願いします」
俺は、会議イスから立ち上がり、腰を折ってお願いをした。
いくら、恵梨子はダンススクールの教え子だから、恵梨子から敬語は止めてくれと言われていても、ここは筋を通さなくてはならない。
ましてや、教えるクラスは色々な問題を抱えているという面倒臭い状況だ。
普通なら、断られて当然だ。
「解りました。1年4組の文化祭での協力要請をダンス部部長としてお受けします」
「ありがとうございます」
「あ、頭を上げてください本牧コーチ」
ワタワタとしている恵梨子を尻目に、俺は頭を下げ続けた。