第13話 ダンス部へ頼みに行ったけれど……
「本牧君。帰り、一緒にいいですか?」
授業が終わって帰りのホームルームが終わるやいなや、白兎さんが俺の席の方に来て微笑みかける。
ちょ……白兎さん。
あんまり目立つ動きしないで。
1軍リーダー様がジトッとした目線で睨んでるよ!
「すいません、教室じゃ話せないですから、いつもの所で」
パタパタっと小走りで先に行く、白兎さんの後ろを俺は慌てて追いかける。
「外部から講師を招くのはどうでしょう?」
いつもの旧校舎の屋上に連れていかれて、開口一番、白兎さんが提案する。
ああ、例の文化祭のダンスBチームの事か。
正直、勝手にリーダーにされて困ってるとボイコットしてしまうというのも一つの手かな? という事を、午後の授業中にスマホのメッセージアプリで明浩と相談していたのだ。
しかし、この手は本当に最終手段だし、この手を使ったら、いよいよ俺たちは腫れ物扱いが決定的になるから、あまり取りたくはない。
少なくとも、白兎さんは今のところ前向きな解決策を考えているようなので、今は他の策を探すことにするかという話になった。
なお、明浩は今日も将棋の研究会があるとかで、終礼のチャイムと同時に駆け出して行った。
「外部の講師を招いて、ダンスの振り付けのレッスンを受けるって訳だね」
「はい。それなら、無視されている私や本牧くんの指示や指導を受ける訳ではないので、Bチームの人たちが、演目となるダンスを習えます」
「うん、良い案だね。ただ、学外の人間をダンスの講師とするのはちょっとハードルが高いな」
「それは、金銭面ででしょうか?」
「そうだね。あと、学校側にも許可を取らなきゃいけないけど、その動きは間違いなくAチーム側にも捕捉されて、横やりが入りそうだね」
Bチームだけズルいとか、合同レクチャーをとか言って邪魔されるのは目に見えている。
「なら、Bチームの面々で講師のいるスタジオに習いに行くというのは?」
「習いに行く際の日時等の連絡調整がハードルになるね」
ったく、何だよこの縛りプレイ。
連絡が出来ないとか何なんだよ。
同じ言語を話し、平日は毎日強制的に一緒の空間にいるのに、事務連絡すら出来ないって。
あらためて異常な状態のクラスだなと認識をあらたにした。
「そうなると、学内の人間で、Aチーム側も強く出られない人からのレクチャーなら良いという事ですか?」
「そうなるね」
「じゃあ、学校のダンス部の人に頼むというのはどうでしょう?」
「確かに、条件には合致するけど……」
俺はつい、言いよどむ。
先程から、白兎さんの案にケチをつけてばかりで心苦しいが、それも恐らく無理だろうからだ。
文化祭は、ダンス部にとっては晴れの舞台だ。
野球の甲子園やサッカーの国立の舞台とは違い、大半の部活は大会やコンテストまで部活外の者が応援に来るという事はほぼ無い。
そんな中、学校の文化祭では多くの人に見てもらい、認知度とあわよくば新規部員の獲得といった絶好のアピールの場だ。
故に、ダンス部は現在、必死に文化祭での演目の練習をしている所だろう。
そんな中で、果たしてクラスの出し物に対して、人員を割いてもらえるのか……
「難しいかもしれませんけど、当たって砕けろです。今から行ってみましょう」
フンッ! と気合十分な白兎さんだが、このヤル気の高さは、やはり自身が原因で皆を巻き込んでしまっているという負い目があるからだろう。
「うん、そうだね。行ってみよう」
彼女を今支えられるのは俺だけなのだから、ここは一緒に付き合おう。
そんなこんなで方針が決まった所で、俺と白兎さんはダンス部の活動場所である、学生ホールへ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「本牧くんって、ダンスつながりでダンス部の方にお知り合いっていないんですか?」
「いや、残念ながらいないんだ」
「そうですか……いざ来てみましたけど、これはちょっと勇気が要りますね」
「そうだね」
この学校には学生ホールという、全校集会をするためのホールがある。
全校生徒が座れる座席シートと大きな舞台があるのがその大きな特徴だ。
文化祭の公演系の出し物も、ここでやることになる。
そして普段は、この学生ホールではダンス部と演劇部が交代で部活動の活動場所として使用しているのだ。
その規模のデカさには正直圧倒されるし、そんな所に部外者が入ってくると必然的に目立つ訳で。
「あ~、独り言だけど、何か空気悪いわね~」
1人の女子がこちらに近付いてきて、俺と白兎さんのいる方向とはまるで違う方向を向きながら、独り言を張り上げた。
独り言にしては少々、声量が大きすぎる。
「あ~、ウサギの振りしたキツネが紛れ込んでたのか~ 通りで臭い訳だわ~」
明らかに悪意のこもった言い方に、白兎さんが顔を強張らせる。
キツネというのは、人を化かす妖かしとして、男を騙す女の事を示す隠喩だろう。
目の前にいる菅原美穂は、クラスの1軍メンバーで、たしかダンス部だったな。
時折、休み時間の教室でスマホで動画を大音量で再生しながら、ダンスを披露して悦に浸っている。
その時に見たダンスを見るに、高校に入学してから部活で初めてダンスを始めたという感じだ。
基礎は部活でちゃんと習えているけど、昼休みに踊るのは実力不相応な難易度の曲の物が多いので、見る人が見ると結構無様な部分が目に付く。
「菅原さん。頼みたいことがありま」
「あ~ キツネって、可愛い顔して何かヤバい菌や病気もってるんだっけ? そんな菌もらうなんて御免だから、ウロチョロしてないで早く消えてくれないかな~ 目の前から」
意を決したように話しかけた白兎さんの声に被せて、菅原さんは相変わらずこちらを見ようともせず、腰に手を当てて虚空に向かって辛辣な言葉を吐く。
「…………」
「帰ろう、白兎さん」
明確な悪意をぶつけられ、顔を俯かせた白兎さんを背中に庇うように隠し、俺は撤退を促した。
この空気で、ダンス部に依頼というのは無理そうだったからだ。
初っ端に同じクラスの部員に出くわすのはついていなかかった。
白兎さんも、その点を感じ取ったのか、トボトボと学生ホールの出口へ向かう。
「次の男は随分しょぼいのね~ まぁ、男がいないと生きていけない女だから仕方ないか~」
俺たちが退散していく背中に、さらに毒が吐かれる。
そのあんまりな白兎さんへの侮辱に、俺の方も流石に怒りがこみあげてきて、菅原さんの方を振り返る。
が、俺の方は怒りを込めた視線を向けることしか出来ない。
ダンス部への協力要請をする上では、ここでトラブルを起こすのはマズい。
その事を、菅原さんの方もお見通しなのだろう。
ニヤニヤとしながら、こちらを見ている。
情けないが、ここは黙って去って出直して……
「私の事を悪く言うのは構いませんが、本牧くんの事を悪く言うのは止めてください!」
ビックリするような大きな声で、白兎さんが菅原さんに抗議の声を上げた。
ホール内に声が響き渡ったため、他のダンス部員からも何事かというような視線が集まる。
「な……何よ」
思わぬ反撃を喰らったせいだろう。
菅原さんも、つい白兎さんの剣幕に直接反応してしまう。
「本牧くんは勇気があって格好いい人です。貴女に彼の何が解るんですか!」
普段の淑やかなイメージに似つかわしくない迫力を纏っている彼女の姿は、しかしそれでも気品を失わない凛としたものだった。
って、怒ってるのそこ⁉
というか、先述のとおり、ここで騒ぎを起こしてしまうのは悪手だ。
「ちょっ! 白兎さん、抑えて」
俺は慌てて止めようと、白兎さんの腕を掴むが、白兎さんはズンズンと菅原さんの方へ向かっていき、菅原さんの目を真っすぐに険をたたえた視線を突きさす。
白兎紫野
その名を表す通りの薄紫色のつややかな髪をたたえた美人の怒った目線というのは、とても迫力があった。
1軍メンバーという事で、グループから追放される前は普通に友人として接していた経験値があるであろう菅原さんですら、彼女の視線の迫力に完全に気圧されている。
「一体、何の騒ぎ?」
その緊迫した空気を切り裂くように、1人の制服姿の女子がホールの客席階段をこちらへ降りて来た。
「篠田部長! お疲れ様です!」
「「「「お疲れ様です‼」」」」
この学校のダンス部も結構体育会系なのか、先輩後輩の上下関係は厳しいようだ。
周りの部員も、菅原さんもビシッと屹立して大きな声で挨拶する。
「美穂、経緯を説明なさい」
周囲から、篠田部長と呼ばれていた女子が菅原さんに説明を求めた。
篠田部長はキャラメルブラウンの明るい色の髪にゆるくウェーブをかけた少し派手めな印象を受ける。
ただ、よく見るとアクセサリーの類は身につけず、制服もごく一般的な着こなしだ。
白兎さんもそうだが、正統派美人というのは、着飾らなくとも、ただ王道の着こなしをするだけで十分に映える。
「えっと、その……」
腕組みをして見下ろす篠田部長から問い詰められて、菅原さんは途端に歯切れが悪くなり顔を青ざめさせる。
先程の状況は、客観的に見れば菅原さんが暴言を連発し、それに怒った白兎さんと諍いになっていたという図式だ。
暴言の内容、果ては当該の諍いの相手はクラス内で絶賛シカト中というクラス事情までに話題が波及した際の、篠田部長の反応がどうなるのかという所に恐れおののいているという感じだろうか。
「すいません、俺の方から説明させていただきます。あ、自分は1年の本牧と申します」
ここで、俺は菅原さんと篠田部長の間に割り込んだ。
別に、菅原さんを助けるためではない。
今、このタイミング、状況ならば、菅原さんからの横やりが入らずに、直接部のトップである篠田部長と協力要請の話が出来るチャンスだと考えたからだ。
「…………」
篠田部長は、間に入った俺の顔をジッと見つめる。
まるで、こちらを見透かすかのように。
正直、虫の良い申し出をするのだ。
門前払いでもおかしくない。
「そう……じゃあ、貴方から話を聞こうかしら。こっちに来なさい」
予想に反し、篠田部長は了承の返事をしてくれた。
目線で、自分についてくるように促してきたので、俺は慌てて篠田部長の後を追った。
「あ、そこの紫色の髪の子は来なくていいわ。用があるのは、諍いをしていなかった彼だけだから」
俺の後ろをついていこうとした白兎さんに、ピシャリと言うと、篠田部長はスタスタと先を早足で歩いて行く。
一瞬、白兎さんと顔を見合わせるが、とにかくこの人に話を聞いてもらうのが最優先なので、白兎さんも大人しく引き下がり、俺だけが篠田部長の後を追いかけた。