第12話 クラス1軍の罠
「はい。じゃあ、このクラスの文化祭の出し物はステージダンスに決まりました」
パチパチとクラス内に、一軍メンバー様たちを除いて義務的な拍手が起こる。
「いや~、文化祭の出し物決めって結構紛糾して、下手したらクラスが真っ二つになったりもするんだが、このクラスは団結出来てて先生助かるな。これも滝本学級委員長のおかげだな」
担任の久木先生は、ガハハッと笑いながら、1軍のブレーンである滝本君の背中をバシバシと叩きながら褒める。
「いえいえ。このクラスは団結は、久木組だからですよ」
クラスの学級委員長の滝本君は苦笑しながら、久木先生へおべっかを使う。
昔かたぎの男性教師で、良く言えば豪放磊落、悪く言えば大雑把というのが、半年間が経過した久木先生のクラス運営を見た、俺の以前の評価だった。
しかし、白兎さんがクラスから集団シカトを受けていた事に気付きもしなかったことから、単なる無能なのでは? という風に評価は下がっている。
「事前に、クラスの皆にSNSでアンケートを取って、意見を取りまとめておいてくれるなんて良いやり方だな。現代の利器を活用した新しい運営で感心感心」
「事前にSNSで皆の意見を募ろうっていうのは、一陽……沼間のアイデアなんですよ。おかげですんなり決まった次第です」
皆の意見を募ったね……
少なくとも、俺は今日のこの場が初耳なんだけどな。
まぁ、クラスから集団シカトされてるんだから当然と言えば当然か。
クラスのグループチャットから締め出されている俺たちは、最初は事態が飲み込めなかったが、何となく今の話で、どういう流れで文化祭の今回の文化祭のクラス出し物決めが行われたのか想像がついた。
クラスの出し物についてはグループチャットにて、1軍リーダー様からお達しがあったようだ。
「俺は文化祭でステージダンスをやりたい!」
そう、1軍リーダーの沼間くんが一早く宣言し、それを他の1軍メンバーが強く賛同するという流れがあれば、他のクラスメイトは正面切って代案を出したり、ましてや反対なんてできないだろう。
そしてアンケート機能で解りやすく、満場一致の回答グラフを久木先生に提示すると。
俺と白兎さんや明浩の分は、適当なサブアカウントでも入会させて、票数とクラスの生徒数を合わせる捏造でもやったのだろう。
しかし、滝本君はそつがないな。
きちんと手柄は1軍リーダーの沼間君に譲って、あくまで影に徹する姿勢は、補佐役として満点だった。
「後はグループ分けや曲決めとか位なので、良ければ先生は職員室で他のお仕事を進めてはいかがですか?」
「む、そうか? 正直、それだと助かるが」
「こっちは後はワイワイやってますから。先生も、毎日残業で大変でしょうし、たまには早く帰宅してお子さんを喜ばせてあげてください」
「そうなんだよ。色々、授業以外の事務仕事が大変でな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか。じゃあ滝本、後よろしくな」
そう言って、担任の久木先生はロングホームルームの時間にも関わらず、学級委員長の滝本君に全て丸投げして教室を出て行ってしまった。
「じゃあ、ステージのグループ分けはこのリストの通りな」
そう言って、滝本君は事前に作成してきた実施計画を配り出した。
準備が随分周到だなと思っていると、資料はちゃんと俺や白兎さん、明浩にも配られた。
「これは……」
その資料を見て、俺はそこに記載された意外な内容に思わず独り言ちた。
◇◇◇◆◇◇◇
「こりゃ、えげつねぇ策だな」
昼休み。
いつもの旧校舎屋上でお昼を食べている時に、文化祭の話題になった。
「えげつないってのはどういう意味だ? 明浩」
「ダンスの片方のグループのリーダーが男女それぞれ本牧くんと私が指名されてることがですか?」
「それもだけど、まずはメンバー分けが露骨だな。ダンス部や運動神経が良いのは、軒並みAチームの方だな」
「そうだな。Bチームには大人し目なキャラの人たちが多いな」
案ではなく、決定稿として渡された実施計画には、クラスの男女をAチームとBチームに分けると記載されていた。
Aチームは男女混合で1曲、Bチームで2曲、クラスで計3ステージを披露するという形のようだ。
人数やクラスに割り当てられるステージの時間的には適正な割り振りではある。
「けど、ステージダンスをクラスの出し物にしたのは何でだろう?」
「よりにもよって、プロのダンス講師の本牧くんをリーダーに据えてですよね。敵に塩を送るじゃないですけど」
「いや、そこは単なる偶然だろ。出し物がダンスになったのは、単に1軍リーダー様が、目立って女子からキャーキャー言われたいとか、そういう単純な理由だろ」
「「ああ……」」
1軍リーダーの沼間くんはきっとセンターで踊るんだろうなという絵面が、俺と白兎さんの頭に浮かんだ。
「じゃあ、私たちをBチームの男女リーダーにしたのは、今回は嫌がらせとしては不発ですね。なにせ、こちらには本牧君がいるんですから」
ちょっと弾んだ声で、白兎さんが展望を述べたが、
「いや……今回の場合は、そこは大してプラスに働かない。今回は、そもそも矛盾した指令が出てるからな」
明浩が即座に、その楽観的な展望を否定する。
「矛盾した指令って言うのは何だ? 明浩」
「大元の指令である、俺たち3人のシカト命令。そして、文化祭ダンスBチームリーダーをそのシカト対象である、陽と白兎さんが担う。これって、俺ら3人以外のクラスメイトの立場で考えたら、どうなる?」
「あ……」
「彼ら彼女らは、陽と白兎さんの指示を聞いて動くことはもちろん、練習について協議や相談すら出来ない。じゃあ、俺たち3人を無視して自分たちだけで進めようにも、Bチームのリーダーは1軍側から指定されてるから、新たなリーダを据えることも指令違反だ。故に……」
「Bチームの人は何も動けないと……」
「矛盾した指令を受けたら、フリーズするしかない。コンピューターのプログラムと一緒だな。よく考えてるよ」
おにぎりを頬張りながら、明浩が憮然としながら称賛の言葉を述べる。
称賛の相手は、おそらくはこの策を弄したであろう滝山君に対してだろう。
「そうすると、今後は……」
「Bチームは何も事が進まずに時間だけが過ぎていき、ステージに穴を空けるか、ろくすっぽ練習出来ていない無様なダンスを披露して恥を晒す。まぁ、その前に何かしらの接触が1軍側からあるだろうけどな」
「……内容は想像できるな」
恐らくは、白兎さんを相手に下衆な交換条件を携えて……だろうな。
「他のクラスメイトを人質に取るような真似を……」
白兎さんの声にも怒りがにじんでいる。
「まぁ、まだ時間はある。ちょっと対応策を考えるか」
特に、良い手立ても浮かばない中、昼休みの終了のチャイムが鳴り、俺たちは少し重苦しい雰囲気の中、その場を後にした。