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第10話 平和なシカトされ生活

「無視されてますね~」

「そうだね~」


 最早、定番になりつつある旧校舎の屋上でのお昼休み。


ラビットマウンテンのレジャーシートに座りながら、白兎さんが水筒に入れて持って来てくれたレモネードを飲みつつ俺は和んでいた。


 絶賛、クラスからシカトされているとは思えない、ある種、平和な光景だ。


「何だか私、今が一番平和かもしれません」

「この集団シカトを喰らってる状態が?」


 俺が思っていた事と同じことを白兎さんが言いだして少しビックリする。


「あの人たちのグループにいた時には、色々立ち居振る舞いに気を配らなくてはならなかったんです」

「そういうものなの?」


「沼間君の絡みをあしらいつつ、それを見てやっかんだ、グループ内の他の女の子への対応にも心を砕かなくてはならなくて……」

「うわぁ……」


 聞いてるだけで、胃が痛くなりそうだ。


「そういう意味では、独りぼっちだった期間も、最初は気楽だったというのは、偽らざる本音でした」


「最初は……ね」

「そうですね。ラビットマウンテンで雨に打たれていた時には、ちょっと色々あって限界だったんです」


「色々?」

「あの日は、お母さんが会社のお仕事の関係でチケットを貰ったので、お母さんと一緒に行く予定だったんです。けど、ちょうどラビットマウンテンの最寄り駅に着いた所で、お母さんの携帯電話に仕事上のトラブルの連絡が入って、結局一人で行く羽目になったんです」


「それで一人だったのか。お父さんの方は?」


「父は10年くらい前に亡くなっています」

「……! ごめん……」


「気にしないでください。そんな訳で、お母さんは女手一つでお仕事をして私を育ててくれたので、文句は言えないんです。余計な心配もかけたくなくて……」

「ひょっとして……学校でこういう状況だってこと、お母さんには」


「言えていないです。だから、ラビットマウンテンでは本当に、この世界で独りぼっちのような気分でしたね」

「そうなのか……」


 イジメって、されてる側のプライドが大きく傷つけられるからな……


 自分が弱者の地位に甘んじている事、集団の中で上手くやれていないという事を、自身の恥部だと感じてしまい、ゆえに最も近しい人だからこそ打ち明けたくないという心理が働いてしまう。


 じゃあ、なんで……


「なんで、白兎さんは俺には打ち明けてくれたの?」

「本牧君には、一番恰好悪い所をすでに見られてしまっていますからね」


 そう言って苦笑する白兎さんの横顔を見て、彼女のこれまでの苦悩を思う。


 集団の中での孤立は、より一層、孤独を実感させる。

 同じ独りぼっちならば、1人で自室に籠っていた方がよっぱど楽だったろうに……


「そんな事ないよ。あれはとても美しかった」

「え?」


 俺が意外な返答をしたせいか、白兎さんが驚いたように口に手を当てて、俺の方を見る。


「不謹慎な言い方かもしれないけど、ラビットマウンテンという夢の国という場所なのも相まって、白兎さんが雨に濡れて佇んでいた姿は、とても神秘的で美しかった」


「神秘的……美し……」

「仕事中だったから、スマホで撮影できなかったのが本当~に悔やまれるよ」


「も、もうっ! 女の子が雨に打たれてる姿を残して、何に使うつもりなんですか!」


ポカポカと白兎さんが、胸のあたりを柔らかく殴ってくる。


 恥ずかしがったり、怒ったり、意外と表情豊かなんだよなというのは、深く白兎さんと関わるようになってから気付いた事だ。


「あのさ……取込み中悪いんだけど、ちょっと相談いいかな?」


 弁当を食べ終えた明浩が、突然神妙な声音で挙手した。


「ど、どうした⁉ 明浩」

「楠くん。何かあったんですか? まさかあの人達から何か嫌がらせを」


 俺と白兎さんは少し、緊張した面持ちで明浩の方へ向き直る。


 クラスから3人でシカトを受けだして、まだ数日。

 特に、明浩は滝本君と色々と正面からやり合ったのだ。


 1軍メンバーからの不興をより買って、何かしらの個別攻撃を仕掛けられていてもおかしくはない。


「あのさ、俺、お邪魔虫じゃね?」


「「はい?」」


「カップルがイチャイチャしてる所に混ぜられて、むしろ以前よりも孤独感に苛まれてるんですけど」


「カップルって?」

「あ? 今、俺の目の前にいる2人以外にいるか?」


「な⁉ そういうのやめろよ明浩」

「私たちは、まだそういう関係じゃ……」


「はいはい、自覚無きイチャイチャですね。イジメでもそうだけど、悪意のない奴らが一番たちが悪いわ」


 憮然とした顔で、明浩は白兎さんのいれてくれたレモネードをグビッと飲み干す。


「まぁ、でも2人の会話を聞いてて、どんな馴れ初めかっていうのは大まかに解ったわ」

「馴れ初め言うな」


「しかし、そうすると白兎さんは陽がやってるラビットマウンテンでのダンスのお兄さんのバイトのことも知ってるんだな」

「最初は、普通のキャストさんだと思ってましたけど」

「2人で学校サボってラビットマウンテンに遊びに行った時に、ダンスのお兄さんの欠員埋めのために急遽頼まれてステージに上がったのも見られてる」


「2人で授業サボって遊園地で遊ぶとか、アオハルエピソードすぎんだろ……。昔はダンスとラビットマウンテンにしか興味ないオタクだったのに」


「将棋オタクのお前に言われたくねぇよ」


「2人は中学時代からの友達なんですよね?」


 軽口を叩きあう俺と明浩の様子を見ながら、白兎さんが質問してくる。


「ああ、そうだよ。陽は当時、ダンスのオーディションやらで忙しくて友達いなくてさ。しゃあないから、優しい優しい明浩くんが友達になってあげたのよ」


「よく言うよ。明浩も将棋将棋で学校休みまくりだったじゃん。俺は中学生棋士になるんだって、ろくに授業にも出ずに盤に向かい続ける滅茶苦茶な生活してて」

「バッ……陽、このバカ野郎! 俺の黒歴史をほじくり返すんじゃねぇよ!」


 あの時の、明浩はトガってたな~。

 まさに中二の頃は、中二病みたいに斜に構えてて。


「ふふっ、夢を本気で追っていた2人だから仲良くなったんですね」

「まぁ、要は変わり者の似た者同士でつるんでたって訳さ」


 あの頃は、2人共若かった……


「いえ、本牧くんも楠君も、そんな年齢から自分の道を決めているなんて凄いです」

「陽、白兎さんっていい人だな」


「だろ? この人は心根が真っすぐな人なんだ」


 俺たちの古傷の抉り合いを微笑ましく見て笑ってくれていた白兎さんは、本当に優しい。


「それで、本牧くん。今日の放課後にその……」


 モジモジと恥ずかしそうにスカートの裾を掴みながら、白兎さんが上目遣いで少し言いにくそうに逡巡しながら俺の方へ視線を向ける。


「ん? ああ、あれね。一緒に行こうか」

「あ、ありがとうございます!」


 白兎さんは嬉しかったのか、思わずその場でピョンッ! と小さく身体を弾ませた。

 ウサギみたいで可愛い。


「ひょっとして白兎さんもハマってきちゃった?」

「は、はい……前は興味ないみたいな事言っておいて、少し恥ずかしいんですけど……」


「ビギナーの頃が一番楽しいからね。手ほどきするよ」

「よ、よろしくお願いします」


 ラビットマウンテンのことは、そこまでファンじゃないって当初の白兎さんは言っていたもんな。

 前回、俺が連れ回したのが結果でラビットマウンテンファンが増えてくれることは、重度オタクの俺としてはとても嬉しいことだった。


「白兎さんは俺と一緒じゃなきゃ駄目だもんな」

「はい」


 ラビットマウンテンへのキャスト同伴無料入場に嬉しそうにしている白兎さんと、白兎さんの願いを快諾する俺を、明浩が何故かポカーンと口を開けた、間抜け顔で見ていた。


「え、何今の……え? お前ら、もう行くところまで行っちゃってるの?」

「は? 何言ってんだ。あ! 明浩も一緒に行くか?」


「行かねぇよ!」


 食い気味に拒否する明浩の顔は何故か赤かった。


「遠慮はいらないぞ。4人までは俺、大丈夫だから」


 俺のキャストのパスでは4人まで同伴無料入場が認められているのだ。


「4人⁉ その歳で、どんな上級者プレイしてんだ!」

「上級者? 普通だろ」


 むしろ、ソロで回る方が上級者で、4、5人のグループでラビットマウンテンに遊びに行く方が一般的だと思うんだが。


「はぁ~、どっちにしろ俺は今日の放課後は将棋の研究会があるから行けねぇよ。っていうか、俺はそういうのは心に決めた人と一緒にって決めてんだ!」


 まぁ、ラビットマウンテンって、国民的テーマパークだから、特別なデートの時に使いたいって考えている人もいるからな。

 意外とピュアなんだな明浩。


「そうか? じゃあ、2人で……って、あ! そうだ、ゴメン白兎さん! 今日は駄目な日だった」

「え?」


 途端に、耳が折れ曲がったウサギのように、白兎さんがシュンとする。


「今日は、ラビットマウンテンとは全然別の仕事なんだ。だから、白兎さんは興味ないだろうから……」


「行きます」

「え?」


「興味あります!」

「まだ何の説明もしてないのに⁉」


 かくして、放課後の予定は決まった。


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