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第1話 夢の国で働けて幸せ

新作の投稿です。

 まるで、絵本の世界に迷い込んだような夢の国ラビットマウンテン。


 世界屈指の、アミューズメントパークの敷地内で、俺、ほんもくようは今、そんな夢の国には似つかわしくない、薄暗い無機質なスペースでその時が来るのを待っていた。


「ラビットフェスティバルはじまるよ~!」


 お姉さんの元気いっぱいな声が野外のステージに響く。

 軽快なミュージックがかかると同時に、舞台袖から俺も元気いっぱいに飛び出していく。


「みんな、こんにちは~!」


 何度も練習を重ねているので、ステージへの飛び出しのタイミングはピッタリで、相棒のお姉さんが反対側の舞台袖から現れて、観客席に向かって同時に手を振る。

ステージダンスショーの観客は、今日も倍率10数倍という席抽選で当選した幸運な人たちだ。


 ショーの冒頭は、俺とお姉さんが並び立っての息の合ったダンス。


 子供も向けのダンスショーとは思えない、この冒頭の激しいロックダンスシーンは、このラビットフェスティバル、通称ラビフェスの目玉の一つだ。


 滑らかでかつ力のこもった振りの動きをビタ止めしつつ、目まぐるしく細かい腕や蹴りの動きを入れたストリートダンスの一種であるロックダンス。


「「「おお~!」」」


 キレッキレのストリートダンスを、子供向けダンスショーの優しいデザインの衣装を着たお兄さん、お姉さんが踊るギャップにより、観客からは感嘆の声が漏れる。


(タンッ♪ タラッタタン!)


 BGMが変調すると同時に、俺とダンスのお姉さんはステージの後方に下がっていく。

 それと同時に、舞台袖からマスコットキャラたちが手拍子をしながらステージに現れる。


「ラピッドだぁ~!」


「バニィちゃ~ん!」


 この世界の主役たちの登場に、子供たちが興奮したように甲高い歓声が飛ぶ。


 後は、MCであるラピッドとバニィちゃんのMC補助をしつつ、最後は観客の皆と一緒に踊って公演は終了となる。


 今日のショーもとても盛り上がったと満足感に浸りながら、俺は笑顔で手を振りながらステージから掃けていった。




「お疲れ様で~す」


 無事に公演を終えて舞台裏に引っ込んだ俺は、演者に労いの挨拶をする。

 なお、俺の挨拶にラピッドとバニィちゃんは、一切声を出さずに手をコミカルに振るだけの応答を返す。


 舞台裏でもキャラの徹底管理。流石のプロ意識である。


「お疲れ! よう君」

「あ、さん。お疲れ様です」


 ミネラルウォーターのボトルをあおりつつ、今日の公演の相棒だった有希お姉さんが声を掛けてきた。


「表情管理のバリエーションが前より増えて良くなってるね」

「ありがとうございます有希さん! 前回の有希さんとの反省会で上がった課題だったんで、重点的に事務所のスタジオでも練習してきました」


「アハハッ! そうやって真面目にショーダンスに取り組むとこは陽君の良い所だね~。高校生の若さで、このラビフェスのダンサーに採用されるだけはあるね」


「すいません。自分のような若輩が、場違いにも……」


 有希さんの高校生云々の話で、俺はちょっと委縮して、小さくなる。


 ラビットフェスティバルのダンスのお兄さん、お姉さんは、このテーマパークのダンスキャストにとっては花形のポジションだ。


 最もダンスが上手く、映えることはもちろん、何よりお客様を楽しませることを第一に考えて振舞えるキャストであることが求められる。


「夢だったんでしょ? ここのステージに立つの。だったら、死んでもポジション譲らないように頑張んなきゃだね。私みたいに」


「はっ、はい!」


 カッコ良く笑う有希さん。

 流石は、ラビフェスで最古参で、かつ人気ナンバー1のダンスのお姉さんだ。


 可愛い顔の裏には、燃えるスポコン魂が見える。

 と、ここで有希さんの背後に忍び寄る人影が一つ、俺の視界に入る。


 俺と目が合ったその人は、「シ~ッ」と口元に人差し指を立てて俺を黙らせると、そのままガバッと背後から有希さんに覆いかぶさる。


「有希ちゃん、何かオジサンくさいぞ~」


「わひゃっ⁉ ちょっ……めい! どこ触ってんのよ!」

「さすが有希ちゃ~ん。節制してるからウエスト締まってますね~」


 有希さんと同じ、ラビフェスのダンスのお姉さんの衣装を着た芽依お姉さんがふざけて纏わりつく。


「芽依さん。お疲れ様です。夜の部のリハですか?」

「陽君こそお疲れ様~。うん、そだよ~夜の部のリハ~」


 抗議の声を上げる有希さんを無視してウエスト周りをサスサスしながら、芽依さんが間延びした話し方で俺への問いかけに返答する。


 有希さんが元気で快活なお姉さんとしたら、芽依さんは、ほんわかポワポワお嬢様系のお姉さんだ。


 実際、芽依お姉さんのご実家は名家で、幼少期からバレエを習っていたそうだ。


バレエで鍛えられた体幹と柔軟性の高さから繰り出される力強いハイキックの高さは、他のダンスのお姉さんには無い武器で、ポワポワ系の見た目とのギャップから、お父さんたちの心を鷲掴みにしている。


「ああ、今日はらいぞうくんとペアの日だから早く来たのね芽依」


「そうなんだ~。雷蔵くんに合わせるのは、大変だからね」

「うう……俺のためにすんませんっす」


「あ、雷蔵さんもお早いですね。お疲れ様です」

「陽先輩。おはようございます!」


 雷蔵さんがビシッと腰を曲げた礼をしながら、腹から出ている大きな声で挨拶してくる。


「いや……その先輩って呼び方止めてくださいって、いつも言ってるじゃないですか雷蔵さん」


「陽先輩の方がダンスのキャリアも、ラビフェスの経験も上っすから! 本日は、陽先輩のショーを見て勉強しておきたかったので早く来ました! 何だか、以前よりキレが増してグワーッ! って感じでした」


 ファンシーな衣装から浮きあがる肩の三角筋と分厚い胸板がトレードマークのがっしり体型の雷蔵お兄さんが、大分年下の俺に敬語なのは、第三者から見るとちょっと異様な感じになるから止めて欲しいんだけどな……


 しかし、グワーッって感じのダンスって何だろう?


「雷蔵くんは相変わらず感覚派だね。ダンスの感じが日によって違うのは、やっぱりそこら辺が影響してるのかな?」


「だから、雷蔵くんとペアの日は、事前にリハで入念に今日の感じを確認して合わせなきゃいけないんですよね~」


「いつも、すんませんっす! 普段からお二人にはご迷惑おかけしてまっす!」」


 俺への礼以上に地面につかんばかりに腰を折り曲げて、雷蔵おにいさんは有希お姉さんと芽依お姉さんへ勢いよく頭を下げた。


「まぁ、いつもほぼ完璧にこっちのやりたい事をやらせてくれる陽君とのペアは、やっててとても気持ち良いんだけど……」

「有希ちゃん、何かそれだと言い方やらし~ 陽君、高校生なのにいけないんだ~」


「変な事言わないで芽依! 一緒に思い切り踊ってて気持ちいいって意味よ!」


 赤らめた顔で、茶々を入れてくる芽依お姉さんへ有希お姉さんが文句を言うが、自分の発言が言葉足らずだったことは自覚しているのか、あまり勢いがない。


 ダンスのお兄さん、お姉さんの中で一番年長な有希お姉さんだが、エッチな話題には弱いのだ。


 そんな面白い事を見逃す芽依お姉さんではないことは、同僚としての付き合いがそろそろ半年になろうかという俺には手に取るように解ったので、


「俺には雷蔵さんみたいな、振りの一つ一つにパワーが乗った表現は出来ないですからね。毎回違う顔を見せてくれるショーは、常連の観客さんにとっても楽しいだろうし」


 有希お姉さんの雷蔵さんへのフォローの言葉を引き継いで、俺が強引に話題を雷蔵さんの方に引き戻した。


「そうそう! やっぱりキャストとして、お客様に楽しんでもらえることが第一だからね! 私たちは! そう言いたかったんだよ雷蔵くん!」


 俺が芽依お姉さんから引き戻した流れに、有希お姉さんが全力で乗っかって雷蔵さんのフォローへ繋げる。


「陽君はホント甘いな~」

「いえいえ。ホントの事ですから」


 ちょっと不満そうな芽依お姉さんの言う「甘い」は、言葉としてフォローした雷蔵さんへと、助け舟を出した有希さんへのダブルの意味でだろう。


 けど、芽依お姉さんも別に本気で雷蔵さんのことを嫌がってるわけではないのだ。


「ありがとうございまっす! 自分、感激っす……うう……」


 一々、リアクションがオーバーな雷蔵お兄さんは、感激のあまりに今にも泣きだしそうに顔をクシャクシャにしている。


 皆から弄られている後輩キャラな雷蔵さんだが、元は器械体操の国体選手だったという異色な経歴を持つダンサーである。

 頼りない発言が目立つが、このラビフェスのダンサーオーデイションという難関を、ごく浅いダンサー歴で突破している事から、才能やポテンシャル、唯一性は随一だ。


 まぁ、ちょっと日によってムラやブレが出るのが、たまに傷だけど……


「ほら、雷蔵くん。ベソかいてないでそろそろ合わせしますよ~。今日はいい感じのうわブレの日だといいな~」


「う、うっす!」


 ポワポワ系の見た目とは裏腹に、意外と容赦のない芽依お姉さんに雷蔵さんが尻を叩かれつつ、観客が掃けてスタッフだけになったステージへ2人は駆け出して行った。


「じゃあ、俺は観客席から2人を見てようかな」


 そう言って、俺が観客席の方へ行こうとするが……


「だーめ! 陽君は早く帰る」

「え、何でですか⁉」


 有希お姉さんが手で大きくバッテンをして、俺の前に立ちふさがる。


「陽君はまだ高校生なんだから早く帰りなさい」

「え~、まだ夕方過ぎですよ。それに雷蔵さんという後輩の面倒は、やはり同じダンスのお兄さんの俺が……」


「どうせダンスの指導が終わった後に、リニューアルオープンしたアトラクションのフォレストホッパーの列に並ぶつもりなんでしょ?」

「ギクゥ!」


 図星だった。


 ラビットマウンテン開園当時からある人気の絶叫系アトラクションであるフォレストホッパーが1ケ月のリニューアル期間を経て、昨日からアトラクション再開となったのだ。


 しかし、何で解ったんだ有希さん?


「重度のラビットマウンテンオタクの陽君が、行かない訳ないでしょ。今日は朝からの出番だったから、行くならショー終わりでしょ」


「お見込みの通りです」


 グゥの音もでない程に、見事に俺の行動原理が見透かされていた。

 有希お姉さん凄い。


「なら、さっさとフォレストホッパーの列に並んできな。雷蔵君っていう、ダンスのお兄さんの後輩が出来て、陽君も嬉しいのかもしれないけど、両方やってたら帰宅が遅くなりすぎて、未成年者は補導される時間になっちゃうでしょ」


「でも……」

「雷蔵くんの指導は私と芽依に任せておきなさい。早くお目当てのアトラクションに乗って早く帰って寝る事。夏休みが終わって、明日からまた学校でしょ? それとも私との約束忘れたのかな?」


 逡巡する俺に、有希お姉さんが対俺への最強カードを示す。


「い、いえ!それは……はい、帰ります」


 このカードを出されては、有希さんに恩義がある俺はすごすごと逃走するしかない。

 さっき、芽依お姉さんの下ネタ攻勢から護ってあげたのに……大人はズルいな……


「うん。じゃあ、また次の週末にね、陽君」

「はい……」


 有希さんに見送られ、俺は慌てて着替えるとダンスショーの公演場所である、ラビットシアターを出る。


 外は、陽がだいぶ傾いて落日の光が眩しい。

 

 いつも、ショーが終わって帰る時は、今日もやりきったという充実感と一握の寂しさが胸に去来する。


 ショーに出て、踊っている時間や、気心の知れた仲間たちと語らい合い、切磋琢磨する時間は、いつもあっという間に過ぎてしまう。


 平日の高校にいる退屈な時間は、あんなに経過するのが遅く感じられるというのに……


 夏休みの間は、これでもかとショーのシフトを入れてもらったんだけど、明日からまた学校が始まってしまう。

 高校生だから、未成年だからというダブルの理由で、俺は平日や夜の公演には出られないという制限がある。


 その、努力ではどうしようも出来ない事に、俺は歯がゆさを感じずにはいられない。


「やっぱり、高校なんて辞めて……」


 と、何百回と自問自答した選択肢が頭をもたげるが、同時に有希お姉さんとの約束を思い出す。


『高校で良い想い出を作って、高校生活やりきった! 未練はない! って思えたら辞めな』


 入学したばかりの高校を辞めたいと思っていると有希お姉さんに相談した時に、烈火のごとく怒られ、ビビり散らかした俺が、有希お姉さんと強引に結ばされた約束だ。



「けど、今のままの俺じゃ、とても無理だよな……」



 そんな事を考えながら、トボトボとテーマパーク内を歩いていると、パッと光がついた。

 日没で、各アトラクションや街路樹などのイルミネーションが点灯し始めたのだ。


 つい顔を俯かせて見つめていた地面から顔を上げると、夢の世界が幻想的に彩られた場景に、思わずホワンと胸が温かくなるのを感じた。


 何度味わっても、この夢の世界に浸る感覚というのは、俺にワクワクを与えてくれる。


 そして、今は自分がキャストとして、そのワクワクをテーマパークに来てくれた人たちに与える側の一助を担っている事がたまらなく嬉しい。


 俺は、先ほどまで頭にあった鬱屈としたものを頭の奥に押しやり、夢の世界へ駆け出して行った。


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