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9 独楽

若君や守谷さんが、施政について幾つか師匠に質問していた。私はその間、月翠庵の庭を眺めて昔に思いを馳せる。ここの庭は私が育った師匠の屋敷の庭に似ていた。


まだ——師匠が魔法使い筆頭をしていた頃の。


「おお、そうじゃ、楓」

「はい?」

「これを連れてゆけ」


師匠が懐から小さな玉を出して投げると、私と変わらない年頃の女の子が現れた。


「こ、独楽ー!」


それは懐かしい私の使い魔だ。

人形を元にした独楽は、表情も少なく、喋ることはできない。

でも、こちらの言うことはよく理解して動いてくれる。


「ひょひょひょ、懐かしかろう」

「師匠! 凄いです!」

「しかしのう、わしの魔力も下がっておる。独楽を動かせるのは、核の玉の魔力がついえるまでと心得よ。それでも、楓が使っておった頃と変わらぬ動きをするはずじゃ。お主の守りの一つにはなろう」


私は独楽とお師匠様を抱きしめて、懐かしさで涙ぐんでしまった。


「良かったな」


若君が軽く苦笑しながら言う。

そのくらい、私は舞い上がって見えたらしい。


「嬉しいです。これで、若君の寝所で寝なくて済みますね。独楽は師匠と同じ結界魔法が使えるので!」


守谷さんがギョッとした顔で若君を見たもんだから、彼はブンブンと首を振った。


「コイツが、一人が怖いからって部屋に来ただけだ。やましい事は何もないからな」

「いえ……そういう事ではございません。若君が人を寝所へ入れた事に驚いただけでして」

「そこらで転がって寝るから、頼むから一人にするなと言われたんだよ。子供が怖がってるのに、追い出すわけにもいかんだろ」


師匠が、また、ひょひょひょ、と、笑った。 


「日が暮れる前に戻るなら、そろそろじゃ。楓、お付きの方と先に行っておれ。儂は、ちっと、若君に話があるでのう」


意味深な師匠と若君を交互に見たものの、私は独楽が戻っただけで気分が良かった。


「では、守谷さん。先に行って馬を用意して置きましょうか。行くよ、独楽!」

「ああ、お待ちください。それでは、若君、先にゆきます」


若君は少し困惑顔で、ああ、とだけ言った。


守谷さんが珍しそうに独楽を見ている。この子はツルッとした小作りの顔、細い首、耳に合わせてスパッと切りそろえたオカッパ頭で、茶がグラデーションになった髪を持ってる。


「不思議ですね。私は動物以外の使い魔を初めて見ました」

「独楽は私が師匠に頂いた人形だったんですよ。元は抱き人形程度の大きさです」

「そうなんですか?」


コクっと首を傾げた独楽の頭を、私は愛情を持って撫でる。


「ずーっと抱いて持ち歩いていたら、動くようになりましてね。私の魔力が溜まったらしいんです。それで、使い魔にしました。多くの時間を一緒に過ごしたので、意思の疎通は抜群です」


守谷さんが独楽を見て優しい目で頷く。


「分かる気がしますね。長く使った物には愛情が湧きますし、馴染みますから」


私に撫でられた独楽は、軽く目を閉じて気持ち良さそうにしてる。

本来なら、こうして触れることで魔力を分けてあげられるのだがなぁ。


「神気というのは、溜まったりはしないんですかねぇ」

「さあ、どうでしょうか。魔力とは違いますからね。若君の愛用品が動いたとは聞いた事がありません」

「そうですか。……なら、お師匠様がご健在の間は、時々、こうして尋ねようかな。師匠の側に置くだけでも、独楽の魔力が補充されるでしょうから」

「それがいいでしょうね。私にはなんの力もありませんが、楓ちゃんと独楽からは同じ空気を感じますね」

「はは、それは嬉しいな」


そんな話をしていたら若君が戻って来た。


「行くぞ」


若君は相変わらず愛想がない。

慣れて来たけどね。


「師匠の話って何だったんですか?」

「……いろいろだ。帰りながら話す」


来た時と同じように私は若君の前に乗せてもらい、独楽は守谷さんの前に乗せてもらった。並んで馬を歩かせながら、若君の話を聞く。


「月光様の提案で、お前に姫の作法を学ばせる」

「……へ? 私にですか?」


私が身を捻って若君を振り返ったら、なんでか、彼はビクッと身を引いて眉根を寄せた。


——嫌がってる?


「お前は神から加護を受けるには、どうしたら良いと思う」

「加護ですか。黒龍神様は舞を気に入ったとおっしゃったので……気に入られることですよね?」

「そうだ。それには、他の神の好みを把握するのが早いだろ。俺も来年は元服で、帝の仕事を手伝うようになる。外交へも参加するだろう。視察や外遊にお前を連れて行けってさ」


守谷さんが大きく頷いた。


「私からもお願いします。楓ちゃんが貴族の作法を覚えてくれれば、若君の側付きとして宮の外でも働けます。懸念だったんですよぉ。元服した皇太子に、側付きが一人も居ないのでは対面が持ちません」


若君が少しムスッとして守谷さんを睨む。


「お前がいるだろ」

「私は若君の安全を守る役目であって、本来、身の回りの世話は側女や小姓の仕事ですからね」


そうだよな。

守谷さんは、子守役のようなものだ。

若君が元服した後を考えれば、側女は居た方がいいんだろう。


「楓ちゃんの指南役は、私の母に任せましょう」


若君が私を見て目を細め、軽く嘆息する。


「同情したくなるな」

「……え?」

「守谷の母親は俺の乳母だった。烈女だぞ」


——おお。

若君をして、烈女と言わしめる女性か。

守谷さんはケラケラと笑う。


「そこまでじゃないですよ。少し性格はキツイですが、曲がった事が嫌いなだけです。ああ、そうだ。独楽にも学んでもらいましょう。人ではないとしても、側付きとして二人いれば、なんとか対面も保てます」


独楽がコクっと首を傾げる。


「いいですけど、独楽は口が聞けませんよ?」

「構いませんよ。本来、お仕えしてる者は上の立場の方には無言です」


——え?


「発言を許されない限り、言葉を話すことは有りません」


——ええ?


ビックリして振り返ったら、若君は、またビクッと身を引いて眉根を寄せた。


「………その辺りから、叩き直されるだろうな」

「う、うわぁ」


守谷さんがクスッと笑った。


「余裕ですね、若君。ですが、貴方にも慣れて頂きますよ」

「何をだ?」

「人に世話をさせるという事にです」


苦い顔をする若君を横目に、守谷さんは少し嬉しそうだ。


「楓ちゃんが来てくれてから、私の長年の悩みが少しづつ解消されてますね。元服までに若君の側付きを用意しろっていうのは、帝からも言われてましてね。頭を悩ませてたんですよ。この人、こういう人ですから」

「こういう人ってなんだよ」


守谷さんはニコニコと笑う。


「若君は気に入らない相手が煎れたお茶なんか、一口も飲まないですよね? 口をきかないなんて、可愛いものじゃありません。路傍(ろぼう)の石みたいな扱いをします。頭から存在を抹消してるとしか思えない」


……そうなんだ。


「誰かを自分の馬に乗せて移動するなんて、初めての事じゃないですか?」


私がクルッと振り返ったら、また、ビクッと身を引いた。

一体なんなんだよ。


「ですので、楓ちゃんは代えのきかない方です。若君の側付きとして、これ以上の人は居ません。その楓ちゃんの使い魔なら、若君の二人目の側付きにも向くでしょう。側付き問題は一挙に解決します」


ご機嫌な守谷さんと対照的に、なんだか若君は居心地が悪そうだな。


「……守谷。コイツに懐刀の使い方も教えたい。真澄ますみに、そう言ってくれ」

「分かりました。はは、楓ちゃん、大変ですね。母の短刀の使い方は尋常じゃないですよ」


——ええ。


「でも、まあ、楓ちゃんなら大丈夫でしょう。アレだけの下働きが出来るんです。母のしごきにも耐えらます! 頑張って行きましょう」


なんで、こんな事になってるのかな。

上流階級の作法なんか覚えたくないっての。


師匠の発言のせいだよな。

ひいては天水玉が嵌ったせい。


なんだ、結局は濃紫のせいじゃないか。

やっぱり、アイツは一生許さないぞ。






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