72 海馬
私たちは三つのフループに別れて、青国の正常化を始めることなった。
濃紫率いる魔物討伐メインの法使いのグループ。雲母くん率いる海馬の有用性を確認するグループ。気の浄化をメインに据えた嵐龍様のグループ。
——で、私は今、海馬の牧場に来ている。
雲母くんのグループに配置されたわけじやなく、純粋に海馬に興味があったから若君に頼み込んだのさ。
「いい馬だねぇ」
体格は大きく、筋肉質。真っ青な体に緑の立て髪、青みがかった金目の馬は、伺うように私を見ている。リーダーだという雄馬に会わせてもらってる。
「思ってたより、ずっといい馬だよな」
雲母くんも目を細めて海馬の鼻面を撫でてる。魔力量に反応するって聞いてた海馬は、神気にも好印象を持つらしい。
「ただ、量産するには繁殖に問題あるんです」
「問題って?」
「海馬はパートナーの選り好みが激しくて。夫婦になりにくいんですよね。一度夫婦になると、一年に二回くる繁殖期で、必ず仔馬が生まれるんですけど」
雲母くんの横で数少ない青国の魔法使いが苦笑してた。彼女は海馬が大好きで、海馬の飼育のために青国に残ってるんだという変わり種。けど、青国の魔法使いの大半はそんな感じだそうだ。
陰気に偏った青国で魔物討伐を楽しめる戦闘狂や、自己研鑽に喜びを見出してるマゾヒスティックな変態。土地の回復で気を流して、原始の星の在り方を模索する歴史マニア——要するに、偏った現状で自分の興味を満たしてる個人主義の魔法使い達が残ってるんだそうだ。
「青国で活動しても収入に直結しませんからね。報酬が金銭ではない者が残ってるんです。自分の興味分野が満たされるのが、私たちの報酬ですから」
と——言ってた。
まあ、魔法使いは変わり者が多い。
私と同じ黒髪で、少し茶色がかった黒い瞳の年若い魔法使いは、瞳をキラキラさせながら海馬の首を撫でる。
「皆様の申し出は、この子たちの未来を変えてくれそうですよね。うふふ。ワクワクします。勇ましく軍用の蔵をつけ魔法騎士を乗せた海馬たちが戦場を駆け回る勇姿……素敵……素敵すぎて失禁しそう」
ブルブルっと身震いする彼女を、少し引いた目で濃紫が見てる。
「……変わってるねぇ」
濃紫よ。そんな目をしてるけどな、好き放題に魔法を使ってる時のお前も似たようなもんだぞ。
「この牧場でご用意できる海馬の数は、牝馬を含めても十二、三頭です。輸出となると、もっと減ってしまいますね。仔馬は勘弁して欲しいですし……」
雲母くんは少し考えてから笑った。
「……実戦で使えるかどうかが肝だな。希少種ってのは、希少種なりの商業戦略がある。数が少ないなら、馬上技術の高い人しか乗れない特別な馬なんですよ。特別なんですよーって売り方もあるけど。魔物を前にして逃げ出されたら軍馬として問題あるからな」
青国の魔法使いさんは、親の仇でも見るように雲母くんを睨みつけた。
「失礼な方ですね! 海馬に限ってそんな臆病者、もとい、臆病馬は存在しません! 勇壮にして知性に富み、仲間思いで仕事熱心です。私の理想の男性像です!」
理想の男性像か………特殊なプレゼンだな。
私の横に立ってる若君が、小さくため息をついた。
「それで、今回は何頭貸して貰えるんだ?」
「ええと……七頭で如何でしょうか。今回、牝馬は無しで」
「二つに分けても平気か?」
「グループ分けを私に任せて頂けるなら、リーダ役を振り分けます」
「頼む。黒国の魔法使いグループに三頭。白国のグループに四頭で分けて欲しい」
「了解です!」
私がチラッと見ると、若君は黒曜石の瞳を細めた。
「ダメだ。楓は乗せない」
「……ケチ」
「お前は青馬神に乗る。赤鳥神にも言われたろう? 派手に着飾って浄化」
「…………嵐龍様は?」
「安心しろ、お前と一緒に青馬神に乗る。海馬に乗るのは黒国に戻ってからだ」
——そっか。そういえば、
献上してもらうって帝が言ってたよね。
なら、諦めようかな。
「黒国に戻ったら、私も乗って良いですよね?」
「好きにしろ」
言質とったぞ!
そのまま私の耳に顔を寄せた若君は。
「まったく。面倒ごとばっかだ。お前、春にはちゃんと嫁いで来いよ」
そう言った。
ははははは。
そうしたいのは山々なんだが、本当に間に合うのかな。
私はちゃんと嵐龍様に嫁げるんだろうか?




