71 さっさと始めたい
青国の王様は青馬神にそっくりで……泣き虫だった。
要するに面長の美形なんだが、王子と一緒で王と呼ぶより神官と呼ぶ方がピンとくる柔らかい物腰の男性だ。頭の上に馬の耳が二つあり、周囲の気配を探るようにピクピクしている。私たち一行を迎えて——だだ泣き。
「こ、此度は……うっううううううう。我が国の…ひぐっ。失態に関わらず…えぐっ。こ、こ、このようなお力添えを…うぐっうぐぐぐ」
——面倒臭い奴だな。
むろん、若君はドン引き。濃紫や黒国側の魔法使いは苦い顔でその様子を見ていた。
泣きたい気持ちは分からんでもない。青国へ到着し、王都へ入るまでの青国の惨状は酷かったからな。そこらで土砂崩れが起きてたし、半壊した家々は復興途中で国民の顔は疲れ切ってた。籠った陰気に晒され、魔物も増えてるようで二体ほど退治してから城へ入る事になったし。
まあ、半分くらいは若君のせいか——。
それにしても、他国の支援者一行を前にだだ泣きできる図太さは、逆に見上げたもんだと思うぞ。これぞ、王族なのかもしれん。泣けば周りがなんとかしてくれてたんだろうな。羨ましい限りだ。心底から面倒臭いけど。
今回は黒国と白国から支援の使者が立てられ、黒国側は若君と私と、濃紫率いる魔法省から数人の魔法使い。独楽と守谷さんが来てる。
白国からは雲母王子と白獅子の分身。黄水晶様が付けた護衛が数人。護衛は無論のこと魔法が使えるとの事だが——最初に口を開いたのは、呆れ顔の雲母くんだ。
「あんた、泣いたって仕方ないだろ? 一国の王なら他にする事があんだろうに」
その言葉に王が顔を歪める。
雲母くんだもん。
相手が王だからって、言葉なんか選ばないからね。
「愚痴に付き合ってる暇はねーんだよ。食料が残ってんなら炊き出しぐらいしたらどうだ? 薬はあんのか? 被害の状況は調べ終わってんのかよ。…で? 俺らの拠点はどこ? 現状を見ればゆっくりもしてられねぇ。早々に対策会議してーんだけど」
うむ。
まるで一行のリーダーみたいな発言だが、雲母くんは間違ってない。
顔を歪めてしやくり上げる王の後ろから、桂王子が出て来て頭を下げる。相変わらずキラキラしい青年だが、表情には疲れと焦燥が滲んでる。
「青馬神様の社を拠点に、炊き出しの準備を始めたばかりです。黒国、白国の支援で、食料や薬が届き始めております。赤国からも支援が届き、黄国からも支援者と物資が——ただ、ただ、感謝の気持ちでいっぱいです。皆様の拠点は城内の一角に儲けさせて頂きました」
彼は悲しそうな笑みを浮かべる。
「わが国の状態では、皆様をもてなすことができません。拠点の整備も十分ではないでしょうが……」
若君が嘆息しながら言う。
「遊びに来たのではない。もてなしなど不要だ。人数分の寝床があればいい。食料は持参しているし、水は魔法使いが用意できる。滞在は一週間だ。その間に出来る限りを行う。雲母王子の言う通り、我々に時間はない。拠点へ案内してくれ」
桂王子は何度か瞬きしてから頷いた。
激怒していた皇太子が、支援に意欲を見せたのが飲み込めないようだ。
王を掲げるのが祖神と民である以上、王の失策は祖神と民の失策である。青国の現状は青国全体が招いた事だ。
稚拙な騙し討ちで黒国の力を得ようとしたのは、愚かな王族かもしれない。
——が、そういった王を掲げ続けるのは、民であり祖神なのだ。
若君は黒国への害意に容赦はしないが、情深い人でもある。
ちゃんと詫びて反省しているなら、見捨てたりはしない。
「……こちらへ」
桂王子は静かに若君に頷き、先頭にたって私たちを案内してくれた。青国のお城というのは、赤国と黒国の中間のような建物だ。大きな館がいくつか、回廊で繋がり中庭が設けられている。
「皆様にお使い頂く場所は、城内では外側に位置していまして、案内なしに市井へ出かけられるようになっております。本来……わが国の魔法使いたちが住まう場所でしたので、気兼ねなくお使いください。青国の者を数名在中させますので、ご用の際は彼らへお声がけをお願いします」
——なるほど、魔法使いの住処か。
先王が悪政をしくまでは、ここに青国の魔法使いたちが暮らしていたというわけだ。城内に拠点を設けるくらいには大切にされてたんだな。
……今はどこに住んでいるのだろう。
「桂王子様」
私に声を掛けられると思ってなかったようで、桂王子は泣きそうな顔になる。
「……笛姫様。私共が言える立場にはございませんが……ご無事で何よりでした。御身への無礼を心よりお詫びもうし上げます」
——ああ、そういうのいいから。
そう断じてしまいたかったが、ベソをかいてる王子の顔を見たら言えなかった。
私は思い切り苦笑してしまう。
若君が私の腕に触れて、どうかしたのかと首を傾げる。
いや……気になったんだよな。
「桂王子、詫びは黒国へお願いします。私は気にしてませんから。それより、青国の魔法使いたちは、どうしているのですか? 数を減らしたと言ったって、全く居ないわけではないですよね?」
——残ってる魔法使いとは合流したい。じゃん。




